第二十七話

「君は彼らとはいつくらいまで一緒に住んでいたの?」

「幼稚園に上がるまでです。母がいないので父一人ではあたしを育てられなかったんだと思います、幼稚園に入ってからは自分の家で暮らすようになりましたけど、幼稚園の帰りはやっぱり研究所に行って、父の仕事が終わると一緒に家に帰りました。小学校に上がるまでは毎日そうしていたので、ほぼそれまでは五人と一緒に生活していたと言っていいと思います」

「小学校に入ってからは?」

「まっすぐ家に帰ったり、研究所に行ったりです。それでも研究所にいることが多かったかな。三年生の終わりくらいからあまり行かなくなりました」

「学校のお友達と遊ぶことが増えたの?」

「いえ。あたし、ソイに長生きしてほしくて、父のような科学者になるって決めたんです。勉強しないと父のようにはなれないので」

 ふと彼女が左手を気にしたように宇佐美には見えた。チラリと盗み見ると、小指に何かがついているのが目に入った。

「そのリングは?」

「三年生の時、ソイに作って貰った指輪です。モールのおもちゃなんだけど、あたしの宝物だから。婚約指輪なんです」

 この子はソイという子のことが好きなのだ。彼の為だけに科学者になろうというほど。そのソイが『危険だ』と言われているという事だ。宇佐美は彼女がこの暗い山道を徒歩で研究所に向かっていた理由にやっと合点がいった。

 だが、今回ムワイ・ンゲンギ氏――ニグと言ったか、彼の騒動が無ければあの研究所のことは今まで全く騒がれてはいなかった。あそこに子供たちが住んでいるなどという情報が囁かれたことも無い。

 あそこに出入りしている業者もあるだろうに、なぜ今まで全く明るみに出ていなかったのか。

 この彼の疑問にも彼女は明快に答えた。

「彼らが移動を許可されているのが二階部分だけだったからですよ、来客は一階にしか入れませんから。あの建物は中庭を囲むように四つの棟からできてます。正門の正面にあるのが『管理棟』。研究所に訪れる人はほぼこの管理棟だけで用事が済むので、他の棟に入ることがまずありません。中庭を挟んで反対側の『実験棟』にはいろいろな実験機材があって、そこで様々な実験が行われています。二つの棟を結ぶのか『病棟』と『研究棟』で、父は研究棟で仕事をしています」

「子供たちは?」

「管理棟の二階が乳幼児エリアです。ここは生まれたばかりの赤ちゃんから未就学児くらいの年齢の子を見ています。現在は赤ちゃんしかいないと思いますけど、そもそもが長く生きられないので、彼らもあそこに運び込まれてからも数日から長くて数週間で死んでしまいます」

「五人の子たちは?」

 宇佐美はこうも食い付くように立て続けに質問していいものだろうかと悩みつつ、疑問を解消せずにはいられなかった。何も知らないままあの研究所に到着してしまうのが恐ろしくもあった。

「彼らは奥の実験棟の二階に住んでいました。あそこは絶対に来客に出くわすことがないので」

 確かに彼女の話では、研究棟か病棟を通らないと実験棟に行くのは不可能だ。

「メラとニグとケニャンのネグロイド三人組は――」

「ネグロイド?」

「アフリカ系黒色人種のことです」

「あ、ネグロイドって言うのか。ごめんね、俺そういう知識が無くて」

「白色人種がコーカソイド、黄色人種モンゴロイド、オーストラリア系黒色人種がオーストラロイドです」

 彼女の博識に舌を巻いていると「続けていいですか?」と言われてしまった。知識に関しては彼女の方が宇佐美より一枚上手のようだ。

「ネグロイド三人組は二階部分に関しては出入りが自由でした。乳幼児エリアで小さい子たちと遊ぶこともあったし、研究棟の父に会いに行ったりすることも可能でした」

「一階には降りて来られないんだね?」

「はい、だから誰にも知られていないんです」

「アルビノの二人は?」

「ヴェルとソイはもともとモンゴロイドの双子ですけど、アルビノで紫外線に弱かったのであまりウロウロしないように言われてました。だけどよく考えたら、他のエリアに行ったところで紫外線って関係ないんですよ。全館UVカットフィルムを貼った窓が入ってますし、彼らは中庭には出られない。紫外線を浴びる場所なんか無いんです。あれはヴェルとソイをウロウロさせないための適当な口実だったという事なんです」

 なるほど、アルビノなら紫外線のせいにしておけば信憑性がある。

「でもなぜ彼らをうろつかせたくなかったんだ?」

「実際のところはソイだけなんです。ヴェルは特に制限されていませんでした。ソイをあのエリア――実験棟二階から出したくない理由がある筈なんです」

「その理由は君にもわからないの?」

「多分ですけど……」

 そこまで言って彼女は少し躊躇した。

「多分それが父や遠藤さんの言っていた『今のソイは危険』っていう事なんだと思います。もともとその素質があって、ソイは出入りできるエリアが規制されてたんだと思うんです。その話をしようとすると必ずはぐらかされる。何かがあるんです」

「何があると思うんだい?」

「宇佐美さんが言ったような事。


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