第十四話
直属の上司だった小豆澤博士は、私にしばらく休暇を取るように言ってくれた。だが、私はその休暇を使ってやりたいことがあった。この研究所の設備を使って、だ。その申し出を博士は快く了承し、当時の所長に掛け合ってくれた。
更には、その研究に人手が必要なら自分を使えと、助手も申し出てくれた。さすがにそれは遠慮したが、その気遣いには感謝した。
そうだ、あの時も同じことを言われたんだ。「大豆生田君、君、厄払いはしたかね? 厄年だろう?」と。
私は当時、厄年は何歳なのかすら知らなかった。小豆澤博士に聞くと、私くらいの年齢なら二十五、その次は四十二だと言った。彼はちょうど本厄だった。ジェニファーを失ったのは、自分が厄払いをしなかったからだと言っていた。
私は二十六、後厄というやつだった。だが、そんなオカルティックなものに惑わされるつもりはなかった。オカルトと科学は対極にある、そう信じていた。
私はジェニファーの遺体を回収して、彼女の遺伝子を保存した。
彼女から習得したクローン培養技術をフル活用して、自分の遺伝子情報を持ったクローン胚を創り出すことに成功した。いずれ彼女のクローンを作るための練習だ。
最初は失敗の連続だった。今まで成功していたのは、彼女の持つ技術のお陰だったのだろう。私はクローン培養を少し甘く見ていたのかもしれない。
少しずつ成功率が上がって来て、ふと考えた。このまま成功率が格段に上がったら、増え過ぎたクローンはどうするのだろうか、と。
間引く?
ヒトを間引くのか? それは殺人だぞ?
名前もない、戸籍もない、人格もない、あるのはただの管理番号だけ。とは言え私のクローンだ。同じ顔をして、同じ性質を持つ、私の分身だ。
それを、野菜の苗のように『間引く』。
増して彼女の遺伝子を持つクローン間引く? より優秀なジェニファーを残すために、勢いのない個体の生命活動を私の一存で停止させるだと?
選ばれなかった個体はノアの箱舟に乗れなかった者たちのように、私の手で淘汰されてしまうのか。やっていることは神と同じではないか。
最低だ。私は神のレベルまで落ちぶれたくない。
必要最低限だけを作ろう。
一度に何体も欲張らずに、その個体が死んだ時点で次を作ろう。
人がヒトを創る。私のやっていることは倫理的に許されるものではなかった。
小豆澤博士は恐らく気付いていたに違いない。わかっていながら気づかぬふりをして、私を好きなように遊ばせていた。そのことに私自身も気づいていたから、お互いが見て見ぬふりを決め込んだ。
しばらくして、中央省庁再編が行われた。政治の話は私にはどうでもいいことだったが、研究費の出所だけはちゃんと確保して欲しかった。この研究所は農林水産省の管理下にあり、研究費もそこから出されていたのだ。
今回の再編では農林水産省は特に変化が無かった。今まで通りだと思っていたが、そうはいかなかった。
文部科学省が昔のように文部省と科学技術省に分かれたのだ。しかも、以前は科学技術庁だったと思うが、今回は『省』だ。そしてここの研究所は科学技術省の管理下になってしまった。
それが何を意味するのか、私はその時深く考えていなかった。二十代半ば、研究ばかりで他に何の興味も持たないヒヨッコだった。
だが、今ならわかる。目的が変わったということだ。
農林水産省の管理下だったときは、純粋に病害虫に強い作物を作ったり、収穫量の多い穀物の開発をしたり、過酷な状況下での栽培が可能な作物を作ることが重視されていた。
水産では養殖の難しい魚介類の研究、酪農ではより多く搾乳できる乳牛の研究なども進められていた。
それが科学技術省に移行? どう考えても食糧生産に関する研究ではなさそうだ。とすれば、純粋な科学技術。
所長から聞いた話では、病気や怪我で失った体の組織や臓器を自分の細胞から作った臓器で補うための基礎細胞の研究が、この研究所の主な任務だった。
今までは他の人――主に脳死状態でドナーになった人からの臓器提供に委ねられ、拒絶反応などに苦しむことが多かった。
また、ブタなどの哺乳類から作った細胞で補うこともあったが、その生存率はさほど期待できなかった。
これを自分の遺伝子から作った基礎細胞で、拒絶反応なしに体に順応させ、そこで生育させるというのだ。
患者本人のクローン胚を作ることを、政府が容認した――つまり、その研究をすることをここの主な仕事として位置づけたのだ。
日本政府は『科学技術の進歩』という名の『研究目的』で『ヒトクローンを作ること』を容認している、寧ろ推奨している!
自分とお上の利害関係が一致したと感じた。大手を振ってヒトクローンの研究ができるのだ。
気を良くした私は、自分の遺伝子情報だけで作っていたクローンから手を広げることにした。
バカの遺伝子を使う。ネグロイドのクローンを作ることにしたのだ。
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