第三十一話

 だがそれで黙っているマスコミではなかった。

「人間ではなく人、とはどういう意味ですか」

「人ではなくヒトです、ホモ・サピエンスと呼んでいいのか私にはわかりません」

「それは『加工されたヒト』と考えてよろしいでしょうか」

「つまりホモ・サピエンスの遺伝子に何らかの加工をしたということですか」

「今まで何人かそのような危険な人がいたのですか」

「危険というか――」

 畳み込んでくる質問に大豆生田の顔に焦りが見えた。真面目な性格が災いして、全ての質問に対し、誠心誠意答えようとしてしまうのだ。

「危険すぎて殺処分になった個体はありましたか」

「それ以上は研究上の秘密事項になるのでお答えできません」

 遠藤が割り込んだ。明らかに余裕のない顔だった。

「今は遠藤博士ではなく大豆生田博士にお尋ねしています」

「博士はそろそろ病院に戻っていただかないと体に障りますので、会見を打ち切らせていただきたい」

「大豆生田博士、お答えください。危険すぎて殺処分になった個体はあったのですか」

「ですから、もう博士は――」

 その時、大豆生田が口を開いた。

「無くは……ありません」

 もう小豆澤にも遠藤にも止めることはできなかった。天才と呼ばれた大豆生田の唯一の弱点――正直すぎるところを的確に突いて崩しにかかって来る。

 小豆澤は腕を組んで背もたれに体を預け天井を見上げ、遠藤は小豆澤とは正反対に長机の上に手を組んで項垂れた。

 その三者三様の姿をカメラに収めようと、カメラマンたちのフラッシュが一斉に焚かれる。

「大豆生田博士、例えばですよ、例えば地震とかそのような天変地異によって、それらが外に出てしまうと危険なのではありませんか」

「それらという言い方はやめてください、彼らはヒトです」

「しかし、別の生き物と遺伝子レベルで交配しているんですよね?」

「していないものもあります」

「しているものもあると」

「そう、です」

 これは危険だ。このままでは沙耶ちゃんの言っていたソイ君が殺処分にされる流れだ――宇佐美はポケットからスマートフォンを取り出すと、沙耶に連絡を入れようとして、一瞬躊躇った。

 もしも、本当にその『ソイ』という個体が危険だったとすれば、沙耶が彼を開放してしまうと大変なことになる可能性もある。

 それに沙耶の方も既にこの会見をライヴ放送で見ているという事も考えられる。もしも沙耶がこれを見ていたらどういう行動に出るだろうか。さっき会ったばかりでまだ彼女のことをよく知らない宇佐美にはなんとも判断できないまま、会見は彼らの都合に関係なく進んでいく。

「ムワイ・ンゲンギさんですが、彼は発見当時、普通の人間とは思えないほど毛深かったという情報があります。腕はおろか、首にまで手がふさふさ生えていたと。実際そうだったのですか?」

「そうです」

「単刀直入に聞きますが。ムワイ・ンゲンギさんはここの職員だったのですか?」

「それは――」

 大豆生田が言い淀んだ。明らかにそこに答えはある、だがそれを言いたくない、顔にそう書いてあった。

「本当はここで作られたヒトだったのではありませんか?」

 それまでざわついていた会場が一瞬にしてピタリと静まり返った。絶対的な静寂に包まれた会議室に、大豆生田が座り直した車椅子のギシッという音だけがやけに大きく響いた。

「ニグは」

 大豆生田の掠れ声は、ここで一旦途切れた。

 この場にいる全員が彼の言葉を待っている。両脇に座る二人の男を含めて、だ。

 宇佐美は掌にじっとりと溜まった汗をジーンズで拭った。

「私が作りました」

 しばらく誰も動かなかった。永遠とも感じられた無音の世界は、時間にすれば恐らく一秒にも満たなかったのだろう。だが、彼らには十分窒息できるだけの時間に思えた。

「ネグロイドの男性の遺伝子を元に、とある霊長目の遺伝子を掛け合わせました。ヒトの子宮を一切使わず、生殖行動も伴わない、純粋培養クローンです」

 しばらく誰からも質問は出なかったが、博士の「ご質問は終わりですか」の声に我に返った記者たちから、ぽろぽろと手が上がった。

「博士の怪我の原因は、ムワイ・ンゲンギさんですか」

「違います。ケニャンという名の個体です。彼もネグロイド個体でしたが、ニグとは別の親個体の遺伝子から作りました」

「何か別の生き物と交配していますか」

「ネコ科の大型肉食獣とだけ言っておきます」

「霊長類ですら無い?」

「はい、違います」

 黙って腕を組んだままの所長は、もう言葉を発するつもりはないらしい。この場の責任をどうとるのかを、既に考えているのかもしれない。遠藤の方はこの世の終わりといった顔をしている。

「そのケニャンという個体は今どこに」

「危険なので殺処分にしました」

 どよめきが起こった。

 最初のうちの慎重に言葉を発する大豆生田は、もうどこにもいなかった。研究者の顔に戻った大豆生田は、研究の成果を発表する科学者そのものだった。

「ムワイ・ンゲンギさんも殺処分にしようとして逃げ出したという事はないのですか」

「ムワイ・ンゲンギという人間はいません。彼はニグです。ニグが研究所を出た理由は私にもわかりません」

「そんな危険な生き物が簡単に脱走できるような管理状態だったという事ですか」

「危険な生き物という言い方はやめてください。彼らはみんな私の子供たちだ」

「危険だから殺処分にしたんでしょう? 危険ではないものを殺処分にしたのですか?」

 大豆生田が答えに詰まったその時、会議室の入り口の方から女の子の声が響き渡った。

「彼らは危険なんかじゃない。その目で確かめたらいい!」

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