第31話:パーティへのお誘い
「あ、キィちゃん、見っけ」
魔王様がヘブンズドアもぺろりと飲み干し、自棄になった冒険者が次々と差し出すオリジナルのギャンブルカクテルちゃんぽんすらも難なく消化して、テーブルに積み重ねられたグラスが立派な塔になった頃。
あたしが店の片隅で晩御飯を食べていると、復活の呪文亭の人混みを掻き分け、頭を覗かせた女の人に声を掛けられた。
「あ、ミズハさん、お久しぶりです」
人だかりからスポンと抜け出してくるミズハさん。
相変わらず女のあたしから見ても、うっとりするぐらいに奇麗な人だ。
例えばそれそのものが発光しているかのように輝く、腰まである金色の髪。
笑顔はもちろんのこと、怒った顔ですらも相手を魅了してしまう、整えられた顔つき。
加えて、燃えるような真紅の鎧に身を包みながらも、それでも容易に想像できてしまうぼんっきゅっぼんっの見事なプロポーション。
おまけに高レベル魔法剣士として有名なのに、あたしみたいなナンチャッテ冒険者メイドにも声を掛けてくれる気さくな性格……うちのお馬鹿勇者様に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいに出来たお人だった。
でも、今日はいつにも増してニコニコしている。何か良いことでもあったのかな?
「うん、久しぶり。元気してたかにゃ?」
「えっと、まぁ、色々ありましたけど、とりあえず元気です、はい」
うん、ホントに色々あったけどねー。
「そか。それは良かった。で、キィちゃんが街に戻って来ているってことは、ハヅキ君も戻ってるってことよね? ハヅキ君はどこ?」
あ。
魔王様のせいで、すっかり勇者様のことを忘れていた。
そうだよ、あたしも勇者様と合流する為に復活の呪文亭にやってきたんだった。
見つけ出して、素材の件で一発殴ってやんないと!
「ぶぎゃ!?」
ところが殴られたのはあたしのほうだった。
いきなり後ろからグーで頭をガツンと一発。こんな酷いことをするのはあたしが知る限りただひとり……。
「あ、ハヅキ君」
「勇者様!」
ミズハさんの声を聞く前に、あたしは振り返る。
予想通り、勇者様が偉そうにふんぞり返っていた。
「いきなり何するんですかっ。あたし、殴られるようなことは何もしてませんよっ!」
むしろ殴りたいのはこっちの方だ!
「ふん、ウソつけ。ご主人様である俺様のことをすっかり忘れていただろう?」
ど、どうしてそれを?
って、いやいやいや。いくら勇者様があたしの元ご主人様だからって、常に勇者様のことを考えなくちゃいけないなんてないでしょう? どこまで唯我独尊なんだ、この人。
「相変わらずだね、ハヅキ君は」
ミズハさんの苦笑交じりの声が聞こえる。
そ、そうだ、言ってやってくださいよ、ミズハさん。勇者様はあまりにもあたしに厳しすぎるって。
「ホント、ハヅキ君ってキィちゃんが大好きなんだから。私、ちょっと妬いちゃうなぁ」
「「どこがっ!?」」
思わず勇者様とあたしはハモってミズハさんにツッコミを入れた。
「ミズハさんもさっき見たでしょう? あたし、あんな理不尽な理由で、いきなり殴られたんですよっ!?」
「ふふふ、ハヅキ君は独占欲が強いんだよ。『常に俺だけを見ておけ』ってヤツ? ううん、なかなか萌えますなぁ」
「おい、何言ってやがる? 適当なことを言うんじゃねーぞ」
「そしてそんな男の純情心を必死にひた隠すハヅキたん。ますます萌えっ!」
妄想を暴走させるミズハさんに、勇者様は「ちっ」と舌打ちする。
相変わらずスゴイなぁ、ミズハさん。あの傍若無人な勇者様をいとも簡単に手玉に取るんだもん。さすがは日頃から「どんな人でもパーティを組める自信あるよー」と豪語するだけのことはある。
「で、何の用だ、ミズハ? 言っとくが俺様はお前とパーティを組むつもりはないからな。いつだってうちは人手が足りてるんだからよっ」
「んー、ホントかにゃー? ホントに人手は足りてるのかにゃー?」
ミズハさんが猫っぽい声で、猫っぽい微笑を浮かべた。
「先日、ハヅキ君が雇っていた傭兵がフリーになっているのを見たよ? あのふたりに逃げられて困っているんじゃないかにゃー?」
…………。
……。
思わず勇者様とふたりで顔を見合わせた。
ああ、そう言えばそんなこともあったねぇ。そんな日にちが経ってないのに、すっかり忘れてたよ。
なんせその後に色々ありすぎたからなぁ。
まぁ、それはともかく。
おかげでどうしてミズハさんが満面の笑みであたしたちの前に現れたのか理由が分かった。
冒険者ってのは基本的にパーティを組むものなんだ。
だってほら、旅は道連れって言うでしょ? モンスターと戦う時もひとりよりふたりの方が楽だし、さらに回復役までいたら心強いもんね。
ところが、どういうわけかうちの勇者様は、あたしと傭兵のふたり以外とパーティを組むのをとことん嫌がった。
中にはあたしたちよりもずっと高レベルのパーティから誘われて、条件も悪くなかったのに、勇者様ときたら「ふん、俺様と一緒に冒険したいなんて百年早い!」って応対をしたものだから、当然相手は怒ってしまった。
おかげで勇者様とパーティを組みたいなんて奇特な冒険者はいなくなった――ただ一人を除いて。
それがミズハさんだった。
「ふふん、ハヅキ君もついに私とパーティを組む時がやってきたね! いやぁ、長かった。長かったにゃー。こんな土壇場になるまで機会がなかったんだもん。もうパーティは組めないのかなって諦めかけてたんだけど……神様っているね、うんうん」
勇者様の手を取ってぶんぶん上下に振り上げるミズハさんは、本当に嬉しそうだった。
ミズハさんがあたしたちの前に初めて現れた時のことは今でもよく覚えている。
その完璧な美貌に加えて、竹を割ったかのようなあっけらかんとした言動。初対面なのにあっという間にあたしたちの懐に飛び込んで親しげに振る舞う性格は、まさしく勇者様と対照的だった。
正直な話、こんないい人が勇者様と一緒に旅をしたいと言ってきた当初は、何を考えているんだろうと色々理由を考えたもんだ。
仲間はずれにされている勇者様が可哀想という哀れみ?
そんな勇者様と一緒に冒険をしてあげようという正義感?
どれにしてもプライドの高い勇者様が聞いたら、断固拒否な動機に思えた。
だけど話をしているうちに、ミズハさんはもっと強い何かを持って、勇者様とパーティを組みたがっているんだって気付いた。
その強い何かがなんなのかは分からない。ただ偽善心でないのは間違いなかった。
だから勇者様もミズハさんの申し出に応えてあげたらいいのに、何故かこっちも頭を縦に振らない。
まぁ、勇者様のことだ。一緒にパーティなんて組むとイニシアチブをミズハさんに奪われてしまうとか、みみっちいことを考えているに違いない。
ちっちゃい。ちっちゃすぎるよ、勇者様! らしいといえばらしいけど。
とは言え、今回はどうするんだろう?
ミズハさんの言うように、長らく冒険を一緒にしてきた傭兵さんたちも勇者様が一度死んだことで契約解除されてしまっている。
加えてミズハさんの魔法剣士としての腕前は十分期待できるものだ。
勇者様ひとりでは打開策が見出せない魔王様との戦いに、ミズハさんとの共同戦線で挑めば新たな展開があるかもしれないけれど……。
「イヤだ。お前とパーティを組むつもりはこれっぽっちもない」
……って、さすがは勇者様、見事にブレないですね、はい。
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