番外編・闘蟲勇者カブトロス(4)


 コーヒーのカップに口を付け、浩一は唖然とする那岐に向かって語る。

 傍のメイドの視線が熱く、気になったが無視をした。

「俺、闘蟲とうちゅうが趣味なんだよ」

 一部の単純な脳構造を持つモンスターに限るが、特殊な処置をすることにより、モンスター鎮静の効果を持つクリステス建材内部でのみ特殊な技法でもって操ることができるようになる(とはいえ、進め、戻れ、攻撃しろ程度のものであるが)。

 その中で主に昆虫型モンスターを操り戦わせる競技を闘蟲と呼ぶ。

 ゼネラウスではそこそこの人気があり、プロリーグも存在する競技だ(ただゼネラウス国内でも競技が開催できるのは研究シェルターであるアーリデイズのみである。この競技の開催理由も建前上はモンスター研究の為のデータ取得が主である)。

「闘蟲って……確かに、そんなものがあるけど」

 驚いた那岐はPADから検索ツールを開き、検索を行う。

「……侍仮面……火神浩一……ホントだ……」

 闘蟲プロリーグの公式サイト内からランキングを開くと確かに侍仮面【火神浩一】の名があった。ランキング96位。使用モンスター:『B+ランク』紅天狗ベニテングコーカサス。他がSランクやA+ランクのモンスターを使う中、B+ランクの昆虫で食いついているのは浩一らしさといえば浩一らしさだろう。

 とはいえ、那岐としてはランキング3位に君臨する父、戦霊院せんれいいん静峡しずくの文字に目が離せない。使用モンスター:『SSランク』魔帝まてい鬼神きしん蜘蛛ぐも

 魔帝鬼神蜘蛛といえば、かつて前線で千人以上の兵士を食い散らかした危険なモンスターである。

 あまりの被害に百年以上放置されていたが、つい数年前に、ゼネラウス軍がナンバーズ数名を投入して捕獲に成功したモンスターでもあった。

 那岐が私の父親は権力を濫用して一体何をやっているのかと額を押さえれば、闘蟲プロリーグの協賛会社に戦霊院傘下の企業が名前を連ねていることに気づき、顔が強張っている。

 那岐は知らないが、浩一が使用しているモンスター保存サービスである『虫カゴ』を開発している『アースオブガイア』に技術提供と出資をしているのも静峡だった。

 確かに時属性などという貴重極まりない属性の研究を昆虫モンスターの保存に使うなどという贅沢は、四鳳八院の出資がなければ不可能だろう。

 どういうことかと那岐が背後にいるメイドをキリッと睨みつければ、戦霊院那岐の右腕たるメイド、イーシャ・魔道・スロブは浩一を熱の篭った視線で見つめていて、那岐の怒りに気づいた様子がない。

「イーシャ! どういうことよ! なんでお父様が軍務以外に勝手してるわけ!!」

 何故か熱心に見つめられている為に、浩一が怪訝そうにイーシャを見返せば、イーシャは那岐を見もせずに浩一にキラキラ・・・・とした目を向けている。那岐に詰問されても、視線を外さないほどに。

「いやですわ。那岐様、これも趣味・・の範囲ですよ」

 これだけ金も時間もかけて、趣味もなにもない。明らかに趣味の領分を超えている。

 こんなこと・・・・・にこれだけ投資しているのだ。国民が知れば呆れるしかないのではないか。

「で、でもプロとか! だってほら試合とか、さっきのゲームの映像だって! っていうかこっち見なさいよアンタ!」

 はいはい、とイーシャが残念そうに浩一から視線を外し、那岐に向き直る。

 じーっと見つめられて居心地の悪そうだった浩一がほっと息をついた。

「全部趣味の範囲ですわ。御当主様がご自身の休暇に何をしようとも私たちの関知するところではありませんもの」

 な、と那岐は呆気にとられる。

 イーシャは分家でメイドで那岐の世話役だが、戦霊院本家の内務に携わる執事でもある。

 そのイーシャに那岐は教育も受けている。その中では極力無駄なことをするなという教えもあった。

 こうして那岐がゲームを許されているのは、パーティーメンバーである火神浩一を理解するという目的があるからだ。だからイーシャは何も言わない。

 だがこの闘蟲というのは違うのではないか、という那岐の問いにはイーシャではなく、浩一が答えた。

「誰にだって趣味ぐらいはある。俺にも、ナンバーズにも、四鳳八院にも。那岐、お前はもっと好き勝手に振る舞っていいと思うぞ。優れた戦士ほど心の癒やし方、気の抜き方は心得ているもんだ」

 そう那岐に語る浩一の脳裏には、かつて幼い浩一に楽しそうに闘蟲を教えてくれた相原三十朗の姿がある。

 浩一のその言葉に、那岐はかつての父の言葉を思い出した。

 『軍人の片手間で研究を行うならば、那岐は那岐の好きに振舞え』そう言って不器用な笑顔で那岐の頭を撫でてくれた父の姿を。

  まさか、と那岐は信じられない顔でメイドを見た。

「イーシャ。そういうこと、なの? お父様は、趣味という名目・・・・・・・でなら好きなだけ研究をしていいと言ってくれてたの?」

「逆に言いましょう。何のために戦霊院本家があらゆる雑務を分家に押し付けてきたのだと思っているのですか? 当主が私的な時間を作るためにですよ」

 そう言うイーシャの表情はようやく気づいてくれたのかというほっとしたような表情だ。

 だから、あは、と那岐は笑う。

 あははは。大きく、軽快に。あはははは。何かの鎖から解き放たれたかのように、腹を抱えて。

「あは、ははははははははははははッ! 何よ、私って、もう、馬鹿みたい。あはははははははははははッ!」

 それは狂的ではない。

 ただただ爽やかな、楽しげな笑いだった。

 はぁ、とひとしきり笑った後に那岐は先ほど終わらせた学園ダンジョンのシナリオをもう一度始めた。

「よく見てなかったし、もっかいやるわ。あとイーシャ、明日までに屋敷に私用の研究室を仕立てておいて」

「はい。了解いたしました」

 ぺこりと頭を下げ、部屋から去ろうとしたイーシャはああ、と思い出したようにサイン色紙を取り出した。

「あの侍仮面様」

 何故か先ほどよりも距離が近くなった那岐に困惑していた浩一は、那岐に生意気を言ったことを注意されるのかと困った顔でメイドを見上げた。

「サインをお願いしてもよろしいですか? その、ファンなんです」

 色紙を受け取った浩一は諦めたように、渡されたペンで自身のプロネームを書くのだった。

 そんな浩一の顔を、浩一の隣に座っている那岐は楽しげに笑って見ていた。

「ねぇ、侍仮面のサイン、私にもちょうだいよ」


                ◇◆◇◆◇


 アーリデイズより遠く離れたシェルター外にある駐屯地にて、学園都市アーリデイズより来た通信に一人の男が口角を緩めていた。

(そうか。我が娘は一段階進んだか。聖堂院の反乱により下らぬトラウマを刻んだと見えたが、乗り越えたならばこれで私の研究テーマも進む)

 戦霊院静峡の愛娘にして作品である『戦霊院那岐』の基本コンセプトは『成長する八院』だ。

 四鳳八院の次代に掛けるコストは尋常なものではない。

 ゆえに魂は選べずとも肉体や精神はある程度、デザインして作ることができる。


 ――そんな戦霊院那岐の精神デザインは、静峡が手掛けたものだ。


 静峡を含めた現在の当主たちや、次代の四鳳八院たちは強靭さを主にした精神デザインにより、如何なる時でも冷静に振る舞え、如何なる衝撃にも動じない完璧なる精神を手に入れている。

 肉体改造の技術発展により、虹の少女・・・・のような、無敵の精神と無敵の肉体を得た完全なる存在・・・・・・もできている。

 だが、静峡はそれではダメだと考えた。

 精神の完全性を目指した果てに生まれるのは怪物でしかない。かつて人類が葬り去ったK計画にしかたどり着けない。

 揺るがない。動じない。傷つかない。壊れない。

 そんな機械のような法則に従うだけの心では、人類に未来はない。

 だから静峡は次代の戦霊院のテストケースとして那岐を作った。

 揺らいで、動じて、傷ついて、壊れやすい心を持った人間。

 それでも傷つく度に立ち上がり、動じる度に考えて、揺らぐ度に周囲を見る。そして壊れそうになれば壊れないように努力する。

 そんな『成長する精神』を求めて。

 そして今、そんな静峡の期待に応え、那岐は分厚く覆っていた心の殻を破った。

 今まで停滞していた精神の未熟さも、乾いた砂が水を吸うように学び、成長していくだろう。

 ふふ、と口元を綻ばせた上司の様子に、室内で作業をしていた戦霊院分家の副官が首を傾げる。

「閣下、どうされましたか?」

「いや、我が家の次代は安泰だそうだ」

 そうですかと顔を綻ばせる副将。分家である彼は強いだけの那岐を心配していた一人だ。

 静峡は作戦図を見ながら、この戦線が片付いたら那岐の様子を見に帰るのも良いだろうと思った。

 それに、と報告で聞いた青年のことも。

 火神浩一。いつか自身を闘蟲で破った少年。

 青臭い戦い方だったが、他者を魅せる戦い方をする男だった。戻ったらプロリーグで再戦するのもいいかもしれない。

 コーヒーに口をつけた静峡が司令部の窓から外を見れば平野の彼方を、巨大なモンスターが群をなして平原を疾走する姿が見える。

「子ベヒーモスによる資源回収部隊か……外部に展開している兵を下げ、けして手を出さないように伝えておけ。わかってるだろうが、感知されたら終わりだぞ」

 は、と応える副将。

(EXモンスター『ベヒーモス』の子機どもめ。海を渡ってここまで来ているか……)

 静峡の目が剣呑な光を秘めて、モンスターを睨みつける。

 人は強くなったが、この過酷な世界で生きるには、それでも困難は多かった。



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○闘蟲勇者カブトロス

 闘蟲プロリーグ所属の学生や休暇中の軍人が演じる闘蟲シリーズと呼ばれる連作映像作品。

 とはいえ、映像作品としてはそこまでクオリティは高くなく、闘蟲ファンだけが買うような作品。


 闘蟲試合前の茶番を集めて編集した映像集である。

 初期の闘蟲興行はそこまで人気ではなかったために戦霊院静峡が傘下の映像会社に作らせた。

 茶番回の後の試合結果が次のシナリオに反映するために脚本家泣かせな作品。

 現在は八作目で子どもたちを中心にブームになっている。

 学園ダンジョンとも定期的にコラボしている。


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○初代侍仮面

 仮面を装備した侍風の少年。

 中身は金欠のために相原三十朗より授かった闘蟲技能を使ってリーグに出場していた幼い火神浩一。

 侍仮面は侍+昆虫+刀+古流闘蟲技能という男の子の大好きなもので構成されており、主人公以上に子どもたちとショタコンのお姉さまの人気を掻っ攫った。

 ちなみに魔導大帝センレイインシズクはそこまで人気がでなかった(顔が怖かった為)。

 初代侍仮面は浩一がダンジョンで怪我をしたためにシーズン一期の最終回前で四天王の一人にして実の妹である女王蜂姫ビープリンセスと共に次元の狭間に消えていった(という設定で退場している)。


 学園ダンジョンに収録されている火神浩一の外伝である三十八話は当時ランキング最下位の侍仮面がランキング上位の魔導大帝に唯一勝った伝説の試合。

 初代侍仮面のカードがレアリティが低いのに、出回っていないのは当時の闘蟲勇者がそこまで人気ではなかったため生産数が少なかったのと、侍仮面が脇役キャラだったためである。

 現在は闘蟲マニアにかなりの価格で取引されており、市場に出ることは稀。


 余談であるが浩一の『虫カゴ』のコネはこの撮影会社である。


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○学園での侍専攻科

 人気職であるが成り手は少ない。

 『侍の心得』を始めとする特殊な精神耐性の取得には精神系技能の才能が必要なうえに、防具も装甲が薄く、死亡率が高い。

 なので前衛職はオーラ制御の取得と肉体改造だけでなれるうえに、生存率の高い騎士職に流れていく。


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○ダンジョンイベントについて

 客寄せの為に各ダンジョンではイベントやサービスが実施されることがある。

 パーティー内の女生徒のみドロップ率倍増のレディースデー、恋人同士だとダンジョンアタック時にレアモンスターが出やすいカップル特典。

 他にもモンスターを一定数討伐するとアイテムが貰える特定モンスター討伐報酬や特定のエリアのみトラップ増量アイテム増量なアスレチックダンジョン、またタイムアタッククリアなどが用意されていたり、いろいろなダンジョンイベントがアーリデイズシェルターのダンジョンには存在する。

 余談であるが『天使の園』で出現する天使系モンスタードロップの中には限定スイーツ系アイテムなども存在し、女生徒に人気。カップルで挑む学生が多い。攻略難易度はB+~A+と深層まで行かなければ中堅学生でもそこそこ稼げる模様である。


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