第188話葵祭はどうするべきか、麗は思案する。

九条財団、そして大学での同級生の葵は、神妙に頭を下げる。

「ご連絡もなしに、押しかけて申し訳ありません」


しかし、その顔をすぐに上げ、笑顔に変える。

「とにかく同じ文化財団でお仕事をご一緒しますし、大学でも同じ授業を受けています」

「ですから、なるべく都内でも、早くご挨拶をと思いまして」

「もちろん、大旦那様にもご了承を得ております」


麗は、連絡なしでの突然の訪問に戸惑ったけれど、大学での学友の上に、財団での仕事の関係、大旦那の了承まで持ち出されてしまえば、仕方がなかった。

「それはわざわざ、ありがとうございます」

「そこまで、気を使われなくても」

と、いつもの地味な対応をする。


葵は、笑顔のまま、具体的な話に移る。

「ところで麗様、財団のブログの件なのですが」

「どの程度までのお話に」


麗は、それには、しっかりと答える必要がある。

「はい、大旦那や五月さん、茜さんには、式子内親王様の和歌をと言ってあります」

「数冊、神保町で本を仕入れまして、それも参考にしようかなと」

「季節を意識した順番で書ければと考えています」


葵はうれしそうな顔。

「最初は、葵祭の時期なので、それからになりましょうか?」


麗は、その葵の気持を読んだ。

「忘れめや 葵を草に ひきむすび 仮寝の野辺の 露のあけぼの」

と、式子内親王の葵祭の思い出の歌を詠む。

そして、言葉を続ける。

「掲載時期は、やはり葵祭が終わってから」


葵は、深く頷く。

「とても忘れることはできません、葵草を枕に引き結び、仮寝をした野辺で見た、露に光るあけぼののことは」

「大好きな歌です、季節にも合うと思います」


麗は、少し考えた。

「もしかして、この葵は、俺と葵祭に行くことを欲しているかもしれない」

「それだから、葵祭のことを口に出したと思ったほうがいい」

「ただ、俺は葵祭に行くとも何とも決めていない」

「九条家の後継者が顔を見せないとは、思わないのだろうか」

「それが、京都人の共通認識なのか、ありえない話ではないけれど」


ただし、麗は九条家として、葵祭に行ったことはない。

今までは、香料店の晃と、蘭と見物した程度。

ただ、祭りから帰れば、お決まりのように酔っぱらった宗雄から、ひどい暴行を受けて血だらけになったので、実は葵祭には悪い思い出しかない。


麗は、そこまで考えて、無難な答えを選択した。

「今年は、ブログのこともあるので、見物に行く予定です」

「あくまでも、京都に戻ってからの具体的な相談の上で」


葵の反応は、麗が予感した通りだった。

その愛くるしい瞳を一層輝かせて、麗に迫った。

「ありがとうございます、ご相伴の一人に加えていただければ、ますます」


麗は、葵の反応に感心したと同時に、ホッとした。

「そうか、ご相伴の一人か」

「それなら、嫉妬やら何やらの面倒が生じない」

「葵も賢い、気を遣う」


しかし、それと同時に、葵祭の見物は「責務」なのかと実感する。

「遠回しに予定とか、九条家での相談と言ったけれど」

「葵は、表情を見る限り、行く気が満々だ」


麗は、葵祭の見物は避けられないと考えた。

避けることによる、京都人からのマイナスイメージも避ける必要があると思った。

声を少し大きめにした。

「わかりました、それではご一緒できると幸いです、出来るだけ多くの人で葵祭を盛り上げましょう」


葵は、ますますの笑顔を、麗に見せている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る