一話 ひとりごと
――青い空、青い海
――照りつける太陽、白い砂浜
そんな南国の代名詞を並べていけば、この場所を十分表現する事ができるだろうか……。
否!
断じてNOである!!
なぜなら、そこには決して欠かしてはいけない、そしてこの場所とは切っても切り離せない、そんな大切な単語が抜けているからだ。
そう、それが……
『湿度』
「――え、そんな事?」「んな大袈裟なぁ……」などと思われた方、そう、勿論そう感じる方が居る事も重々承知している。
しかし、しかしだ、たかが湿度と侮どってはいけない。
国内で唯一『亜熱帯地方』に属するこの県では、他の都道府県に比べその量は格段に多く、またその期間も長い。そこに、日差しやスコール、暖流などといった、この島特有の要因がプラスされる事により、体感温度、不快指数は更に上昇し、ここの住人に及ぼす影響は決して小さくないモノとなる。
そう、たとえば発汗作用。
体温調節の為人知れず頑張る彼等だが、ココではほぼ年中働き詰めである。
夏場ともなれば社畜の如くその職務を全うし、野外に居るだけで汗を精製し続け、肌着やシャツなどはまたたく間に洗濯物と化してしまう。ベタつく服は不快以外の何ものでもない。
熱中症は勿論の事、制汗剤や汗拭きシートによる臭い対策も必要になってくる。
食生活でもそうだ。
年中ルンルン状態のカビ共のせいで、食べ物などは直ぐに傷んでしまう。
凶暴性の上がる梅雨の時期ともなれば、一晩寝かせたカレーがそのまま永眠……、なんてことも起こってしまう始末。
(まぁ、冷蔵庫に入れ忘れた自分が悪いのだが……)
傷みづらい揚げ物や汁物、定着した郷土料理をみても、気候は無関係では無いはずだ。
建物にだって影響は及ぶ。
木造物などは、野ざらしだとすぐ腐ってしまうし、防腐などの手入れをしなければ、そのままシロアリの餌食となる。
住居としてよく使用されてきた鉄筋コンクリート造の建物でも、苔やカビですぐ変色してしまうし、そのまま放置していると、斑模様の外壁に塗装されてしまう。
そのため、掃除に使用する高圧洗浄機にはかなりお世話になっており「売り上げが全国一」などと言う噂が上がる位には一般家庭に普及している。
その他にも、部屋の壁紙が浮いてきたり、『お前こんなに毛羽立ってた?』と思われるような革製品が、忘れた頃にコンニチワすることもしばしば……。
まぁ、噂の部分はともかく、以上の事からも、湿度がこの島に与える影響の大きさが、少しは分かっていただけただろうか。
しかしだからといって、「湿度ヤバーイ」「体感温度パナーイ」などと考え無しに薄着なんかしちゃった日には、コチラのお天道様が黙っちゃいない。
彼が絶え間なく放出する紫外線は、気付かぬうちにその無防備な肌を蝕んでいき、その日は風呂場で地獄を見ることになる。
曇りの日だからといっても油断は禁物。
『襟口に合わせたネックレス』
『袖口に合わせた腕輪』
なんていう全く嬉しくないプレゼントを、知らないうちに焼印されている事だってある。
それほどにここの日差しは強力だ。
その為最初に挙げた白い砂浜、こちらにも注意が必要となってくる。
「待てよぉ〜」(アハハハハ……)
「捕まえてごら〜ん」(ウフフフフ……)
なんていう羨ましい追いかけっこが裸足で出来る筈も無く、もし素足で降り立とうものならすぐに陽気なステップを踏みだし、浜辺のランデブーは海へのラン&ダイブへと変わってしまうだろう……。
とまぁ、ここまでこの島のネガティブな部分をつらつらと上げて来た訳なのだが、このままではキリが無いのでここまでにしておくとして。
それらを踏まえて自分がどうしても伝えたい事、それは……。
『ここが住み辛い』
と言う事。
観光客、特に特別な非日常を体験したい方、した方。または、そんな体験を夢見て此処に移住を考えている方。
そういった方々は、是非とも覚えておいて欲しい。
あぁ……、だからといって「移住が駄目だ」とか、「観光に来て欲しくない」だとか、そういう事を言いたい訳じゃ無い。
特別な非日常なんてものは、日常になると慣れて普通の事となっていく。
そうなってくると、気付かなかった事、見えていなかった部分が目につくようになってくる。
悪い事などは印象にも残りやすいだろう……。
すると、それ等が先入観や期待値とのギャップにな繋がり、楽しみは落胆へ、期待は失望へと一気に変わってしまう。
その振り幅が大きければ、好きな物が嫌いな物へと変わってしまう事もあるかもしれない。
出来るだけそういった事にはなってほしく無い。
故に、事前にマイナス面も多分に有るのだと知ってもらう事で、訪れる際のハードルを軽く跨げるくらいに低く設定してもらい、「思ったより快適に過ごせた」「これくらいなら住んでもいいかも……」程度で、この場所を楽しんでいただけたら幸いである。
しかしだ、ここまでネガティブやマイナスなんて表現で不安を煽ってはきたが、『住めば都……』なんて言葉がある様に、そういったモノは慣れてしまえば案外大丈夫な事だったりするかもしれない。
かくいう自分も、この場所に生を受け約四半世紀。上で述べた事が有り触れた日常であり、生活していく中で、悪いなりの楽しみ方や対処方を心得てきた都の住人である。
それではここから、そんな住人から都にするにあたってのアドバイスを、少しだけあげていこうと思う。
(※あくまで個人の感想です。全員が同じ効果を得られるものでは有りません)
例えばこの島の多湿。
このジメっとした気候はどうにもならないが、汗をかいたりする事で助けになる事もある。
そう『ビール』だ!!
仕事や運動で汗を流した後、カラカラの身体へ流し込む黄金の炭酸……、これがこの世で一番美味しい飲み物であることは、幼稚園児でも知っている事だろう。
此処ではそれがほぼ年中体感出来る。
ビールをいつでも美味しく頂く事が出来るのだ!
更に、空やお日様はカビる事無くそばにあり続けてくれる。そんな青や茜を眺めながらキンキンに冷えたヤツを飲み干す。
「くぅ〜っ」その味はもう犯罪的だ。
海や砂浜にしたって扱い方が違ってくる。
ここでは、基本それ等は眺めたり漁をしたりする場所で、泳いだり肌を焼くなんて事は少ない。
なんなら、テントの影で肉を焼く事のほうが多いだろう。
熱々に焼けた肉を頬張りアルコールで流し込む……キマってる! サイコーに美味い。
更に、輝く碧や白を眺めながらキンキn(以下略)。
そして日が傾いて来た頃に、膝丈ほどの浅瀬に浸かりながら日差しやアルコールで火照った身体を整える。
これがこの島の海での遊び、俗に言う『ビーチパーティー』の楽しみ方だ。
泳げない訳では無いのだが、アルコールを摂取しての遊泳は大変危険な行為である為、あくまで浅瀬で浸かる程度で済ます。(ダメ絶対!)
決して泳げないとかでは無い……。
もし海で遊泳する場合であっても、多くが服を着用したままだ。
着替えるのが面倒くさい訳ではない……とは言い切れないが、この衣服という『日焼け対策』コレががかなり優秀で、地元民の殆どがこの方法を用いる位だ。
その他にも、帽子を被ったり長めのインナーを着たりタオルを首に巻くなどして、海辺では出来るだけ肌を隠すようにする。
そのため、たまに見かける観光客の水着(ビキニ)などはかなり珍しい。
これはついつい目で追いかけたり、見入ってしまったり、あまつさえ凝視してしまったとしても、それは仕方の無い事と言えるだろう……。
とうとい……そ、そう! 尊いのだ!!
――夜空に咲く大輪の花に感動する様に。
――風が奏でる鈴の音に心安らぐ様に。
その希少な夏の風物詩がとても尊く、ついまじまじと拝んでしまうだけの事。そこに邪な感情など有るはずが無い!
そう、一切無い!!(確信)
ふぅー……。
少々感情的になってしまったが、話を戻すとしよう。
確かにこの島は『住み辛い』。
電車は無く、車社会で渋滞も多い。地元民間のコミュニティが強く、移住者は慣れるまで時間を要するだろう。
天候に左右されやすい観光地も多く、梅雨や台風など、訪れた時期が重なってしまえば、まともな観光はほとんど出来ない。
長寿県なんて昔の話。
今や美味しいと食べられている名物は、近年創られた物が多く、ステーキやハンバーガーなど海外志向の店も多い。
肥満率も全国一位。
離婚率も全国一位。
何故だがアルコール中毒者も多いときてる。
マイナスやネガティブな要素には事欠かない……。
でも、それでもだ。
それでも尚、それ等を補って余りあるプラスが此処には有ると、オレ個人は思っている。
此処に産まれ住む者として、体験して、実感して、知っている。
住み辛い、マイナスとネガティブで溢れたここでの生活を、それでも良い物だと言い切れる確信が、しっかりとオレの中には存在している。
それ位、オレはこの場所を気にいっていた。
(――筈だったんだけどなぁ……)
今、オレのそんな地元愛を覆しかねない大問題が、絶賛発生中だった。
「はあぁぁー……っ」
大きなため息と共に、長々と続けていた現実逃避から帰ってくる。
先程脳内で宣っていた殆どが今は屋外の話。壁1枚隔てたこのリビングでは、エアコンが一生懸命仕事をしており、快適な環境を提供していた。
そんな中、朝から働かさr……楽しくお仕事している男がもう一人。
(――わたしです)
仕事とは言ったものの、今年はもう着ないであろう冬物衣類の片付けと、まだ出し切っていない夏物衣類の整理……いわゆる衣替えだ。
「はぁー……」
それほど難しい作業がある訳では無い。
(――きっつ……)
無い筈なのだが……作業は思うように進んでいない。
というのも、昨晩急な残業が入り夜中近くまで本業を行っていたため、体調があまり良くなかったのだ。
倦怠感。
断続的な頭痛。
あと吐き気も少々。
(うぅっ……飲みすぎたぁ……)
――完璧な二日酔いだった。
残業を戦い抜いた達成感、明日が休みという開放感、そんな嬉しさからスタートした晩酌。
貰い物の古酒を開け、間に合わなかった晩御飯を肴に一人ウキウキで開催しようと……。
(考えていた頃が、私にもありました)
楽しく飲めたのは最初の一杯まで。
その後起こったイロイロな事、起こり過ぎたモロモロの事態に頭と身体が耐えられなかった。
気付けば握られていた『アルコール高めの酎ハイ(ロング缶)』、それをついつい煽ってしまったのだ。
1度頼ってしまえば後は手が止まらず……、その後の記憶はあまり無い。
労働とはまったく関係のない、飲み過ぎによる体調不良なのて、自業自得と言っても差し支えないだろう。
そんな最悪のコンディションの中、朝からリビングのテーブルを片付けたり、掃除機をかけたりしながらやっとの思いで準備を終わらせ、ようやく今し方、子供達の夏物衣類の仕分けを始めた所だった。
先日長男の卒園式が終わったばかり。義務教育が始まる前に家族皆で遊び倒したい所……なのだが、4月から肩慣らしといわんばかりに湿度が一気に上がり、5月と共に梅雨入りもあり得るようなこんな場所だ。
時間とお天道様の都合が合ううちに、まずは大量の洗濯を済ませとこうという事になった。
リビングの空いたスペースに胡座をかき、ズキズキ痛む頭でダラダラと衣装ケース内の子供服を選別していく。
「コレはー……まだ着れる」
小さく畳まれていた衣類を一旦広げ、使用者と頭の中で照らし合わせながら、側に置かれた洗濯カゴへ投げ入れる。
「うぅーん、コレも着れる……かぁ?」
悩みながらカゴへと投げた。
2月頃から暖かい日もちょくちょくあったので、着れそうなヤツはその都度出していた。なので、今ケースに入っているモノは着れるかどうか微妙なヤツが多く残っている。
「ん? あぁ……」
(コレかぁ)
去年長男が着ていた甚平が出て来た。
広げてみたが、丈が短いような気がする。
「お下がりに……」
(イヤ、もっと女の子らしいヤツを買ってあげよう……)
「――ってことで、お疲れさん」
そう謝辞をのべ、今度は側に置いてあった指定ごみ袋(大)へと丁寧に畳んで入れる。
適当な入れ物が無かっただけで、別に捨てる訳ではない。
(リサイクルショップにはいつ持ってくかなー)
「まぁ、引き取ってもらえたらだけど……」
そうやって独りごちながら、二日酔いで鈍った頭と身体を奮い立たせ、着々と作業をこなしていく……。
こうして一つの事に集中し、作業を淡々と行っていると、ありがたい事に現在抱えているいくつかの問題を、意識の遠くへと追いやる事が出来た。
(もしかして、昨晩の出来事は夢だったのでは……)
そんな事は無いと頭で分かっているものの、そうやって考えるくらいには、心に余裕が生まれてきていた。
「――あの、トートーさん」
「うをぉおっ!!」「っひゃいっ!?」
背後から急に声をかけられ大な声をあげてしまう。その際、可愛い悲鳴も一緒についてきた。
余裕はすぐに亡くなってしまった。
(い、いつの間に!)
素早く振り返る。
「――っ!」
自身の後ろすぐ側に女性が立っていた。
特徴的な白地の服。
腰に届きそうな黒髪。
その驚いた表情でも整っていると分かる、目鼻立ちのくっきりとした顔立ち。
件の元凶である彼女だ。
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