第131話九条様との面会(11)

「嫁・・・ですか・・・」


麗自身には、あまりにも違和感のある言葉と思う。

ただ、大旦那の立場からすれば、早く麗の子まで見ないと、安心ができないのも当然と思う。

千年を超える九条家の後継を、確かなものにしておきたいと思うのは、現当主として当然なのだから。

香料店の従兄隆も重篤と聞く。

そうなると、まずは麗が結婚し、子供が生まれて、その後にまた養子縁組などの操作をしないと、香料店も、どうにもならなくなる。

蘭も香料店の血筋になるけれど、香料店も男子相続で数百年と聞くので対象外。

ただし、その数百年の歴史に、九条家の養子になったばかりの自分が、おいそれと口をはさむとか影響を施すのも、実にためらわれる。


麗が、少し黙っていると、大旦那。

「麗のことや、九条家の歴史も、香料店のことも、考えとると思う」

「お前は、気配りが深いからな」

「気配り過ぎると思うこともある」


大旦那の話は、少し遠回りしている。

ただ、麗は聴き続けるしかない。


大旦那は真面目な顔。

「なるべく早くな、嫁を・・・」

「できれば、恥ずかしゅうない嫁を」


その顔が苦しそうになった。

「そんなことを言える立場やないけれど」

「結果として、兼弘も殺され、由美も殺され」

「麗は苛められ、五月も茜も・・・」


茜が大旦那の手を握った。

「今さら、どうにもなりません」

「今は麗ちゃんの彼女の話や」


茜がやさしい笑顔で、麗の顔をみた。

「今は・・・彼女おるん?」


麗は、困った。

「そう言われましても・・・」


麗の彼女と言われても、それは「九条家の嫁候補」になる。

普通一般の家庭ではない。

何よりも京都の格式やら旧弊を代表する九条家の嫁となれば、その実家の格式も「釣り合い」が取れるものでなくてはならない。


「どこぞの平民の娘やて」

「呆れるわ、九条家もおしまいやな」

「今まで偉い顔して来たんが、笑えるな」

「どこぞに隠しておった子が、これまたどこぞの下民の娘をもらうんか?」

「京に関係ない跡取りと嫁?」

「なら、うちらも、もう関係あらへんな」


少し考えただけで、予想される京都人の文句やら嗤い顔が、ありとあらゆるほど浮かんでくる。


「京都の中心街に生まれ」

「三代以上京都で暮らしていて」

「その先代、先々代とも、立派なお家で、問題一つ起こしたことがなく」

「もちろん、その嫁の両親も、身分と経済力があるのは当然、京の街衆に充分に貢献をして評価されて」

「嫁自身は、全て習うべき作法に通じ、学歴や交友関係で一点の曇りもない人」


麗が「九条家の嫁」として思い浮かべるのは、そのイメージ。

しかし、麗は京都に何度も来たことはあるけれど、京都に住む、そんな「お嬢様」などとは、一人も面識はない。


麗はようやく答えた。

「それは、まだ、おりません」


そして思った。

どんなに好きな人であっても、九条家に嫁としては入れたくない。

すでに恵理と結は、九条家に戻れない、それは問題ない。

しかし、京都の街衆の底意地の悪さ、興味本位に他人を貶めたくて仕方がない京都人の嗤い顔を思うと、「嫁にとっては地獄」でしかないと思うのである。


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