第376話麗と涼香の横浜(2)

麗と涼香は山手まで登り、教会やレトロな洋風建築、ブリキのおもちゃの店などを見学。

麗は相変わらず無表情なものの、涼香は目が輝いている。

「見晴らしがよくて、胸がスッとします」

「ほんま、別世界です」


麗も、「胸がスッとする」感覚には同感。

「確かに、高台から見下ろしますし」


涼香

「うちのような京都生まれ、京都育ちになると・・・」

「比叡山とか、そんな山から見下ろします」

「ただ、そういう場所は、必ずお寺とか神社があって」


麗は涼香の心を読む。

「大事にしなければならないお寺や神社ではあるけれど?」

涼香は、少し考えて答える。

「どうも、昔からのじめじめした、ドロドロとしたものを感じることがあります」

「怨念とか、哀感とかまで、そんなのに囲まれて京の街を見下ろしたとして」


麗は苦笑。

「要するに、スッキリはしないと」

「歴史と、積み重なってきた思いとか、それはそれとしてかな」

「尊重しなければならない、それはわかっていてもですね」


涼香は、麗の手を再び強めに握る。

「それが、ここでは、何もない」

「歴史が無いからとまでは、言いませんが」

「海からの風が、モヤモヤを吹き飛ばす、あるいは軽くしてくれるような」


麗は、左手に外人墓地を見る。

「はるばる外国から来て、この地に眠っている」

「この人たちも、いろんな事情の中、横浜に来て、ここで死んだ」

ただ、涼香は足早。

「うち、お化け苦手です」

「ハロウィンなら許します」


麗は、その涼香の反応に違和感。

「京都なんて、寺とか墓ばかり」

「そういう所に生まれ育っていて、どうしてそうなる?」

「こん開放的な外人墓地と比べれば、京都の墓のほうが余程じめっとして暗い」

しかし、麗としても「九条家後継」の立場、それを口に出すことはない。


外人墓地を通り過ぎて、港の見える丘公園に入った。

お化けから逃れた涼香は、足取りも落ち着く。

ますます麗に身体を押し付け、満面の笑み。

「さあ、麗様、恋人しましょう」


麗は、ここでもたつくのも無粋と思った。

展望台まで歩き、涼香をしっかりと抱きしめる。

ただ、キスまではしない。

やはり、周囲に人が多いので、やはり恥ずかしい。


その後は、元町に戻り、抜けて中華街に。

関帝廟近くのレストランに入った。

メニューから選ぶのは専ら、涼香。

「空心菜の強火炒め」、「牛肉の四川風辛子煮」、「直火焼きチャーシュー」、「蒸し鶏の冷菜 葱油ソース」、「牛肉と野菜のオイスターソース炒め」、「牛肉とキノコのあんかけ石焼きチャーハン」などを、どんどん注文してしまう。


小食の麗としては「多過ぎる」となるけれど、涼香が横浜に来るのは、次にいつになるかわからないので、セーブをかけることはない。

それに京都の名門のお嬢様が、例えば京都の中華料理店で「爆食」する姿を見られたとすれば、後々取り返しのつかない失態になることは必定。


実際、出て来た料理の全てが、二人の口に合った。

麗も、抵抗なく、涼香と同じくらいは食べることができた。


全てを食べ終えた時点で、涼香は恥ずかしそうな顔。

「麗様と横浜だから、これができたんです」

「うちは、うれしくて、弾けてしまいました」


その顔に、麗の顔は珍しく緩んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る