番外編・闘蟲勇者カブトロス(3)


 昼の穏やかな陽射しが入り込む戦霊院家の客間に浩一と那岐はいる。

 衣擦れの音一つ立てず、壁際にメイドが数人立っている。ソファーに隣り合わせに座る浩一と那岐の傍には一人だ。

 彼女たちを背景として、二人は会話をしていた。

「でね、浩一。質問があるんだけど。あ、あとこれあげる」

 とりあえず喫緊で欲しい装備はないと答え、ありがたくインナーをケースで受け取った浩一に那岐は一枚のカードを手渡した。


 ――『学園ダンジョン』のカードだ。


 学生カード『戦霊院那岐』公式Sランク。戦技Sランク。体力5000。気力10。魔力8800。コスト35。特殊能力『百魔絢爛』消費気力3。画面上の敵全員に全属性大ダメージ。

 生産数たった十枚にして、都市流通貨幣であるゼノスで時価数千万の貴重なカードである。

 だが、浩一としてはアリシアスが渡したから那岐も渡してきた程度のものだ。浩一は『学園ダンジョン』をやっていないから価値がわからない。

 とはいえ、いらないと突っ返す気分にもなれず(本人のカードを那岐に返すのは流石に気が引ける)、なぜこれを渡してくるのかという疑問を「ああ、ありがとう那岐」と気のない言葉で飲み込んで、浩一はPADからアイテム倉庫に転送した。

「でね! でね!」

「うん? でね?」

「『初代侍仮面』って何? なんかあんたのシナリオの最終章で必要なカードらしいんだけどどこにも出回ってないのよね」

「侍仮面? シナリオ?」

 要領を得ない浩一の返答に業を煮やした那岐が自身のイヤリング型PADを思考操作すると2人の前に『学園ダンジョン』という派手なエフェクトで彩られた画面がでかでか・・・・と現れる。

「これ、学園ダンジョンのゲーム。アンタのカードがあるっていうからPAD用のソフト買ってやってみたのよ。で、『火神浩一』のキャラクターシナリオの最終章を出すのに『初代侍仮面』が必要っぽいんだけど、レアリティ低いくせにオークションでもそのカード出回ってなくて、持ってたら貸してくれない?」

 初代侍仮面、聞き覚えというか身に覚えのある単語だった。

(ああ、前回の写真撮影で覚えがあると思ったら、あれか……)

 何故か傍に立っているメイドがすすすと寄ってくる。ついでに耳がぴくぴくと反応していて浩一としてはそちらの方が気になるのだが、那岐の催促の視線に仕方なしにPADの倉庫を漁るとかなり古い位置で目的のものが見つかった。

 それは数年前に貰ってから一度も引き出していないものだ。

「ほら、これでいいのか?」

 浩一が那岐に渡したのは、『学園ダンジョン』がとある特撮作品とコラボレーションした際に作られたカード『初代侍仮面』だ。

 公式Aランク。戦技Aランク。体力3000。魔力100。コスト15。特殊能力『相原流操蟲術』。このカードがパーティーにいる場合、場に存在するSランク以下の昆虫型モンスター一体のコントロールを得る。

 カードは那岐やアリシアスほど豪華ではないが、学生カードと違い、背景に雷のエフェクトが走っている。

 浩一が貰ってからずっと倉庫に入れっぱなしであったため、パラメータ上昇もアイテム装備もされていないまっさらなカードだった。だが那岐はありがと、と受け取るとPADのカード認識アプリを使用してオンライン上の自身のデッキにカードを登録(これを行うと那岐が解除しない限り、他の人間が同じカードで登録しても登録されない。基本的にカード認証はカード一枚につき一人だけである)し、大量に入っている課金で入手する経験値上昇アイテムでカードに設定されているレベルとステータスを上げ、課金でしか手に入らない強力なアイテムを装備させていく。

 隣に座っているため必然的に見えるその作業。

 那岐のデッキ内は金で手に入る最高のカードで埋まっている。浩一はよくわからなかったが当然のようにデッキコスト上昇やランク経験値ブーストなどの課金要素がふんだんに使われていた。

 大人げなく金を投入する金持ちの遊び方である。那岐は時間を金で買っているのだ。

 一分で侍仮面のカードを最大にまで強化した那岐はむふふと誇らしげに笑う。

「よし! これでいけるわ!」

 自信満々の那岐がミッション画面から『キャラクター外伝』→『火神浩一』→『最終章:闘蟲勇者カブトロス第三十八話、愛と悲しみと侍仮面』を選択した。

 そして『パーティーメンバー:火神浩一』を外してくださいとの声に「えええ、なんでぇ!」と悲鳴を上げ、デッキ画面に戻り、渋々火神浩一を外す那岐。よくよく見ればパーティーメンバーが那岐と浩一と侍仮面の3人しか設定されていない。

 浩一はどういうゲームなのかわからないので見ているだけであるが、いつのまにか後ろに立っているメイドが「那岐様。火神浩一より初代侍仮面の方が強いですよ」とぼそりと呟いていて地味に凹む。

 もっともゲーム内で『最前線』と呼ばれる鬼畜難易度のステージ以外は最大強化した『戦霊院那岐』を使えばノーコンティニュークリアができるので実質、那岐一人のパーティーで問題はない。

 『学園ダンジョン』は四鳳八院贔屓ゲームとも呼ばれるゲームであるが、最高レアである四鳳八院のカードはそもそも民間にはあまり出まわらないのでそれほど問題視されることもなかった(不満はあるが、噴出するほどではないという意味である)。

 気を取り直して、火神浩一を外した那岐がミッションを開始すると、画面内では本物そっくりなCGムービーが再生され始める。

 ミッション開始だった。

「で、これ何? なんで浩一のシナリオなのに浩一外さないといけないわけ?」

 ムービー内では少年少女が悪の軍団に包囲されている謎のシーンが映っていた。火神浩一要素以外、このゲームに興味のない那岐にすれば退屈な展開である。

 ムービーの中では闘蟲勇者カブトロスの主人公、かぶと一新いっしんとヒロインの少女、花翆はなすい蝶子ちょうこが一新の愛蟲にしてSランクモンスター、ギガントファイアヘラクレスを昆虫病院に預けた帰りに、世界征服を狙う組織デスカマキリの幹部である魔導大帝センレイインシズクに襲われるシーンが流れている。

「あ、お父様と同じ名前。うちの協賛ドラマなのかしら?」

「あー、それは、なんつーか」

 あんまりにも懐かしい画面に浩一は言葉が出ない。

 黒歴史というわけでも内緒にしているわけでもないが、突然のことに浩一も何を言っていいかわからないのだ。

 センレイインシズクの魔の手に一新と蝶子が掛かりそうになった瞬間、『待て! 悪辣な外道!』と画面内で声が響き渡り、背後のメイドが「来ましたわ!」と小さく叫ぶ。

 侍と刻印されたマスクをした少年の登場。初代侍仮面だ。

 学園ダンジョン特有のシーン改変の為にその後ろには戦霊院那岐の姿もある。

 これがもっと人数の多いパーティーならずらっと他のメンバーも並んでいたことだろう。

 戦闘が始まり、那岐が那岐を操作して画面内の敵に全体攻撃を発動する。侍仮面は動かしてすらいない。

 このキャラが浩一だったなら活躍の場面を無理やり作っただろうが那岐としては特に興味のないキャラクターなのでただただ最大効率で敵を狩っていくだけだ。

 後ろのメイドが「那岐様。侍仮面も動かしましょうよ」なんて言ってるが那岐はただただダウナーな気分で雑魚とボスにダメージを与えていくだけだ。

「はい。終わりー。で、これなんだったの?」

 ボスである魔導大帝を倒したことにより、何かの作品とのコラボなのか特殊なエンドロールが流れていく中、浩一はキャストの部分を指さした。

「初代侍仮面の中の人が俺。あとお前がさっき倒したボスはお前の親父」

 初代侍仮面:火神浩一、魔導大帝センレイインシズク:戦霊院静峡と流れていく文字。

『はぁ?』

 メイドと那岐の声が重なった。

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