第9話
「いい運動になりました。おふたりとも本当にスジがいいと思います」
ジムの外に出て、夕暮れの風に遊びながら、すがすがしい声でガブリエラが言う。
かと思えば、急にシャドーで想像上の相手と組み合いをしだす。
レスラーというものは、こうやっていろいろと試合の組み立てと引き出しを用意しておくのだろう。
「あ、そうです」
と、急に動きを止めて、ガブリエラが訊ねてくる。「どうですか、おふたりとも
「わぁ、本場のプロレス!」
やるっ、とニジミが答える。
「ロコツな勧誘ね」
いやよ、とクラウディアが答える。
「だってもったいないですよ。おふたりならいつかベルトも取れます。あ、私のベルトはダメですけど」
「だからやらないんだって」
「うーん、でも、やはりもったいない」
と、ガブリエラはクラウディアとニジミの交互に視線を移動させる。そして、どっちが関節技系だの、どっちがハイフライヤー路線でいけるだのと、わけのわからない用語を繰り出して、特徴付けや売り出し方を身振り手振りをいれて本気で語りだす。
依頼者に気に入られるのもここまでいくと考えものだ。
こちとらプロレスもベルトも、まったく興味がないのだから。
「ほんとうに興味がないの。プロレスも、ベルトも、歓声浴びるのも」
「そこまで言われると、それはそれでさみしいですね。なんというかこう……そう、張り合いがない。やっぱり本当のプロレスをやってみませんかっ? ぜったいに面白さがわかりますからっ」
「しつこいっ」
なんでそうなるのか。
「クラウー、やってみよーよー。あたしやりたいよー」
「はいはい、ツケと宇宙船の燃料代を稼いだらね」
「ぶぅーっ、払ったらべつのところに行くつもりのクセにぃ。けちー」
「こうなったら私も諦めません。ぜったいリングに上がらせますよ」
「だからやらんて」
まったく……。
どうして子供と競技者は、いちいち競いたがるのか。
そんななか、ジムからすこし離れた場所で大型自動車が停まった。その車は停まったかと思うと、ドサッという音をさせてなにかを落とし、急加速して走り去っていった。車の停まった場所に残されていたのは、白い布でくるまれた大きな物体で、よく見ればそれは、頭部に麻袋をかぶらされて拘束衣にくるまれた人の形をしていた。麻袋の中からくぐもった声が聞こえてくる。それは聞きなじみのあるしゃがれ声で、
この声はまさか。
「マクベさん!」
「マクちゃん!」
駆け寄るニジミとガブリエラ。
麻袋を外して出てきたのは三人の知る顔ではなかった、
外気にさらされた顔はとてもマクベとは思えないくらいに、
変形していた。
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