第五章 沙耶
第二十話
「わたしたち、どうなっちゃうのかな」
ふいにヴェルが呟いた。
「どうなるって、何が?」
「メラみたいに、ある日突然死んじゃうのかな。それともケニャンみたいに発作的な衝動で何か問題起こして殺処分になっちゃうのかな」
僕には答えられなかった。それがわかれば僕だって苦労はしない。
「ソイは
「うん」
ヴェルの言う通りだ。
僕は興奮すると電磁波を出す。特別な蛋白質がコイルのような働きをして、それでナントカカントカ……博士が説明してくれたけど、僕にはチンプンカンプンだった。
とにかくアドレナリン(?)が分泌されると電磁波を出すんだって。
それで以前、計器類が全部使い物にならなくなったことがある。手が付けられないほど興奮して、同じ部屋にあった機械を片っ端から壊してしまったって。
その後、住居棟にリフォームが入って、金属でできた分厚い壁に覆われるようになったんだ。窓だって特殊な素材で作られてる。電磁波が外に出ないようにしたんだ。
それでも僕が興奮すると、近くにいる人が危険だからすぐに避難命令が出る。僕だけが部屋に残されるんだ。
でも僕は一人だけ取り残されたのが怖くて、ますます興奮して大泣きしてしまう。
サイレンが鳴り響いて本当に怖いんだ。そのサイレンを鳴らさせていたのは他ならぬ僕なんだけど、そんなこと僕は知らないからずっと泣いてたんだ。
その時、宇宙服みたいな変な服を着た博士が部屋に入って来て、僕をぎゅっと抱きしめてくれたんだ。「大丈夫、ソイ、落ち着いて。ソイが泣いていると私は死んでしまう、だからこんな服を着ているんだよ」って言われてやっと気づいた、僕が泣いているからみんな部屋を出て行くんだって。
僕は一人ぼっちになるのがとても嫌いだから、それからは興奮しないように気を付けて生活してる。僕の幸せは僕の行動で決まるんだ。
「実はわたしも興奮すると周りに影響が出るの。ソイに比べて地味だから、誰にも知られてないんだけど」
ヴェルの声に、ぼんやりと考え込んでいた僕は一瞬で引き戻された。
「えっ、そうだったの? 全然気づかなかったよ」
「わたしの肌が緑っぽいのは気づいてるでしょう?」
「うん。瞳は生まれた時からグリーンだったけど、最近は肌の色もだんだん緑が強くなってきたね」
「博士が第二次性徴だって言ってたの」
ドキッとした。
メラもニグもケニャンも第二次性徴の発現と共に暴力衝動が出るようになった。メラとニグはそれでも何とか抑えてやり過ごせたが、ケニャンはそのパワーから殺処分になってしまった。
僕たちアルビノはどんな形でそれが発現するのかわからない。だけど、自分が興奮するとどうなるかは痛いほど知っている。
「ヴェルはどうなるの? 緑色なだけなら何も問題ないはずだよ」
「植物っていろんな音を聞いてるんだよね」
いきなりヴェルがおかしなことを言い出した。
「知ってる? ヒンドゥーのクリシュナ神。横笛を持ってる美少年なんだけど、彼が笛を吹くと神の園の植物がわーっと生い茂るんだって。麦だったか米だったか、ビートルズを聴かせたら収穫量が上がったっていう話もあるんだよ」
「音楽聴いてるんだね」
「うん。音楽だけじゃないの、人の言葉も聞いてる」
「えっ」
この話はどこに向かおうとしているんだろう。
「CIAに勤めていた人がね、オフィスの植物の葉っぱにポリグラフを付けたんだって。それで『葉っぱに火をつけてやろうか』って言ったんだって。どうなったと思う?」
「だって、葉っぱでしょ?」
「そう、その葉っぱに付けた針がビュンって反応したんだって。まるで火をつけられることに怯えたかのように」
そんなバカな。植物だよ!
「それだけじゃなくて、植物同士で会話もするんだよ。一つの木に害虫が発生すると、近くの木にそれを知らせるの。それによって一斉に近くの木がタンニンを増やして、虫に食べられないように防衛するの」
植物にも怖いとか危ないとか感情があって、自分たちでモノを考えるという事?
「植物は人の感情を敏感に感じ取って、それを植物同士で会話して伝え合ってるの、わたしたちの周りでも」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「わたしが植物と会話してるから」
ヴェルが植物と会話する? 植物は人間の感情を感じ取るだけで、それは一方通行じゃないのか。会話っていうのは双方向のはずだ。
「それは、ヴェルも植物の気持ちがわかるということ?」
「声が聴けるんだ。もちろん日本語じゃなくて独自の言語っていうか、植物の感情だけど」
「ちょっと待って。えっと、よくわかんないけど、とりあえずヴェルが植物と会話ができるとして、それってずっと前からなの?」
ヴェルは窓際のドラセナの葉に手を伸ばした。会話しているのだろうか。
「昔からなんとなくわかってはいたけど、最近では双方向で会話できるようになったっていうか。第二次性徴とともに、この子たちと気持ちが通じ合うようになってきたの。わたしが悲しむと、この子も元気がなくなる。だからわたしは笑っていたいの」
なんといって声をかけたらいいのだろう。ちょうどいい言葉が何も見つからない。
「ヴェルのはケニャンや僕みたいに誰かに害を及ぼすようなものじゃないから、心配しなくてもいいよ」
「それはどうかなぁ。まだ表に現れていないだけかもしれないし。ただね、スーパー個体は二人だけになっちゃったから、わたしたちは助け合って行こうね。ソイが興奮しないようにわたしは見てる。ソイもわたしを見ててね」
「うん、もちろんだよ。僕たちは姉弟なんだから」
僕は何気なく言ったつもりだった。だけど、ヴェルはそのキーワードを見逃さなかった。
「ねえ、わたしたち、顔はよく似ているのにどうしてこんなに性質が違うのかしらね。同じ遺伝子を持っているのに、まるで後から別の情報を加えられたみたいに」
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