エピローグ ~簡単な生きる理由~

 それから、しばらくの時間が経った。


 世界は劇的に変わることはなかったものの、世界のバランスを崩壊させて破滅させようとしていた存在が知れ渡ったことで、種族間の争いも一応の終息へと向かっている。

 魔族の村が襲われる話をもう耳にすることはないので、センセイの率いていた怪しい集団も自然と解散したのだろう。風の噂では、強力な魔力を持ったヒーローと名乗る少女が殲滅したとも聞くし、信奉していたセンセイが倒れたことで集団自殺をしたとも聞く。いずれにしても、彼らの話をもう聞かないはずだ。

 例え彼らが暗躍しようとしていても姫叶ヒーローが許すことはないだろう。


 あれから俺は魔族の村で傷を癒し、崩壊した村の復興を手伝った後、タニア達に別れを告げた。

 もう魔力を持たない俺だが、今までのルキフィアロードとして共に戦った者達の絆は今も心に残っている。

 彼らとの絆が、今も俺に生きる力を与えてくれている。


 魔族の森もトマスと共に歩けば、それほど時間が掛からない内に町の近くまでやってこれた。

 ずっと遠くまで歩いてきていたと考えていたが、どうやら最初から俺の思い込みだったらしい。結局のところ、意思を持たず自殺志願者のようにフラフラしていたせいで、ずっと同じような場所をぐるぐると回っていたのだろう。


 「それじゃ、達者でな。タスク」


 「ああ、トマスも元気で。……それと、ジルドルのことは――」


 トマスに勢いよく背中を叩かれた。


 「――ったく、村に居る間も辛気臭い顔していたが、別れの時までするなよ。それに、ジルドルが許しているのなら、俺達からは何も言うことはないのさ」


 苦笑して素直な気持ちでトマスに握手を求める。


 「握手だ、信じるとか信じないとかじゃない。また会いましょう、て意味でのな」


 照れくさそうにトマスは鼻の下を指で擦ると、大きな手で俺の手を強く握った。



                  ※


 トマスと別れて、またしばらく歩いた。

 今は昼過ぎぐらいだろうか、舗装された道を進んでいけば、潮風の香りがしてくる。肺いっぱいに懐かしい匂いを吸い込んだ。

 いくつか果物や薬草、それから少々のマナジストを礼にと魔族の村からは貰ってきた。

 マナジストの価値がどれくらいの価格になるかは分からないが、それなりに生活は楽になることだろう。

 もし、まとまった金銭が入ったらあの孤児院をもっと立派にして、もっと綺麗にしよう。なんせ魔法が使えないのだから、かなり大変な仕事になりそうだ。

 それに金だっていつかは無くなる、次は仕事を探さなければいけないだろう。

 ふと頭の上で温かな陽光を降り注ぐ太陽を見上げた。あの日、センセイとの戦いで漆黒の空が覆っていたなんて嘘のようだ。


 「――なあ、ヒメカ。頑張っているか? 俺も頑張って生きてみるよ。どれだけ辛くても苦しくても、人を恨むことがあっても……でも、前だけは向いて生き続けることにするよ。それが、お前にとって恥ずかしくないお兄ちゃんの精一杯の姿だと信じていくさ」


 進めば進むほどに、子供達の声が大きくなる。可愛らしい歌声も耳に飛び込んできた。これはかなり賑やかなことになりそうだ。

 心は高鳴り、足は自然と軽くなる。

 未来を目指すように、気付けば走り出していた。


 崖の上に立つ小さな孤児院で優しい声のシスターが、子供達を見て幸せそうに微笑んでいた。


 彼女の名前を呼んだ、俺の声は震えていた。

 もう君に会えないと思っていたから、ここが居場所なのだと言ってくれた君に会うことはできないと思っていたから。


 俺を目にした瞬間、はっと両手を口元に手を当てて、彼女はいっぱいの涙を目に溜めて包み込まれるような笑顔を浮かべた。

 あいつが言っていた、聖女様というのも間違いではなさそうだ。


 「――おかえりなさい」


 そうか、俺はずっとこの一言を言う為に戦っていたんだ。そして、この一言を言う為に生き続ける。


 「ただいまー―」





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絆喰らいの英雄幻視 構部季士 @ki-mio

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