◇こうして世界は光に閉ざされてしまったのです。

「最期の、話?」

「そうだ」

「っ、話なんていくらでもするよ! だからまず女王陛下を離してあげて。もう血がこんなに……」


 女王の肩からは大量の鮮血が溢れ出し血溜まりを作っている。彼女は既に虫の息だ。


「それは出来ない。フィーネを見殺しにして、女王に刃を向けた俺はこいつを離せば罪人として即牢獄行きだ。──いや、仮に無罪放免だとしても、お前と話せるのはこれで最期になる」

「さっきから最期、最期って一体……」

「無罪……放免、なんて……ありえないわ! よくも、この、わたくしを……!」


 床に留められたまま女王は怒りを示す。絶対に許さない、全てのサンサル人ごと制裁してやる、と。その様子に友人は呆れたような、嘲笑にも似たため息を吐く。


「例え話だっての。言葉の裏も読めないなんてクラルテ人はやはり低脳ね?」


 いつか女王が友人に浴びせた罵倒を、彼女の真似をしているのか演技がかった口調でそのまま返した。


「女王様、あんたも知ってたんだろ? フィーネが犠牲になるってことを」

「……、なんの、事、かしら……」

「あんたの目論見はこうだ」


 闇神を滅ぼすにはクラルテ人の生贄が必要。だが自ら犠牲になるつもりはない女王はありもしない『勇者の剣』を作り出し、少年をけしかけ少女とともに闇神討伐に向かわせた。

 世界を救うために犠牲となった少女クラルテ人は民衆から神格化され、ひいてはクラルテ人──つまり女王の支配力も高まる。

 対して少女を見殺しにした友人サンサル人は罪人として処刑し、サンサル人は世界の救世主たるクラルテ人を殺す野蛮な人種として堂々と奴隷扱いが出来るようになる。


 ほんとしたたかだよなぁと抑揚なく呟きながら女王の肩をぐちゃぐちゃと抉る。ついには女王の苦しみの喘ぎは途絶え、表情すらわからなくなった。


「いや、こんなのと話してる場合じゃない。最期の話だ。トウマ、俺がフィーネを見殺しにした理由を聞いてくれるか」


 友人は改めて勇者に向き直る。

 その視線はいつになく真剣で、彼の言葉に頷くしかなかった。友人はぽつりぽつりと話しだす。


「闇神に会う直前、フィーネに言ったんだ。闇神を倒すにはお前の犠牲が必要なんだって。フィーネはわかったうえで犠牲になってくれたんだ」


────


「レン、話とは一体……?」

「フィーネ。俺はお前に謝らなきゃならない」

「レン?」


 苦悶に満ちた彼の表情を、少女は不安げに覗き込む。


「俺はある目的のために闇神を滅ぼしたい。でもあの勇者の剣は偽物で、神を倒す本当の方法はクラルテ人を……お前を闇神に生贄として捧げることなんだ」

「……!」

「ごめん。今まで護ってきたのはそのためなんだ。……自分勝手だよな、本当に」


 頭を下げる友人に少女は「そうなのですね」とだけ呟く。その感情はわからない。


「レンはどうして教えてくれたのですか? そんなことを言われたら、私は死ぬのが怖くて逃げ出してしまうかも知れませんよ?」

「ああ、だから言ったんだ」


 友人は背筋を伸ばして静かに目を閉じる。


「十秒だけこうしてる。だからその間に俺の前から消えてくれ。──初めから出会わなかったことにすれば、そうすれば諦められる」

「……レン」


 十、九、八……とカウントダウンを始める声音は、表情は、今まで見たどんな彼より苦悩に満ちていて。そんな彼に少女は歩み寄り──


「三、二──ん、っフィーネ……?」


 触れるだけの優しい口付け。

 全くの予想外の出来事に、彼はびくりと肩を跳ねさせ少女を凝視する。浮かせていた踵を地につけ、彼女もまた友人を見つめる。その表情は慈愛に満ちた穏やかさで。

「……出会わなかったことに、なんて寂しいこと言わないでください」

「そんなの……俺だって寂しいに決まってんだろ。でもこのまま闇神から逃げて、お前と一緒に平和に過ごしていくこともできないんだ。俺はどうしても、俺自身が救われるために闇神を滅ぼしたい」


 彼の表情は今にも泣きだしそうなほど歪んでいて。彼女はそんな彼の頬を優しく撫でる。


「あの遺跡で目が覚めたとき、最初に声を掛けてくれたのはあなたでした」

「……」

「村から王都までの道のりも、お城で襲われた時も、ずっとレンは私を護ってくれて。それがどんなに心強かったことか」

「フィーネ……」

「だから今度は私の番。レンが救われるなら──私は死んだって構いません」


 少女の表情に、不安や恐れは少しもなくて。それは女神を思わせるほど穏やかな微笑みだった。

「フィーネ……ごめん。その、本当に──」

「謝らないでください。記憶のない私にとって、ずっとそばで護っていてくれていたあなたは、私の世界そのものなんです。私自身の手で世界レンを救えるだなんて、なんだか勇者みたいでわくわくしません?」


 今度はいたずらっぽい笑みで。強がりじゃなく本心から出た言葉だった。


「さあ、行きましょう、トウマが待ってます。……さよなら、レン。今まで本当にありがとう。あなたのこと、今までもこれからもずっと──」


────


「……前にさ、『王が死んでも、神が滅んでも、変わらないものってなんだと思う?』って聞いたの覚えてるか?」

「──覚えてるよ。今思うと、レンはあの時からこの結末を予想していたんだね」

「ああ、そうだ。そしてお前はあの時『人々の本質までは変わらない』……そう答えたよな」

 少年が再び頷くと、友人は深呼吸してさらに言葉を繋げる。


「あの時は茶化したけど、俺も同じこと思ってたんだ。

 ──たかが髪の色だけで、赤いとサンサル人はどこ行っても冷遇される。 おかしいと思わねーか? 村でも冷たく当たられてた。俺だけじゃなく、俺を拾って育ててくれたじいちゃんもだ。そんで闇神を倒しても、お前とフィーネは英雄、俺は罪人扱い。ほんと、笑えねーって……」


 声が震えている。その言葉には怒りも悔しさも憎しみも込められていて。友人は全ての感情を乗せて叫んだ。


「王が死んでも‼ 神が滅んでも‼ この世界が根本から変わることはねぇんだ‼ 

 ──だったら滅ぼしちまえばいい。そうだろ、なぁ⁉

 俺はなぁ、トウマ。ずっとこの世界を滅ぼしたかったんだ。世界を滅ぼしたらしい闇神に祈ったりもした。こっそり村を抜け出して禁書をかき集めたりもした。

 そしてついに真実にたどり着いた! 闇神は本当は世界を見守る存在で、世界を滅ぼしたなんていうのはサンサル人差別をつくりだすために王家が広めた嘘っぱちだと。そして世界を滅ぼすにはクラルテ人を生贄に捧げて闇神を殺せばいいと。

 ………………だから、フィーネには死んでもらったんだ。世界を滅ぼす願いを叶えてもらうために」


 感情に任せて叫んだ友人の声は、最後にはか細く途切れそうで。歪んだ表情は後悔と悲しさでいっぱいで。「この物語が迎える結末は……きっと悲しい」という闇神の最期の言葉の意味が今ならよくわかる。


「フィーネと出会った時、俺は運命だと思った。ああ、これでようやく全部終わらせられるって」

「レン、きみは……」

「でも、こんな、こんな気持ちになるなら、最初から俺が死んでいればよかったんだって、今は後悔しかねーんだ……。俺さえいなければ、俺を育ててくれたじいちゃんも幸せに暮らせたし、フィーネだってもっと生きられた」

「レン」

「俺の大切な人が、俺のせいで不幸になって、俺のせいで死んでいくんだ。闇神が滅んだこの世界も、俺が知るとおりならもうすぐ消えてなくなる。

 そしたらトウマ、お前だって──」

「レン!」

「!」


「僕の話を聞いて」と友人に歩み寄る。少年は静かに口を開いた。


「僕は……小さい頃からずっと一緒にいたのに、きみの苦しみを全く理解していなかった。サンサル人のことだって最近知ったくらいだし」

「……」

「何も気付けなくてごめん。でも……それでも言えるのは、レン。僕はきみの選択が間違っていただなんて、最初からきみが死んでいればよかっただなんて少しも思わないんだ」

「……意味わかんねー。俺さえいなきゃ、フィーネも世界も、なくならずに済んだはずなんだぞ⁉」

「レンが死んで世界がこのまま続いたってサンサル人の苦しみは続く。王が死んでも、神が滅んでも、この世界は変わらないんだ。

 いつか分かり合えるかもしれない。でもそれは今じゃない。確約された未来でもない。──それじゃそんなのただの綺麗事で夢物語だ」


 屋内だというのに、辺りは光が満ちはじめていて。

 ギラギラと照りつける太陽が眩しい。闇神を倒した直後そう感じたのは、まさに終わりの始まりだったのだろう。


「物語の結末としては最悪だよね。世界滅亡を止められなかっただなんて勇者失格。でも──」


 光が満ち満ちて、もうお互いの顔すらわからない。手探りで掴んだ彼の腕だけが、お互いがたしかにそこにいるということを実感させるものだった。


「でも、レン。きみを救えたなら……僕にとってこの物語はハッピーエンドだ」



 少年は微笑みながら、最期の言葉を口にする。友人は口を開きかけ──
















 ──世界は光に閉ざされた。

 

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