第130話九条様との面会(10)

アパートのチャイムが鳴った。

麗がドアに近づくと、桃香の声。

「お弁当をお持ちいたしまた」

麗がドアを開けると、茜も立ち上がった。

「桃ちゃん、ありがとさん」


桃香は、いつもでは考えられないような緊張顔で。アパートに入って来た。

「松花堂弁当にございます」とテーブルの上に、松花堂弁当を並べ、吸い物も準備して来たので、それもセット。

お茶も、実に慎重に淹れ、それぞれの湯飲みに注いでいく。


大旦那からも桃香にねぎらいの言葉。

「桃香か、大きうなったな、ありがとさん」


桃香は、緊張顔をやわらげることができない。

ただ、「はい」と下を向くばかり。

そして小さく震える声で、「また引き取りにまいります」とだけ。

頭を再び下げて、そのまま帰って行った。


茜が名残惜しそうな顔。

「なんや、あないな他人行儀に」

「メチャ緊張しとった」

「後で、冷やかしとくわ」


大旦那は、ヤレヤレといった顔。

「今回はお忍びや、一緒に食べてもよかった」

「まあ、店も忙しいやろけど」


麗は、桃香の緊張顔や仕草は、実に理解できる。

「俺だって、九条の御屋敷では、あんな感じだった」

「とにかく下を向いて、神妙にしていないと、少しでも態度に難があれば」

「正座で足がしびれた仕草でもすれば、見つかれば」

「恵理とか結に何を言われるか、されるか」

「大旦那の目を盗んで、別の座敷に引きずられて、怒られ殴られ蹴られ」

「ようやく九条の御屋敷を出て、田舎の家に帰れば、今度は宗雄にやたらに殴られ蹴られる」

「桃香は、そんなことはされなかっただろうけれど」

「少なくとも、雲の上の九条の大旦那を目の前にすれば、そうするしかない」


しかし、九条の大旦那と茜を目に前に、そんな思いに浸っている余裕はない。

少なくともアパートの主人は、現時点は麗。

大旦那や茜のお茶がなくなれば、注ぎ足し、松花堂弁当を食べなければならない。


「俺には量が多すぎる」

「そもそも、昼に飯を食う習慣はほどんどない」

「かろうじて高橋麻央の実家と日向先生の鎌倉のご自宅で食べただけ」

と思うけれど、自分の前の弁当よりは、目の前の二人の食の進み方が実に気になる。


大旦那はゆっくりと噛んで食べる。

「少し、関東風やな、どうしても味が濃い」

麗は、謝るしかないと思う。

「本当に申し訳ありません。お口に合わないようで」

その麗を茜が笑う。

「何言うとんや、麗ちゃんがこしらえたわけやない、謝ることはない」

大旦那も、麗に笑う。

「いや、わしも嫌いでない、この味付け、気にせんでええ、これはこれで、シャキッとしとるし、ぼやけとらん」

茜は麗に食べることを促す。

「そんなことより、麗ちゃん、食が遅いで?若い男や、もっとガツガツせな」

大旦那も茜に続く。

「わしもそうや、若い時分は、丼飯や、それで身体を作って仕事をしたもんや」

「まあ、今は、そうは出来んけど」


麗も、そこまで言われたら仕方がない。

少しスピードをあげて、松花堂弁当を食べ始める。

しかし、それでも、大旦那と茜のほうが、食べるの早かった。


そんな状態で、特に麗には実に緊張した昼食が終わった。


少し間をおいて、麗は再び珈琲を淹れ、吉祥寺で買ったクッキーをテーブルに乗せる。


大旦那は、まだ、麗に話があるようだ。

少し茜の顔をみて、ゆっくりと光に話しかけた。

「ところでな、麗、お前の嫁のことや」


麗は、どう答えていいのか、再び頭がグラグラとし始めている。

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