第2章 第4話 デンジャラス・マジシャン・ガール その2

 本部から送られてきた情報の真偽を確かめるまでもなく、うてながそこで戦っていることはわかった。

 廃園となったレジャー施設には、夜の空を染め上げるような黒煙が立ち昇っている。

 少し遠目から見たときは何ともなかったが、ある程度の距離まで近づいたところでその変化に気づいた。

 なにかが爆発するような音も、今なら聞こえてくる。

 うてなの報告にあった、魔術による人払いの効果なのだろう。

 一定の範囲に張り巡らされた、結界のようなものだと言っていた。その外側にいる人間には、中で起きている異変に気づけないのだと。

 視界に入っていても意識することができない、一種の催眠に近いと聞いていたが、なるほどと体験した今なら頷ける。

 断続的に音が響いてくる施設の入り口付近にバイクを止め、深月はヘルメットを脱ぐ。そのままバイクから降りようとして、龍二の腕が腰に回されたままだと気づく。

「離してくれないと、困るのだけど」

「え? あ、ご、ゴメン」

 到着したことに気づいていなかったのか、龍二は慌てて深月から離れてバイクを降りる。

 若干足元が覚束ない様子だが、仕方ないだろう。

 バイクに乗った経験などない龍二にとって、ここまで来る間に体験した速度は想像を絶するものだったに違いない。

「気分は?」

「まぁ、なんとか。実は僕、絶叫系のアトラクションとか初めてで」

「ここで休んでいてくれるほうが、私としては助かるのだけど」

「……いや、安全な範囲でついていくよ」

 やや青ざめた顔色だが、意思は固いようだ。無理をしているのは明らかだが、深月は龍二の意思を尊重することにした。

「なら、行きましょう」

 頷いた龍二は唾を飲み込み、腰のホルスターから電気銃を引き抜く深月の後に続いた。

 ただの廃園だったはずの施設は、尋常ではない荒れ具合だった。

 ざっと目を通した資料では、閉園時からそのまま放置されているだけのはずだ。密かな心霊スポットとして遊びに来る若者が時折いるようだが、彼らに荒らされた、と考えるには被害が大きすぎる。

 十中八九、うてなとヒジリカナウの戦いが原因だろう。

 これほどの破壊を、二人の少女が行ったのだという事実に、深月の背中が冷える。

 これが魔術師の戦いか、とため息すら出てこない。

「なんか、肌にくるね」

「特には、感じないけど」

「え? そうなの? なんか、ピリピリこない?」

「……いえ」

 深月の同意が得られないことに、龍二は勘違いかと首を傾げる。

 戦いの場に慣れていないせいだと言うこともできたが、深月は黙って先へ進んだ。

 平静を装ってはいるが、胸中穏やかではなかった。

 エージェントとして訓練を積んだ深月ですら感じられないものを、龍二は感じているのだ。

 それは魔力を持つ者と、持たざる者の違い。

 魔力をその身に宿す者にしか感じられない気配や、波のようなものがあると資料で目にした。

 今龍二が感じているものが、まさにそれなのだろう。

 つまりはそれが、証明だった。

 安藤龍二はただの高校生などではなく、魔力をその身に宿している存在である、と。

 それも、ただ魔力を宿しているだけではない。

 彼の魔力は、神無城うてなと同質のものだという事。

 それはこの世界において唯一、神無城うてなだけが持っているはずのものだ。

 断片的に見えてくる情報の繋がりに、深月は暗澹たる思いを抱く。

 安藤龍二と神無城うてなの出会いに、どんな意味があるのか。

 彼の護衛という任務に、なぜ神無城うてなが選ばれたのか。

 知りたくない思惑の影が、瞼の裏にまで潜り込んでくるような感覚だった。

「く、久良屋さん……なんか、ヤバそう」

「どうしたの?」

 ジャケットの裾を引っ張られる感覚に、深月が立ち止まって振り返る。

「わかんないけど、空気が……その先にこう、怖い感じがするんだ」

 要領を得ない言葉に深月は首を傾げる。

 が、次の瞬間、その場所で爆発が起きた。

 一度ではなく、それは連続して起こりながら、辺り一帯を巻き込んでいく。

 深月は咄嗟に龍二を抱きしめるように庇って倒れ込んだ。

 背後で起こる魔術の嵐に対し、深月ができることはそれくらいしかなかった。

 嵐が過ぎるまでの時間は、途方もなく長く感じる。

 実際には数秒の出来事だったが、なにもできない無力感がそれを引き延ばしていた。

 幸いにも魔術の破壊は、二人には届かなかった。

 もし龍二が深月を引き留めていなければ、巻き込まれていただろう。

「無事?」

「う、うん。君こそ……」

「無傷よ、あなたのおかげで。助かったわ」

「僕は別に……」

 龍二に助けられた事実を、深月は忸怩たる思いで受け止める。

 表情にこそ出しはしないが、魔術師を相手にする無謀さを痛感していた。

 今更考えても仕方がないと気持ちを切り替え、深月は立ち上がる。

 深月が手を貸すまでもなく、龍二も自力で立ち上がってみせた。

「すぐそこにいるわね」

 崩れかけた壁の隙間から覗き込んだ深月は、うてなとヒジリの姿を確認する。

「うてなは……」

「姿は……いえ、見つけた。無事よ」

 丁度二人がいる位置からは、うてなとヒジリが対峙している姿が見える。

 ヒジリカナウは膝をつき、うてなを見上げていた。

 うてなが無事なことに安堵するが、同時に深月は奇妙な感覚に囚われていた。

 最初はうてなの姿が見えなかった。少なくとも、深月は認識していなかった。

 だが、瞬きをしたわけでもないのに、忽然とうてなが現れたのだ。

 まるで初めからそこにいたとでも言うように。

「なるほど……今のが、そういうこと」

 深月は小さく呟き、ある言葉と共に、噛み締めるように思い出す。

 ――異邦人、神無城うてな。

 その言葉が表す、彼女の正体を。


 ただジッと見上げてくる視線を、うてなは受け止めていた。

 ここにいたといううてなの言葉をどう解釈したのか、ヒジリは獰猛に唸る。

 どう答えたとしても、反応は変わらなかっただろう。

 怒りに任せた魔術がまたしても二人の間で弾ける。

 さすがにこれは予想できていたうてなは、後方に跳んで距離を取った。

 自身の魔術を受けたヒジリは、身体の至るところから血を流しながら立ち上がる。

 先ほどよりも一層青白くなった顔で、うてなを睨みつける。

「ったく、なんで来るかな」

 纏わりつくような視線から目は逸らさず、うてなは微かに口元を綻ばせる。

 数十メートル離れた建物の陰にいる二人の気配に、うてなは気づいていた。恐らく、ヒジリも気づいてはいるだろう。

 巻き込まずに決着をつけるつもりだったうてなにしてみれば、いい迷惑だ。

 が、なぜだろうか。

 悪態と共に漏れるのは、喜びを含んだため息だ。

 正直に言えば、戦力としては数えられない。足手まといだと言いたくはないが、そうなる可能性が高すぎる。

 囮くらいにはなるかもしれないが、それを良しとするほど非情にはなれない。

 だから一人で戦うと決めたはずなのに、まさか二人揃ってやって来るとは。

「バカにもほどがあるでしょ」

 そう言って鼻を鳴らすが、あまり驚きはなかった。

 どこかでこうなる気はしていた。

 鈍った拳一つ分くらいの戦力にはなると言ってくれたパートナーも。

 護衛対象のくせに首を突っ込んでくるバカも。

 どうしようもなく、空気が読めないのだから。

 うてなはガントレットを外し、地面に落とす。

 代わりに腰のポーチから取り出した特製のグローブを装着した。

「こっちもそろそろ本気、出すから」

 あのまま戦い続けていれば、ヒジリの魔力切れを待つこともできた。

 何時間であろうと、逃げ続ける自信があった。

 が、あの二人が来てしまったのではその手は使えない。

 うてなを見失ったとすれば、ヒジリはまた無差別に破壊するだろう。いや、より正確にあの二人をターゲットにする可能性が高い。

 今うてなに向いている殺意や憎悪が、龍二と深月に向けられては困る。

 ――神無城うてなは、その存在を消すことができる。

 視界に入っていても、たとえ触れていても、うてながそう望めば誰も存在を認識できなくなる。

 なぜなら彼女は、この世界には存在しないはずの人間だからだ。

 神無城うてな自身が他者に認識されたいと望まなければ、この世界で彼女を認識することは不可能となる。

 彼女が誰よりも隠密行動や潜入が得意とされるのは、その特異な存在がゆえにだ。

 それは魔術でも魔法でもない。

 異邦人である彼女は、この世界にとってイレギュラーなのだ。

 その能力を活かして戦えないとなれば、もう一つの奥の手を使うしかない。

 魔法使いの髪は特別だ。

 本人の魔力を無意識に蓄積し、貯蔵し、濃縮させる。

 うてながその性格に似合わず髪を伸ばしているのも、それが理由だ。

 数年単位で伸ばした髪は、最上級のマジックアイテムとなる。

 その髪を織り込んだグローブを使えば、ヒジリの禁呪にも対抗できる。

 魔術そのものを使えるわけではなく、純粋な魔力をぶつけるという力業だ。

 これが唯一、うてなに許された外界へ影響を及ぼすことができる魔法だった。

「加減とか、できないからね」

 それを嘲弄と受け取ったヒジリは、怒鳴り散らす激情さえ魔力に変換し、鬼気迫る形相で魔術を放つ。

 十メートルを超す特大の火球は、地面を抉りながらうてなへと迫る。

 一歩も退くことなく、うてなはその火球へ拳を打ち込んだ。

 瞬間、火球が爆ぜ割れ、うてなを恐れて避けるように散った。

 うてなの拳から放たれた高純度の魔力に、ヒジリは目を見開く。

 魔術に携わる者ならば、誰もが見惚れてしまうような神々しい魔力の残り香。

 それはヒジリたち魔術師がどれほど研鑽を積み、歴史を重ねようとも辿り着くことのできない領域だった。

 術式もなにもない、ただ放たれた魔力。

 たったそれだけのものに、見惚れてしまう。

 己の存在意義と信じた行為も、全てを犠牲にした決断も、背負わされた憎悪も忘れてしまうほどに、神無城うてなの魔力は美しく、気高かった。

 互いに魔力を持つ者として出会っていたなら、強い憧憬の念を抱いていただろう。

 だがそうはならなかった。

 出会う遥か以前より、ヒジリにとって神無城うてなは恨むべき敵だった。

 奥底から湧き出す嫉妬すら、憎悪にくべて燃やす。

「あって、たまるか……お前が、お前が……」

 ありったけの魔力を注ぎ込んだ魔術が、次々とうてなの拳で打ち砕かれる。

 これまで放った魔術とは比べ物にならない威力を秘めているが、うてなの一撃を上回ることはできなかった。

 それどころか、打ち消した際に持て余した魔力の波が、ヒジリの身体を嬲っていく。

 うてなのグローブに秘められた一撃分の魔力は、ヒジリの魔術を数回打ち消してなお余る。

 加減のできない燃費の悪さが、唯一ともいえる欠点だった。

 だが、そのグローブに貯蔵されている魔力は、数百回打ち消したとしても使いきれない。

 無尽蔵とも思える魔力をその身に宿すヒジリと言えど、それだけの魔術を発動させることはできない。

 ここに来て、ヒジリの優位性は失われた。

 仮に数百の魔術を放てたとしても、ヒジリの身体が耐えられない。

 両者とも、それを十分すぎるほどに理解していた。

 ゆえにうてなは先手を打とうとはせず、ヒジリの出方を待ち、火の粉を払うように拳を振るう。

「どうしても、諦めてはくれない?」

「当たり、前だ……とまれるものか……」

 息も絶え絶えに答えるヒジリは、霞む視界に蝋燭のような意識の火を灯す。限界を迎えつつある身体は、裂けた皮膚の間から、血と共に魔力が漏れ出ていた。

 いつ倒れてもおかしくはない、満身創痍。

「お前を殺すまで、私は……私が、やるんだ」

 彼女を立たせているのは、神無城うてなを殺すという黒ずんだ鋼の意思だ。

「私は、死んで欲しくない。ヒジリ……あんたにも、生きていて欲しい」

「黙れ……だまれだまれだまれ……」

 呪詛のようにこぼれるヒジリの声は、震えていた。

「お前が……お前がいるから! お前が現れたりしなければ、生きていられた! みんな、みんな……お前のせいで死んだんだ!」

 これまで抑えてきた感情が、その身を切り裂いて吹き出した。

 決して声を荒げることのなかったヒジリの喉が、どす黒い血を孕んだ叫びを生む。

「たとえそうでも、私はあんたに――」

「黙れぇ! 侵略者がっ、命を語るなぁ!」

 絶叫と共にヒジリが駆ける。

 漆黒の炎を全身に纏い、でたらめに崩れた術式を展開する。

 本来あるべき術式を崩された魔術は、術者すら屠りかねない諸刃の剣だ。

 ヒジリはそれを、意図して発動させている。

 自身が生き残ることなど、最初から考えていない。刺し違えてでも殺せればいいのだ。

 怨敵である、神無城うてなを。

「それでも、あんたにはあげられない」

 単調ではあるが不規則かつ膨大な魔術を前に、うてなは再び時間魔法を使用する。

 短時間なら、耐えられるはずだと判断した。いや、耐えなければならない。

 気配を隠せない以上、全てを回避するか防ぐしかないのだ。

 通常の動体視力ではとても捉えきれるものではない。

 込み上げてくる吐き気に耐えながら、凄まじい形相で襲い掛かってくるヒジリに対抗する。

 一撃一撃に明確な殺意が宿る、まさに必殺の嵐だ。

 ヒジリの魔術と、それを打ち消すうてなの魔力、その余波は広範囲に及び、次々と施設や遊具を破壊していく。

 近くに隠れている龍二や深月を気遣う余裕は、さすがにない。どうにかするだろうと信じるしかなかった。

 少なくとも、こうして自分を中心に攻撃を仕掛けてくるのなら、なんとかするはずだとうてなは考えていた。

 久良屋深月というパートナーへの信頼だ。

 無様な姿は見せられないな、とうてなは陽炎のような魔術をかわし、がら空きになっているヒジリの腹部を蹴り飛ばした。

 弾丸さながらの勢いで吹き飛んだヒジリは、血をまき散らしながら回転木馬の遊具に叩き込まれる。

 十分すぎるほど被害を受けていた遊具は、崩壊寸前だ。

「神無城、うてな!」

 その崩れ始めた遊具の中から、怨念を込めた叫びと共にヒジリが飛び出してくる。

 速度は、先ほどよりもやや劣る。

 一撃ごとに力を失っているのは、火を見るよりも明らかだった。

 うてなは感情を押し殺すように息を止め、それを迎え撃つ。

 魔術を打ち消し、打撃を加える。

 うてなの反撃はどれも、魔力を込めたものではない。だが、身体機能を強化された一撃であることに変わりはなく、その一撃は確実にヒジリの身体へダメージを与えていた。

 与えている、はずだ。

 その証拠に、ヒジリは視線を逸らしたくなるほどにボロボロだった。

 至るところから出血し、月の光を浴びて淡く輝いていた銀色の髪も、血に染まって汚れている。かつてそこにあった神々しさは、もはや感じられない。

 誰が見ても、勝敗は決していた。

「かむ、しろ……う、てな」

 それでも彼女は、とまらない。血にまみれた程度では、とまれない。

 何度打ち倒されようとも立ち上がり、魔力を猛らせて駆ける。

 その勢いすら、次第に衰えていく。

 だが、諦めない。

 倒れるものかと、漆黒の意思を宿した双眸が語る。

 そんなヒジリの姿に、うてなは嵐の夜を見る。

 あの時も――彼女もそうだった。

 強い意志で立ち上がり、向かってきた。

 己の意思を貫くために。

 違いは、一つ。

 ――ヒジリは、憎悪で。

 ――彼女は、愛で。

 それは正反対な意志だ。

 しかしうてなは、彼女の姿を幻視し、重ねてしまった。

「――――っ!」

 僅かに見せてしまった隙は、決定的なものとなる。

 漆黒の槍がうてなの右肩を貫き、傷口を広げるように炎の舌を伸ばす。

 意識が飛びそうな激痛に襲われ、うてなは堪らず声を上げた。

 その声にヒジリは会心の笑みを浮かべ、うてなの首を掴む。

 突き刺さった槍はうてなの身体を捉えるように、漆黒の炎を絡ませていた。

「――終わりだ」

 恍惚に浸る間もなく、ヒジリはもう片方の腕を上げる。

 黒い炎を幾重にも纏ったヒジリの腕は、無防備なうてなの胸に狙いを定めている。

 心臓を貫かれれば、いくらうてなと言えども無事では済まない。

 殺せるか否かは、それこそ神のみぞ知る領域だ。

 だがもはや、ヒジリにとってはどうでもいい事だった。

 神無城うてなの心臓をその腕で貫けば、それで終わる。

 復讐は、果たされるのだ。

「これで――」

 かなう、とヒジリの唇が歪んだ。

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