第13話 三

  「類、お前最近失恋したらしいな。」

これは、高3で俺とバッテリーを現在組んでいる先輩キャッチャーに失恋後言われた一言である。

 その日の部活の練習後、俺は自分よりも背が高く横幅も大きい先輩キャッチャーと2人で話をしていた。また今日はその先輩がいつもよりやけに大きく感じるのは、俺が失恋の影響で俯き加減であったせいだろうか。

 「先輩、どうしてそれを―?」

「まあ、俺は野球でもその他のことでも情報通だからな!」

その先輩の言葉を聞き、俺は「なるほど。」と妙に感心してしまう。確かにこの先輩は察しが良く、例えば相手バッターの考えていることなどを読み取る力が強い。それはまるで先輩には目や耳が通常の人間の2倍ついているようだ。

 まあそんなことを先輩に言おうものなら、

「目や耳が2倍!?俺はそんな不細工じゃねえ!」

と怒られてしまいそうだが。

 そして納得した俺が下を向き沈黙していると、

「おいおいマジでへこんでるな!さっきのは半分冗談で、たまたま俺の友達が例のカフェでお前らの様子を見たんだよ。

 ま、俺はどっちにしろ情報通だけどな。」

 「あ、そうなんですか。」

キャッチャーというポジションの仕事の1つに、「ピッチャーを支える」というものがあると俺は思っている。これは野球というチームスポーツにおいて、また「バッテリー」というその中でも特に親密にならざるを得ない関係性のポジションにおいて、とてもとても大切なことだ。

 それは単に野球のプレー中だけではなく、プライベートにおいても当てはまる、先輩はそう考えているのであろう。それで俺をフォローしてくれている―それは分かっているのだが。

 その先輩の言葉を聞いた俺の大きな目は細くなり、目つきが鋭くなる。俺はその目つきは先輩に対して失礼になると思い顔の俯きをさらに下にするが、その気持ちまでは抑えることができない。

 『ほっといてくださいよ!』

俺の心の言葉は腹の底から沸き上がり、嘔吐の時中身が逆流するように食道、のどまで出かかった何とか口の部分で抑え、俺は後輩としての最低限の礼儀を守る。

 ただ次の先輩の言葉が俺をいたわるものだったら、その礼節も崩壊していただろう。

 ―しかし、次の先輩の言葉は、俺にとって意外なものだった。

 「前から思ってたんだけどさ、類お前、はっきり言って天狗になってただろ?

 まあ、いい薬なんじゃね?」

 それは明らかに俺を侮辱する言葉だ。本来なら怒っていい場面だが―、俺は驚きのあまり言葉が出ない。

 「類、まあこれからは野球に集中できるって考えて、しっかり気持ち切り替えろよ!

 一応言っとくけどこの部はお前のためだけにあるんじゃねえ。他の部員に迷惑かけるようなプレーは止めろよ!」

 そう言って先輩はその場を去っていく。その大きな先輩がその場からいなくなったため、俺の前の視界は大きく開ける。

 そう、本来ならここは先輩に怒ってもいい場面。

 しかし、俺は怒ることができなかった。

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