第10回
「自転車、取ってくる」
カラオケにいたのはけっきょく一時間半ほどで、まだ外は明るかった。店のそばにあった自動販売機の横で待ちながら、残してきたふたりのことを考えた。楢崎くんは驚いているだろうか。徳永さんは素直に思いを伝えられるだろうか。
「お待たせ。行こうか」
やがてひまわりが愛用の自転車を押して戻ってきた。磨き上げられた空色のフレームがぴかぴかと光を跳ね返しているのに私は目を奪われ、
「自転車、綺麗だね」
「気に入ってるんだ。わざわざアメリカから運んできたんだよ」
「向こうで買ったんだ」
「うん。誕生日に強請って買ってもらった」
私たちは並んで、夕暮れの街を歩みはじめた。
「これからどうする? 帰る?」
「ドロンして直帰ってのも味気なくない?」
「行きたいところがあるなら、付き合う」
駅前の喧騒が遠ざかる。建物が疎らになり、視界に占める緑の割合が増えてきた。地方都市にはありがちな現象なのだろうが、あるていど発展しているのは駅周辺の一帯だけなのだ。それでいてもちろん、大自然、と呼べるものなど残ってはいない。凡庸な景色だと感じてきた、長らく。
「そろそろいいかな」
ひまわりは自転車に跨って、左手で荷台を叩いた。
「乗って。荷物は籠に入れちゃえ」
「大丈夫?」
「任せとけ」
横向きで腰かけた。重いのではないかと思ったが、発進は滑らかだった。ひまわりが意外な脚力を発揮して、自転車を加速させる。驚いて、荷台を握る手に力を込めた。
「――あのふたり、上手くいくかな」
「きっと大丈夫。莉々ちゃんはやると決めたらやれる人だから」
「徳永さんっていつから――なの? 知ってる?」
「中学の頃からずっとらしいよ。三年間でクラスは一緒になったり離れたり、他の男子から告られたりもしたけど、気持ちは変わらず。もどかしくて苛立ってたって――うわ」
自転車が路上の凹凸にタイヤを取られ、跳ねあがった。私は反射的にひまわりの腰に回してしまった腕をほどきながら、
「ごめん。びっくりして」
「ちょっとスピード出しすぎた。ゆっくり走るね」
「そのほうがいいかも。このへんは特にぼこぼこなんだよ」
この街も財政的に厳しいのだろう、などと想像している。いちおうは舗装された道にもかかわらず、凹凸やひび割れにときたま出くわす。ひまわりは速度を落としながら、
「とにかくそんな感じで、友達としてはすごく仲良しだけど、それ以上進展しないっていう関係が続いてた。よくあるじゃん? これはもう、自分からアクションを起こすしかない」
「そうアドヴァイスしたの?」
ん……と短い間があって、
「でも本人の気持ちはほとんど固まってて、あとは背中を押すだけって状況だった。莉々ちゃんは勇敢だからね」
「確かにそういうの、勇気がいるよね」
「うん。私だったら――勇気出ないかもなって。本当のこと伝えるの、難しいよね」
長い一本道になった。錆びかけたガードレールの向こうに田園と木々の緑が広がっており、合間にぽつりぽつりと小さな家屋が見えた。そのさらに奥では、霞がかった蒼い山々がうっすらと姿をさらしている。
「もう少ししたら、どっかでご飯食べない?」
ひまわりが提案する。
「いいよ。なに食べたい?」
「ボートの公園でホットドッグでも」
意外な答えだと感じたが、そういえば先日一緒にサンドウィッチを食べたときも校庭だった。屋外での食事が好きなのかもしれない。
「売ってたっけ?」
「売ってるよ。よく食べてる」
「じゃあそうする?」
「よし」
ひまわりが勢いよくペダルを踏みこみ、また自転車が加速した。私は思わず、
「ぼこぼこ!」
「掴まってて。荷台じゃなくてこっちに――そう。それで離さないで」
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