第3章 第1話 女子高生はじめました その6

「あと三十分くらいで結果が出るから、ここで待ってろってさ」

 携帯で連絡を受けたうてなは、後ろの席にいる龍二に向き直って肩を竦めた。

「結構時間かかるものなんだ」

 龍二はそう言って、背もたれに身体を預ける。

 放課後の教室にはすでに龍二とうてなの二人しか残っていない。先ほどまで他にも数名残っていたが、モールにできた新しいカフェに行くのだと、楽しそうに話しながら出て行った。

 うてながそういった物に興味を示すのは、すでにクラスでも周知の事実となっているので、一緒にどうかと誘われたのだが、どうにか笑顔で断ってみせた。

 警戒度が以前と同じであれば、龍二と共に行くこともできただけに、悔しさを滲ませていた。

「ついでに差出人とか調べてるみたいだからね。指紋とか」

「そこまでしてるんだ。本格的だなぁ」

 たかが手紙一つにおおげさな、と思いたいところだが、そうするだけの事情があるということは、龍二も承知していた。

「結局、なんだったんだろうね」

「さぁ。でもま、大したことはないんじゃないかなぁ」

「どうしてそう思うのさ?」

「危険の有無だけならすぐ判断できるでしょ。それでこの時間まで避難してないってことはつまり」

「少なくとも危険じゃないってことか」

 その通りだと頷いたうてなは、鞄の中からお菓子を取り出して龍二の机に置く。当然のように出てきたお菓子に、龍二は驚かない。

「って、しまった。飲み物がない」

 さすがに飲み物がないままでは、お菓子を食べる気にはなれないのか、うてなは立ち上がって廊下を指さす。

「え、でも久良屋さんはここで待ってろって言ってたんじゃ」

「一階にジュース買いに行くくらいいいでしょ。誤差の範囲ってやつ」

 後で小言を貰うことになりそうな気はしつつも、龍二はうてなに従って立ち上がる。誤差と言っていいのかは微妙なところだが、どうせ抵抗しても最終的にはうてなに引っ張られてしまうとわかっていた。

 最悪の場合、荷物のように担ぎ上げられる可能性すらある。

 そんな情けない姿を晒すのなら、大人しく従った方が数倍マシだ。彼女の強引さにも慣れてしまった。

 出会ってそろそろ二ヶ月になるが、もっと以前から友人だったような気さえする。

 一階にある自販機で目当ての炭酸飲料を購入したうてなは、その場でペットボトルのキャップを開けて口をつける。

 それを横目にしつつ、せっかくなのだからと龍二も自販機の前に立つ。

 どれにするのか、僅かに迷った末、ペットボトルのお茶を選択した。

「戻らないの?」

 ペットボトルを片手に、廊下を見回しているうてなに龍二は声をかけた。

「……まさか」

「あぁ、違う違う。そういうんじゃないから。ほら、戻ろ」

 嫌な予感を覚えて表情を曇らせる龍二に、うてなは笑いながら手を振ってみせる。

「本当に?」

「隠さないって。ただ、思ったより静かだなって思って」

 教室に戻る道すがら、うてなは廊下や人気のない教室を覗きながらそう言った。

「放課後ならこんなもんじゃないかな」

 うてなは静かだと言うが、実際には部活動に励む音が遠くから断続的に聞こえている。

 運動部の掛け声やボールの音、吹奏楽部の演奏など、様々だ。

「そうなんだろうけど、でもほら、もうすぐ文化祭なんでしょ? だったらこう、もっと活気があってもいいんじゃないかなって」

「あぁ、そういうことか」

 教室に戻って席についた龍二は、ようやく理解して頷いた。

 買ってきた飲み物を机に置き、うてなは持ってきたお菓子を開封する。

「ま、私たちもなにもしてないけどさ。今月末だっけ、文化祭」

「うん」

「で? なにもしてないけど、いいの? あんたと私、実行委員なんでしょ、一応は」

「さすがにそろそろ始めないといけないかな」

「かなって、やる気ないの?」

「少し先送りにしてたことは認める。でも、用意するものはそう多くないから、まだ十分間に合うスケジュールだよ」

 龍二はそう言って携帯を取り出し、以前作っておいたスケジュールをアプリで表示して見せる。

 うてなはお菓子を摘みつつ、他人事のようにそれを眺めた。

「なんか、思ってたのと違うなぁ」

「前にも話したけど、三年だからね。あんまり手間はかけない方針なんだよ」

 受験を控えた三年生は軽めの出し物で済ませる。その分、一年と二年の時に凝ったものをしておくのだ。

「ちなみに一年と二年の時はなんだったの?」

「一年の時はお化け屋敷で、二年の時はコスプレ喫茶。どっちも評判は良かったよ」

「ベタなのばっかりねー。でも、やるのは面白そう」

「その分、準備は大変だったけどね。衣装とか看板とか小道具とか、用意する物を考えるところからだし。やる気はあっても、他人任せなところが多かったしね、みんな」

 そんな状況でも龍二は、一人でコツコツと作業を進めていた。だからこそ、それを見かねて彼女は声を掛けてきたのだ。

 まだ癒えていない傷に、龍二は少しだけ目を伏せる。

「龍二は一年から実行委員やってたんだっけ?」

「……うん。一回やったんだからって、去年は半ば強制だったけどね」

「なら、三度目の今年もがっつりお任せして良さそうですねぇ」

 ほんの僅か、龍二の表情に陰りが見えたが、うてなはおどけた口調でそれを流した。

 彼がなにを思い出して胸を痛めたのかは、もちろんわかっている。だからこそ、触れない。

 自分では龍二の痛みに寄り添えないと、うてなは思っていた。

 彼がそうして欲しいと望むとも、思えない。

「はー、でもちょっと残念だなぁ。もう二度と文化祭に混じるなんてできそうにないのに。どうせなら一年か二年の設定で潜入させて欲しかった。気が利かないなぁ」

「それじゃあ護衛にならないでしょ」

 心底残念そうなうてなに、龍二は苦笑する。

 良く言えば素直で、悪く言えば欲望に忠実なうてなの言動だが、不思議と嫌な気分にはならない。

 彼女に対して圧倒的な信頼があるからこそだった。

「焼きそばは地味かもしれないけど、当日になれば結構楽しめると思うよ。自分たちの出店も含めて色々あるし、それこそ下級生の出店は多彩だし」

「もちろん、全ての出店を制覇してやるけどさ」

「ちゃんと見て回れるようにローテンションは組むよ」

「当然でしょ。って言うか、実行委員なんだからやりたい放題なわけよね? いわば権力を握ってるようなもんだし」

「違うから。前にも言ったけど、妙な提案とか受け付けないよ?」

 釘を刺す龍二に対し、うてなは得意げに鼻を鳴らして笑みを浮かべる。

 あえて言葉にしてこないあたりに、嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

「あと来週から、看板とか店の外装作りを始めるけど、ちゃんと手伝ってよ?」

「言っとくけど私、美術的なセンスには自信ないよ?」

「別にデザインを任せるつもりはないから安心して。材料の買い出しとか、看板に使う板の加工とか、いろいろあるんだって」

 どれか一つくらいなら、うてなにも適性のある作業があるはずだ。

「だーかーら、味の監修は任せなさいって。ついでに味のバリエーションも――」

「だから余計な作業増やそうとしないでってば」

「いいじゃん。最後の文化祭なんでしょ? やれる範囲で思いっきりやっちゃおうよ」

「まぁね、気持ちはわからなくもない。わからなくもないけど、やっぱりダメなものはダメなんだって」

 やる気を出してくれるのは有り難いが、その方向性がよろしくない。龍二は同意できる部分があると認めつつも、うてなを窘める。

「だいたい、久良屋さんに言われてるでしょ。不用意に目立つことはしすぎるなって」

「それは……ちっ」

 深月の名前を出されたうてなは、渋い顔をして舌打ちをする。

 うてなにしてみれば深月は、パートナーであると共に、逆らえない上司のようなものなのだろう。

 戦闘能力でいえばうてなが遥か上を行くが、普通の任務では深月の方が優れている。

 そしてなにより、欲望に素直なうてなに対し、深月は正論をぶつけてくる。

 我がままを言っていると自覚しているからこそ、うてなも強くは出られない。

 それが奇妙な力関係を作っている、最大の要因だった。

「どうやら、結果が出たみたい」

 見計らったようなタイミングで連絡を受けたうてなは、にやりとイヤらしい笑みを浮かべて龍二を見やる。

「残念ながら、あの手紙は悪戯の類だってさ。差出人もつきとめて、身辺の調査も完了したみたい。その上で、問題なし、だそうですよ?」

「なら安心だ」

 なぜかしてやったりと言いたげなうてなに対し、龍二は腕を組んで堂々と頷いて見せる。

 別になにかを期待していたわけではないと、言い聞かせているようだった。

 うてなはその様子に頬の緩みを我慢できず、ついには吹き出して笑い声を上げる。無理をしているのが丸わかりな龍二の様子だけなら、まだ我慢もできた。だが、悪戯と判明したのなら、晴れて放課後の寄り道も解禁される事になる。

 その楽しくなる時間を想像せずにはいられず、自然とテンションが上がってしまった結果だった。

 もちろん、龍二としては面白いわけがない。

 深月が合流するまで、龍二は憮然とした表情で押し黙っていた。

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