第3章 第2話 夢か幻、あるいは その1

 まだまだ凶悪な暑さが続く九月の半ば、文化祭へ向けた準備は本格的になっていた。

「ここがホームセンターってやつか」

 龍二たちのクラスも例外ではなく、うてなと二人で買い出しに来ていた。

 学校から徒歩で十五分ほどの距離にあるホームセンターは、周辺の学生が文化祭のたびに利用する、行きつけのような場所だ。

「こういう場所は初めて?」

「日曜大工の趣味はないからねぇ」

 二人がホームセンターにやって来た理由も、当然文化祭に必要な物を購入するためだ。

 屋台をやる設備は問題ないが、そのままでは飾りも看板もなく、あまりにも貧相すぎる。食材の他に彼らが用意するべきものは、屋台を飾る外装や看板だ。

 三年連続で買い出しにきた龍二は迷う事なく、目的である木材などが置いてあるスペースを目指して歩く。

 興味深そうにあちこちを見ているうてながはぐれないよう、時折立ち止まったりする必要があるので、余計に時間がかかっていた。

「この辺りから選べばいいかな」

 携帯にメモしておいた寸法や必要な数量を確認しつつ、龍二は材料を選んでいく。その手際の良さに、うてなは素直に感心していた。

「そういう地味なやつ、やっぱ得意なんだねぇ」

「それ、褒めてるの?」

「当然」

 あまり褒められている気がしないと、龍二の渋い表情が物語っていた。

「でもさ、必要な物が決まってるなら、他の暇そうな人に頼めば良くない? 実行委員だからって、わざわざ仕事増やさなくてもさ」

「去年はそうしたんだけどね。やっぱり、自分で買いに来た方が間違いないってわかっただけだったんだよ」

 二度手間にもなり、そのせいで予算が厳しくなった事を思い出し、龍二は苦笑する。

 うてなもそれで納得したのか、肩を竦めて周囲の材料を手に取って眺める。

 必要な材料を選び終えた龍二は、近くの店員に話しかけて清算と配送の手続きを行う。

 毎年の恒例行事となっているため、ホームセンター側もそういった手続きをマニュアル化してある。

 手持ちの荷物として持って帰れる物だけを残し、後はまとめて学校へ送って貰う事になっていた。

「結局これだけ? なら私いらないじゃん」

 持ち帰る荷物は龍二が片手で持てる程度の量に収まったため、うてなは手ぶらだ。

 楽ができると喜んだのは一瞬で、すぐ不満げな顔になった。

「僕もそう思ったけど、久良屋さんが許さないでしょ」

「まぁ、だろうけどさ」

 護衛としてどちらかは必ずついて行く必要がある。この場合は、同じく実行委員であるうてなが同行するのが妥当だった。

 ちなみに深月は、クラスメイトたち数名と家庭科室で焼きそばを調理中だ。数名ずつに分け、調理の手順を確認している。

 うてなは当然の如く、そちらの監督を望んでいたが、生憎と本人に調理スキルは一切ないので却下された。

 料理が得意だという他の生徒たちに、そちらは任せてある。

「龍二、ちょっとこっち」

「え、な、なに?」

 急に腕を引っ張られた龍二の顔に、緊張が走る。反射的に警戒してしまうのも無理はなかった。

 が、うてなにそんな緊張や警戒する素振りは見られない。

「あぁ、ここだここ。ほら、有名なアイスクリームのお店」

「……そうですか」

 無駄な緊張を強いられた龍二は、これでもかと肩を落として脱力する。

 うてなの性格を考えればわかりそうなものだった。

 特に差し迫った危険はないとわかっているのだが、咄嗟の時に悪い想像をしてしまうようになっていた。

「これとこれと、これも。ねぇ、あんたはどうする?」

「……じゃあ、普通のやつ」

「オッケー。気分がいいからここは奢ってあげる」

 それが口止め料という名の賄賂だという事はすぐにわかった。

 寄り道せずに戻って来いと深月に釘を刺された事は、忘れていないようだ。

 本来であれば、護衛であるうてなの方が緊張感や危機感を持つべきなのだろうが、彼女にそれを求めるのは難しいのだろうと、龍二は達観していた。

 同時に、こういう時くらいはそれでもいいのか、とも思っていた。

 いざとなれば誰よりも頼りになるのは、間違いないのだから。

「こっちの方面ってさ、通学路から外れてるでしょ? だからなかなかチャンスがなくてねー」

 店の近くにあった公園のベンチに座り、休憩がてらに二人でアイスを食べる。

 嫌味なほどに暑い中で食べるアイスは、抜群に美味しく感じられた。

 龍二の三倍ほどになるアイスを食べるうてなは、あっという間に平らげていく。溶けてしまうのだから仕方ないのだろうが、果たして味を楽しめているのかは謎だ。本人は満足そうに笑みを浮かべているので、問題はないのだろう。

 綺麗に食べきったうてなは、ベンチに背中を預けてまだ高い太陽を仰ぐ。

 ふと、なにをやっているのだろうか、という気持ちに駆られる。

 学校に通い、文化祭の買い出しをして、買い食いをして一息つく。

 これでは本当にただの学生だと、妙な気分だった。

「まだ食べたりない?」

「んー、いけると言えばいけるけど、今はいいや」

 隣に座るうてなの様子に、龍二は気づいていた。だが、どう訊いていいかわからず、当たり障りのない事を口にしたのだ。

「なにしてんだろうね、私」

 龍二に気を遣われていると悟ったのか、うてなは自分からそう呟く。

「なにって、文化祭の準備でしょ」

「文化祭、ねぇ。まさか自分がやる側になるとは、思わなかったなぁ」

 フィクションの中で何度も見て、多少なりとも興味や憧れがあったものだ。

 だがいざ自分がやる側に立つと、正直に言えば戸惑ってしまう。

「うてなの世界にも、そういうのはあったんじゃないの?」

 以前から訊いてみたかった事を口に出すのは、いくらかの勇気が必要だった。

 うてなに対して、彼女が生まれた世界の事を訊いてもいいものか。

 この世界にただ一人、放り出されてしまった彼女に。

「学校とかはあったし、文化祭みたいなものも、たぶんあったと思うけど」

「なんか、曖昧だね」

「だって、私がこっちに来たのって十年前だよ? 私その時、十歳にもなってなかったから」

 人生で過ごした時間は、こちらの世界に来てからの方がもう長いのだと、うてなは力なく笑って見せる。

「……ごめん。やっぱ訊くべきじゃなかった」

「別にいいって」

 好奇心に負けてしまった事を悔いる龍二の肩を叩き、うてなは屈託なく笑う。

「知りたいなら、話してもいいよ?」

「じゃあ、お祭りとかは?」

「それっぽいのはあったけど、たぶん、儀式的な意味合いが強かったと思う。魔法とかが身近にあったからかなぁ?」

 幼い頃の記憶を思い返しながら、うてなは懐かしむように呟く。

「占いとかお祈りとか、そういうのが盛んだった感じ?」

「あー、かもね。こっちに比べると、本格的なやつが浸透してた気がする。なにせ、かつては本物の神様みたいなやつが実在してた世界だし」

「さすがは魔法の世界」

「言っとくけど、想像してるほどファンタジーな世界じゃないよ? 科学文明もそれなりには発展してたから、機械やらコンピューターもあるにはあったし」

 こちらの世界に比べたら数世代は遅れているだろうけど、とうてなは付け加える。

 ファンタジーと科学が融合した世界も、それはそれで魅力的で興味をそそられると龍二は内心高揚していた。

「やっぱ魔法がね、一番の違いだよ。こっちで使う電気とかに相当するものが、魔力になってたわけだし」

「もしかして、魔法で動く機械とか装置があるの?」

「当然でしょ。だからこそまぁ、科学の発展が遅れがちではあったんだろうね」

 詳しい事は知らないので具体的な説明はできないぞと、うてなは釘を刺す。

 歴史などに関しても、質問を受け付けるつもりはないようだ。

 秘密にしているのではなく、知らないのだろう。

「だったら、エネルギー問題で戦争とかなかったのかな」

「いやあったんじゃないかな。皆が皆、魔法を使えたわけでもないし。魔力を毛嫌いする連中も、やっぱりいたって聞かされてたし」

「そういうものなんだ」

 単純な話ではないのかと、龍二は頷く。

 こうして少し聞くだけでも、うてなの世界に対する興味は尽きない。

「でもやっぱり、漫画とかゲームの世界みたいだね」

「あぁ、それ思う。私も漫画読んだりゲームやってて、驚くことあるもん。見て来たんじゃないのかって思うようなネタもあるし。想像だけであそこまで迫れるのって、素直に凄いと思う」

 話題が娯楽を絡めたものになり、うてなもテンションが上がって来たのだろう。

 かつて住んでいた世界の話を、饒舌に語り始める。

 一度話し始めた事でなにかが吹っ切れたのか、あるいはスイッチが入ったのか、うてなは楽しげだ。

 こちらの世界との違いや、魔法にまつわる事件、そのすべてに好奇心を刺激される。

 龍二はうてなの話に耳を傾け、相槌を打ちながら聞き入っていた。

 だが一つ、違和感を覚えてしまう。

 彼女が楽しげに話すその中に、家族の話題は一度として出てこない。

 世界にまつわる話や、歴史の転換点とも言うべき大事件の話はあっても、ごく身近な人たちの話は、一つとしてない。

 うてなが意図して避けているのか、無意識なのかはわからない。

 気付かなければ良かったと思い、そしてそんな自分の弱さを龍二は内心恥じた。

「だからまぁ、魔法でエネルギーを代用できるって言っても、万能とは程遠いってことね……って、聞いてんの?」

「聞いてる。ただちょっと、うてながまっとうな話をしてると違和感がね」

「はっ倒すぞこら」

 バツの悪さを冗談で誤魔化す龍二の肩を、うてなは頬を緩めたまま叩いた。

「あれ、電話だ」

 携帯の着信に気づいたうてなは、龍二をちらりと見てから立ち上がり、少し離れた場所で応答する。

「もしもし久良屋? なに? え、今?」

 笑顔で電話に出たうてなの表情が、一瞬にして凍り付く。笑みを浮かべたまま、冷や汗がこめかみを伝う。

 その様子を見ながら、龍二はなんとなく察する。

 相手が深月で、うてながああいった反応をするという事は、十中八九小言を貰っている。

 おそらく、寄り道をしている事がバレて咎められているのだろう。

 強く止めず、思った以上に話し込んでしまったのは、龍二にも責任がある。

 あとで一緒に謝ろうと決め、龍二は立ち上がる。

「わーかった。すぐ戻るから。うん……はい、はい」

 そう言って電話を切ったうてなは、すぐに盛大なため息をついた。何度となく小言を言われているが、慣れるものではないようだ。

「さっさと帰って来いってさ」

「だろうね。さすがにのんびりしすぎたかな」

「いや、時間は関係ない。位置情報の追跡で寄り道してるのがバレバレだった。立ち寄ったお店の名前まで指摘するとか、久良屋っていい性格してるよね」

「……へ、へぇ」

 そこまで細かく位置情報を確認されているという事実に、さすがの龍二も笑みが引きつった。大概の事には慣れてきたと思っていたが、まだまだ彼女たちの監視には驚かされる。

「じゃあ、早く戻ろうか。もしかしたら、試食させて貰えるかもしれないし」

「それがあった! よし、行くぞ!」

 深月に小言を言われた事などすでに気にしていないのか、うてなは足取りも軽く歩き出す。

 彼女の切り替えの早さに感心しつつ、龍二は苦笑してその背中に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る