第29話:アリサさんのお店にて
路地裏にひっそりと店を構えるアリサさんの店は、言うならば服飾の何でも屋さんだ。
衣装や生地、裁縫道具などの販売はもちろんのこと、破れた衣装の補修や寸法直しもやってくれる。
そんなサービスのひとつにクリーニングがあるんだけれど……。
「ほら、ちゃっちゃっと服を脱ぐんや」
他のお客様がいないのをいいことに、アリサさんはいきなりあたしのエプロンに手を掛けてきた。
「うわわ。ちょ、ちょっといきなり何をするんですかーっ!?」
鼻息荒い店主の行動に、慌てて抵抗する。
でも、その抵抗も空しくエプロンを外されたかと思うと、ワンピースのスカートの裾を持ち上げ、
すぽーん
と、一気にまくりあげた。
「うわ、うわわわわ、うわわわわわわ!!!」
「こら、暴れるなや。上手く服を脱がせられへんやんか!」
暴れるなと言われてもですね。あたし、今、とんでもない格好をさせられているんですけどっ。
てか、パンツはいてないんですけどぉぉぉぉぉぉ。
「ううう、もうお嫁に行けないよぅ」
身ぐるみ剥がされたあたしは、しとしとと泣く。
でも、すっぽんぽんなあたしには目もくれず、アリサさんは回収したメイド服一式に不敵な笑顔を浮かべると「これは洗い甲斐があるでぇ」と呟いてお店の奥へと引っ込んでしまった。
ちょ、ちょっと。こんな格好にして置いてけぼりなのっ!?
「アリサさんのひとでなしーっ」
あたしは涙目で一言叫ぶと、カウンターに五百エーンを置いてそそくさとお店の片隅にある扉を開く。
中はこじんまりとした脱衣場で、その部屋の奥には湯気で白く霞んだガラス張りの扉があるのだった。
「いやぁ、生き返ったよぅ」
入店時に受けた辱めもなんのその、アリサさんのお店に併設されたお風呂をいただいたら、そんなのどうでもよくなっていた。
だってアリサさん、女だし。今までも脱衣場で裸を見られたこともあるし。いきなり脱がされたから驚いたけど、何か大切なものを失ったわけでもない。
まぁ、他のお客さんが居合わせていたら話は別だけど。
でも、よくよく考えたら、その心配もほとんどないのだった。
だってアリサさんのお店は、こんな感じに服のクリーニングが終わるまで店内をバスローブ一枚で出歩いても支障がないぐらい、閑古鳥が鳴いているお店なんだから!
「はしたない子やなぁ。そんな姿で店内うろついてもろたら困るでぇ、キィちゃん」
店内に展示されていた冒険者用メイド服を物色していたら、アリサさんが奥の部屋から出てきた。
はしたないもなにも、さっきはあなたに店内で丸裸にされたんですけど、と思ったものの、その手に新品同様にクリーニングされたメイド服が抱かれているのを見て、口に出すのはやめておいた。
さすがはアリサさん、仕事が早い。
「いやぁ、しかし、今回のはなかなかにクリーニングのし甲斐があったでぇ。どしたん、牧場でも行ってきたんか? なんや牛の臭いが染みついとったけど」
「あはは。まぁ、そんなところです」
メイド服を受け取りながら、適当にごまかす。
言えない。酔っ払った振りをしてミノタウルスにからんでましたなんて、とても言えない。
「あ、そだ」
それよりもアリサさんに質問したいことがあったんだ。
「アリサさん、せっかくクリーニングしてもらっておいてアレなんですけど、これよりもレベルの高い冒険者メイド服って今あります?」
展示されているメイド服はどれもきらびやかだけど、性能的にはどうなのか、あたしにはイマイチよく分からない。
こういうのはやはりその道のプロに聞くに限る。
「なんや? 衣装替えを考えとるん?」
「えへへ。まぁ、ね」
自分でも今、ちょっと得意げな顔をしているなぁと思う。
でも、自制するのは難しかった。なんせ今頃、あの素材を売って勇者様は大金を手にしているはず。あたしの取り分が百三十万エーンだから、メイド服を新調するぐらいわけがないんだからっ。
「ふーん、焼肉屋でも始めて儲かったんかいな?」
いや、牛関係ないッス。
「でもあらへんで。キィちゃんのメイド服より上等のヤツなんて」
「……はい?」
「自分、その服が幾らしたか、知らへんの?」
アリサさんが指差すのは、言うまでもなく、あたしの腕に抱きしめられているマイ・メイド服。
確か勇者様が私の身体データを盗み見してオーダーメイドしたとか言ってたから、そりゃあ出来前のヤツより値が張るのは分かるけど……え、なに? これ、そんなに高級品なの?
頭の上にクエスチョンマークを出すあたしに、そっとアリサさんが耳打ちする。
「えっ? えーーーーーーーーーっ!!!」
思わず声を張り上げた。
だって、トンデモナイ値段だったんだ!
それだけあったら勇者様の大好きなカリカリ君を一生食べられるし、下手したらそれなりの屋敷だって持つことが出来る金額だ。
「ちょっ、気持ちは分かるけど、こんな近くでそんな大声上げたらあかんやん。耳がキーンしたわ」
「ア、アリサさん、今の金額、本当に?」
「うん。だって売ったの、うちやし。そのお金でこの道楽が出来てるさかいなぁ」
ああ、お客さんが全然いなくてもやっていけるのって、その時のお金のおかげなんですね。納得です。
って、今はそんなことよりも!
「ど、ど、どうして勇者様があたしのメイド服にそんな大金を支払うんです? あの勇者様が、ですよ?」
え? えっ? ええっ?
ワケワカラナイ。
「んー、その理由をあたしの口から言うのはなぁ」
アリサさんは普段と変わらない様子で、頭をポリポリかきながら
「まぁ、あの子はキィちゃんに死んでもらいたくないんやろうな」
そんな珍説をのたまってくる。
「いやいやいや、そんなのあり得ないですよ? だってあたし、これまで勇者様のせいで色々と死にそうな目にあいましたもん。怪しげな宝箱を開けるのはあたしの役目ですし」
「そやけど、キィちゃん、これまで怪我なく、ぴんぴんしとるやん」
「それは単に運がよかっただけですよ?」
「運がいいってことはそれだけ生き残る可能性が高いってことやで? 聞けばキィちゃん、全然戦闘には参加させてもらってへんそうやん?」
「だってそれは勇者様が私のSTRを全然上げないんだもん」
「でも、考えてみ? 戦闘に参加させないってことは、それだけ大切にされとるってこととちゃうん?」
勇者様があたしを大切にしてくれている?
STRを上げないのは、あたしを戦闘に参加させて万が一を防ぐため?
う、うん。実に斬新ダネ。何事も前向きに捉えると、こんな考えに行き付くのか……。
だけど、なぜかいつもみたいに「そんなの、ないない」なんて笑い飛ばせなかった。
それはあたしのメイド服の金額を知ったのもあるけれど、アリサさんに言われたことは確かに一理あるようにも感じたからだ。
けど、ちょっと待って。
勇者様があたしを大切にしてるって?
万が一を防ぐ為にえらく高いメイド服を用意して、戦闘にも参加させないって?
え? ええ? ええええっ?
うわん、わけわかんないよ。てか、こんな調子であたし、これから勇者様にどう接すればいいんだよう。
ちりん。
と、そんなパニック真っ最中のあたしの耳に、来店を知らせる鈴の音が飛び込んできた。
本当ならバスローブ一枚のあたしはすっとんで脱衣場に駆け込まなければいけないのに、それすらも頭の中には思い浮かばない。
ただ、アリサさんと来店者の会話だけが右の耳から左の耳を通り抜けていく。
「あ、珍しいやんか。冷やかしやったら勘弁やでー」
「お前んところに冷やかしに来るヒマがあったら、どっかで一杯ひっかけてくるっつーの。それより欲しい素材があるんで一覧表作ってきたんだが、どうだ手配できるか?」
「んー、ん? なんやの、えらい高級素材ばっかやね?」
「おう、なんせ俺様一世一代の大仕事だからなぁ。ありとあらゆる素材を厳選してぇ」
「ふーん。まぁ、ちょうど在庫はあるんやけど……。それより一世一代の大仕事ってのに興味あるなぁ。どうしたん一体?」
「それがな。とある伯爵様んちのボンボンがトンデモナイ素材を持ち込んで、俺に剣と鎧を作りやがれって言いやがるのよ」
伯爵様のところのボンボンって言葉が、左右の耳を通り抜けること無く、あたしの頭の中でぐるぐる泳いだ。
ああ、うちの馬鹿勇者様も伯爵様の一人息子だったなぁとぼんやりそんなことを考えてみる。
で、その勇者様がどうしたって?
「トンデモナイ素材って何なん?」
「聞いて驚け。なんと、インセ樹の実に、ソードフィッシュの角だ!」
アリサさんが「おおっ。うちもまだ見たことがないわ」と感嘆の声をあげた。
ふふふ、アリサさんもそんな素材で驚くなんてまだまだだなぁ。あたし、そのふたつの素材、知ってますよ。それどころか、さっきまで手に持ったり背中にくくりつけてました。
まぁ、今頃は勇者様が大金に換金して……。
ん、ちょっと待って!
さっき、何て言ってた?
伯爵様んちのボンボンがインセ樹とソードフィッシュの角を持って、剣と鎧を作ってくれ、いやもとい、剣と鎧を作りやがれと上から目線で命令してきたと言ってなかったか?
本来ならお願いするべき所をそんな命令口調で言っちゃうような人って、それってもしかして!
「す、す、すみません。その、仕事を依頼してきた勇者様のお名前を聞いていいですかっ?」
アリサさんと話をしていた大柄の男の人に声をかけた。
男の人はそこで初めてあたしの存在に気付いたみたいで「なんて格好してるんだ?」と訝しんだ目つきで見てきたけれど、質問には素直に答えてくれた。
「ああ、伯爵様の一人息子……でいいのかな? 名前は確かハヅキとか言ったか」
勇者ハヅキ!
言うまでもなく、うちのバカ勇者様の名前だった。
「一人息子でいいのか……って何言うとるん? 伯爵様にあの子以外の子供なんておらへんで?」
「いや、それが、依頼のやり取り最中にあいつの兄貴だって奴が現れてよ……」
アリサさんたちが何やら話しているけど、怒り心頭なあたしの耳にはもう何も入ってこなかった。
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