第382話麗は祖母八重子に違和感が無い。

「胸のつかえが、少し」

麗は、口には出さないけれど、祖母の手を握りながら、その思いが確かにある。


「この世には珍しい血縁、今は三人だけか」

血縁が全て良い関係を築けるとは思わないけれど、麗にとっては数少ない三人。


「茜姉さまは、血縁と聞かされるまでは、目も合わせられないような高値の花」

「大旦那様にいたっては、何をされても、声を出せないような身分の格差」

九条家に戻る前は、18年、そんな思いで生きてきたけれど、「事情」を知り、少し変わる、いや考えを変えるしかない状況になった。

しかし、「殺された実母」につながる人など、考えたこともなかった。


田舎で暮らしている時は、常に宗雄から離れるようにして、極力暴言と暴力を避けた。

実際は、宗雄が家にいる限り、毎日繰り返されたけれど。

奈々子は、宗雄に自分が何をされても、見ているだけ。

最初は泣いていたけれど、途中から無表情。

見て見ぬふりをして、通り過ぎることもあった。

蘭は泣くだけ、その蘭にまで宗雄が怒るので、麗は蘭を身体を張って守るしかない。

「そんな家族が、血縁とか何とか、親しみを感じるわけがない」

その後、血縁ではなかったことを知り、嫌な思いと複雑な思いだけが、心に残っている。


麗自身が、血縁とわかってからの、茜、大旦那は、実に自分にやさしいと思う。

実際は、茜も大旦那も、麗に「血縁」であることを告げる以前から、やさしかったのかもしれない。

しかし、それを知る以前の麗は、とてもそんなことを感じる余裕はなかった。

「ただ、言われるだけ、その表情を見て頭を下げるだけ」だった。

だから、やさしくされても、今でも、どこか違和感が残る。


その違和感は、鈴村八重子の涙を見た瞬間で、無かった。

母に抱かれた自分と父兼弘との写真。

そして、鈴村八重子に抱かれている写真を見て、驚きは安心感に変わった。

そうでなければ、自分の口から「仏壇、墓参り、家に泊まりたい」など、出るわけがない。


麗は、古今和歌集の話は、しないことにした。

「いつかは話す、来週で問題が無い」

「今は、18年ぶりの再会と、今後を考えるだけでいい」


麗は、祖母八重子から手を離した。

「あまり握っていると、赤子みたいなので」


祖母八重子は、頷く。

「18年の苦労も、報われました」

「きれいな、あたたかみのある手でした」


麗は祖母八重子にお願い。

「ばあさま、このアルバム、借りていいかな」


祖母八重子は、大きく頷く。

「はい、そのために持って来ました」

「焼き増しもしてあるから、心配はありません」

「来週、泊まりに来たら、もっと見せましょう」



麗と祖母八重子の18年ぶりの今日の再会は、それで終わった。

麗は、玄関で見送る。

その麗の周りには、大旦那、五月、茜、九条屋敷全員が立つ。

そして、満面の笑顔の祖母八重子を、三条執事長に黒ベンツで送らせた。



麗がリビングに戻ると、大旦那。

「麗、ようやった、感動したわ」

五月は涙が止まらない。

「もう・・・言葉が・・・何も」

茜も、涙で声を詰まらせる。

「うちもそうやけど、お世話係さんも、使用人も皆、涙ポロポロや」

「理屈なんて、あらへん」


麗は、自分と祖母八重子のことで、周りがそこまでになるとは思っていなかった。

「単なる祖母と孫の再会ではないのか、確かに18年ぶりの再会にはなるけれど」

「しかし、何故、ここまで泣くのか」


麗の表情から、茜が麗の気持ちを読んだ。

「なあ麗ちゃん、事情を知る人が、皆待ち望んでいた再会や」

「それだけ、麗ちゃんも、八重子さんも、大切なんや」


茜の言葉を受け、麗はまた「何か」を考え始めている。

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