第60話:魔王討伐団結成

 爆発する宝箱亭は「安い、汚い、騒がしい」という、いかにもな安酒場だ。

 特に「騒がしい」は際立っていて、騒いだ後に店を出ると外はシーンと静まり返っていて、なんだか寂しくなる。

 だからその寂しさに耐えられなくてまたお店に舞い戻ってしまうというのは、復活の呪文亭の常連なら誰もが経験したことのある笑い話の定番だった。

 

 でも、店を出たら外の方がもっと騒がしかった、なんて経験はきっとこれまで誰もしたことがないだろう。

 

「ふおぉぉ、これまたえらく集めたもんじゃ!」


 扉を開けて外に出たあたしたちの前に広がる景色と音の氾濫に、ドラコちゃんが感嘆の声をあげる。

 重戦士が十人並んでもまだ余裕のある大通りに、ひしめき合う冒険者たち。

 それが爆発する宝箱亭の前だけじゃなく、通りを遥か彼方まで埋め尽くしていたんだ。

 郊外の丘に集まった冒険者たちや、イサミさんの呼びかけで校庭に出てきた人たちも凄かったけど、それらに勝るとも劣らない光景が今まさに眼前に広がっていた。

 

「スゲェ、なんて数だ……」

「これなら、これだけ集まれば、魔王にも勝てるかもな!」

「ああ! 今度こそ! 今度こそ力を合わせて魔王に立ち向かうぞ!」


 爆破する宝箱亭で勇者様を待っていた人たちも最初は驚いていたものの、次第に興奮が昂ぶってくる。

 するとそこへ、長身の男の人がすっと、通りの集団から抜けて出てきた。

 

 全身を漆黒のレーザーアーマーで包み、長髪を後ろで束ねたスタイルは、丘の上で見たものと一緒。

 でも、表情が違った。

 あの時は新しい自分のキャラを懸命に作って真面目な顔をしていたけれど、今は笑っている。

 自己顕示でもない、強がりでもない、どこか吹っ切れたような、自然な笑顔だった。

 

「ハヅキ、よく戻ってきた。それにミズハ君も」


 そんな勇者様をコウエさんが代表して出迎える。

 

「兄貴……」

「ハヅキ、いい顔になったな……ってこっちの世界でいうのもおかしいか?」

「……いや、やっとふっきれたよ、俺。全部ミズハのおかげだ」

「そうか。ミズハ君、改めて礼を言うよ。君がハヅキを信じてくれたから、弟もようやくそのことに気付けたんだ」

「いえいえ、私、そんな大したことはしてませんよ、隆先輩」

「ん? どうして僕の本名を?」

「私ですよ、私、生徒会でお世話になった柚です」


 あのコウエさんが一瞬きょとんとする。

 そうだよね、あの柚さんとミズハさん、その性格や言動はともかく見た目は全く違うもん。


「はぁ? 柚ってあの学校の二階から大号令出していた奴だよな?」


 そんなコウエさんを差し置いて、驚いた声を上げたのはニトロさんだ。

 

「うえっ? アレを見てたんですか?」

「ああ。お前たちがログアウトした後に俺たちも落ちて、コウエの奴が弟君は絶対学校に行くはずだって言うから張ってたんだ」

「うええええええっ!?」


 ミズハさんが驚きと恥ずかしさのあまり、顔を両手で押さえて隠した。


「あ、あの……それで一体どこまで知っておられます? もしかしてあの放送も聞いていたなんてことは……」


 そして両手の指の隙間からニトロさんの顔を覗き込む。

 ちらっと見えるその瞳は「お願いだから」と慈悲を乞う巡礼者のそれだ。

 でも。

 

「うん、聞いてた」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」


 ああ、無情。ミズハさんは死んだ。


「てか、俺としてはこのナイスバディなお姉さんの正体が、実はあんな小学生に毛が生えたようなガキの中学生ってことにショックを受けてるんだけど」

「ひーん!」

「まぁ大人な体形に憧れる気持ちはわかるけどよ。……でも、いくらなんでも盛りすぎじゃね?」

「ううっ。も、もう勘弁してください……」


 学校の時と同じように顔を覆ってしゃがみ込んでしまうミズハさん。

 そんなミズハさんに「がっかりした!」と言いながら、それでも上からいい感じに膝で押しつぶされたおっぱいの谷間を眺めるニトロさんの鼻の下は伸びに伸びまくっている。

 ホント、これだから男って奴はしょーもないよね!

 

「兄貴、俺はあんたを超えたかった」 

 

 そんなミズハさんとニトロさんのコントみたいなやりとりが行われる傍ら、勇者様は真剣な表情でコウエさんに語りかけていた。

 

「あんたを超えて、俺のほうが凄いってところを周りに見せたかった」

「だから生徒会長になったり、ソロで魔王を倒そうとしたんだよな」

「ああ。でもそれは色々と間違っていたことに気づいたんだ」


 堂々とお兄さんであるコウエさんの目を見ながら話しかける勇者様……かつてのこういうシリアスな状況になればなるほど目を逸らしたり、おちゃらけたりする姿はもうどこにもなかった。

 

「間違い、か。だったら僕を超えるのを諦めるのか?」

「まさか。それは諦めない。俺は兄貴を超えたい。だから兄貴、お願いがある」

「お願い?」

「魔王を倒すのに協力してくれ。俺があんたを超えるには、兄貴の力が必要なんだ!」


 お兄さんを超えるために、その本人に助力を求める。

 以前の勇者様ならこんなトンデモ依頼でも、超上から目線で頭越しに命令したことだろう。

 だけど勇者様は今、深々とコウエさんに頭を下げている。

 本当に変わった……あの勇者様がすごくまともな人になっていた!

 

「分かった」


 そんな勇者様にコウエさんはただ一言で応えると、いまだ頭を下げ続けている勇者様に背を向けて、背後の冒険者たちへ声を張り上げる。

 

「諸君らに問う! 我らの戦いへ参加する覚悟に変わりはないか!? 抜ける者がいれば今ここで名乗り上げよ!」


 見回すコウエさんの視線がドエルフさんで止まる。

 ドエルフさんは何も言わず、ただ腕組みをしたままコウエさんの視線を受け止めていた。

 

「名乗りあげる者なし。ならば皆、参戦でよいなっ!?」


 一斉に冒険者たちの多くがそれぞれの得物を高々と抱え、鬨の声をあげた。

 

「兄貴、これは……?」

「お前が戻ってくるだろうと思って、出来る限り多くの冒険者に声をかけておいたんだ。魔王を倒すには多くの仲間がいるんだろ?」


 感極まって咄嗟に声が出ない勇者様に、再び向き合ったコウエさんが「さぁ、次はお前の番だ」とその肩を叩く。

 しばらく呆然としていた勇者様だったけれど、やがて興奮を隠しきれない表情で大きく頷き、今度はコウエさんに背中を向けて

 

「みんな、やるぞっ!」


 と大声をあげた。

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおっっっっと先ほど以上の歓声が街を包み、地鳴りのように世界を震わせる。

 さらに。


「こりゃ、先生たちを忘れるとは何事かっ!」


 通りを埋め尽くす人の海から何人かの冒険者が抗議の声をあげ、今度は爆笑が巻き起こった。


「おいおい、おまえたち、教師まで巻き込んだのかよ?」

「あー、なんか先生たちも面白がっちゃって俺たちもいくぞって……勝手についてきちゃったの」


 呆れるニトロさんに、何とか恥ずかし死から復活したミズハさんが苦笑しながら答える。

 勇者様も「遠足かなんかの付き添い感覚なんだよなぁ。ホント勘弁してくれほしい」とぼやくけれど、その顔はとても楽しそうだった。

 

「ふむ、姿を見せると質問攻めに会うであろうから透明化しておったが、そろそろ姿を現す頃合いじゃな」


 そんなみんなの様子を見ながらドラコちゃんは呟くと、あたしの背中からぴょんと地面へ飛び降りる。

 

「出番? どゆこと?」

「決まっとろう。わらわがここへやって来た責務を果たすのじゃ」


 責務って言われても、なんだよそれ、全然分からないよっ。

 って心の声が顔に現れていたのだろう、ドラコちゃんは「わらわが冒険者たちに出来ることなんてひとつしかないではないか」と自嘲気味に言ってくる。

 

「冒険者たちに出来ること? はっ!? まさかその身を捧げて、冒険者たちの経験値にするとか!?」

「アホかっ! どうしてわらわが死なねばならんのじゃ! それよりももっと簡単にあやつらを鍛え上げることが出来る場所があるじゃろが!」

「え!? ああ、そうか!」


 場所と言われて、ようやく分かった。

 そうだ、虹色の頂に棲む虹色スライム! アレをボコれば冒険者たちはレベルをぼこぼこ上げることが出来る!

 そしてあの険しい山頂に辿り着くには、ドラゴン形態になったドラコちゃんの助けが絶対必要だった。

 

「ようやく分かったようじゃの。そうじゃ、わらわの責務とは出来る限り多くの冒険者たちを虹色の頂に連れていくこと。その為にわらわも酒場の遥か上空を旋回して待っておったのじゃが、そこにキィが入っていく姿が見えたのでな。つい気になって追いかけてきた、ということじゃ」

「なるほど。でもどうして冒険者さんたちのためにドラコちゃんがそこまでするのさ?」

「魔王曰く『せっかくの最終決戦、一人でも多くの強者が集まるのを期待する』とのことじゃ」

「ええっ!? 魔王様、この期に及んでまだそんな余裕があるの!?」

「そりゃそうじゃろう。あやつは無敵の魔王じゃからな。どれほど冒険者が集まり、どれほど強くなろうが、

「…………」


どれだけ冒険者が集まり、どれだけ彼らが強くなっても、魔王様の不安は拭えない……それってやっぱり、そういうことだよね。

 

「さてキィよ、わらわは格好良く空から登場せねばならぬので、そろそろ失礼するぞ」

「あ、うん。頑張ってね、ドラコちゃん」

「うむ。ではの、キィ。そなたも早く魔物の村へ行くのじゃ」


 そう言ってドラコちゃんはとことこと夜の帳の中へ走っていく。

 私はその後姿へ応援の声をかけるも、ドラコちゃんが振り返ることはもうなかった。

 

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