第49話 死の刹那

過去を思い出すのは、簡単なようで、案外難しい。

過去は常に不鮮明だからだ。

自分の都合のよいように、自然と改竄されてゆくからだ。

ゆえに、他人と過去を共有する際に、自分の認識するものと、他人が認識するものとで、話が食い違うときがある。

それは致し方ない、人間の「摂理」なのである。


どこからか子供の笑い声が聞こえる。

ほら、お母さんが手を伸ばす。

砂場があるから、ここは公園かな?

目線が低い。小学生2年生のときのことだ。

あの頃は良かったなあ。何も考えず、好きなだけ笑って。お母さんもちゃんと私のことを見てくれている気がする。

中学に入ってからは、私よりも成績のことを見るようになったが。

お母さんの手を掴もうと少し背伸びをした。

バランスを崩して転ぶ。

体の何ヵ所かを擦りむいたようだ。

感覚からして、打ち身もあるだろう。

痛い。痛い。

なんだか喉の痛みが増していく。

そんな場所、ぶつけたっけ?

痛い。痛い。

ああ、そうか。

私は化け物の手に、喉を、押し潰されようとしているのか。


「ネネーー!」

ナナが叫ぶ。化け物を傷つけるが、一向に茜を離す気配はない。


化け物の注意が茜達に向き、手が迫ってきた。

前回避けられたからといって、今回もできるという保証はない。

疲労は蓄積され、ストレスも徐々にたまっていく。

1回目よりも、2回目の方が。2回目よりも3回目の方が、避けるのが困難になる。

ただの高校生である茜が、これまで避け続けてこれたのが、奇跡に等しい出来事だ。

突然の不意打ちに、17の少女にどうして対応できようか。


かすれる視界の中で、ナナが一生懸命に私を助けようとしてくれているのが分かる。

ありがとう、でもいいんだよ。

私はもっと早く死ぬ予定だったんだから。

この国に来て、自分の気持ちに正直になることが出来た。

それだけで、私は幸せものだ。

化け物の手にさらに力が込められる。

私の意識が落ちかけるのと、ガラスが割れる音がしたのは、ほぼ同時の出来事だった気がする。



「ごほっ! ごほっ!」

急に喉が自由になって、自然と咳が出た。

不足していた酸素を、慌てて肺に取り入れようと、ヒューという音が喉からなった。

視界の端に落ちている化け物の腕が見えた。

化け物の腕の切断面からは血が出ている。

私の肩周りには、誰かに支えられている感触があった。

その人は、私を片腕で抱え、もう1つの腕で、化け物の攻撃を軽く受け止めると、その衝撃を利用して、私ごと後方へ飛んだ。


「レレさん……」

レレさんは私の声に気がつくと、こちらを向いて安心させるように微笑んだ。

「遅くなってすまない」

私は、少しふらついたが、レレさんの手に支えられずに立てるまでには回復した。

その様子を見て、レレさんは安心したように微笑んだ。

「少し待っていたまえ。

この化け物を、なんとかするから」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る