◇闇神は勇者に問いかけます。覚悟は出来ているのかと。
女王の配下の者に闇神が住まうとされる洞窟まで護送された三人。
「……」
「緊張してる?」
「ん……まあな」
険しい顔。ここ最近、友人の知らなかった表情を見る機会が増えたな、と少年は心の中で呟いた。村にいた時はいつも笑顔で前向きで、悩みなんてひとつもなさそうだと思っていたけれど。
「……行こうか、闇神のところへ」
少年が洞窟内に足を踏み入れようとすると、友人から「待った」がかかった。
「あー、その前にさ、ちょっと話したいことがあるんだわ。……フィーネと二人で」
「へっ⁉ わ、私ですか?」
まさかの指名に少女は間の抜けた声をあげる。少年は訝しげな視線を友人に向けた。
「二人で? ここまで送ってくれた御者さんたちも帰っていったんだし、ここで話せばいいじゃない」
「馬鹿、察しろっての! ……ラスダン前にヒロインに告白ってのはセオリーだろ?」
「ごほっ⁉ こ、告……⁉」
予想だにしなかった言葉に思わず咳き込む。友人はそんな少年の口元を押さえ「声がデカい!」と小声で諌めた。
「何かあったら飛んでくるから、変な生き物なんかが現れたら大声で俺を呼べよ。……たぶんすぐ帰ってくるけど」
少しこわばった表情。彼の緊張の理由はもしかしてこれだったのかと考えながらも、少年はどもりながら「う、上手くいくといいね」と月並みな言葉をかけることしか出来なかった。
「上手く、ね。──なあ、もしフィーネが……」
「?」
「あー、いや、後で話す」
珍しく歯切れが悪いのはやはり緊張からだろうか。何か引っかかる。そう感じつつも少年は友人たちを送り出した。
§
送り出した二人は予想以上に早く戻ってきた。友人は複雑そうな表情である反面、少女の表情は実に晴れやかだった。
──一体どんなことを話していたんだろう。
聞いてみたい気持ちもあったが、なんとなく聞きづらい。村から出て友人は変わった……いや、友人の知らなかった部分に気付くことが多くて、少し距離を感じてしまっているのかもしれない。
「はー……」
「レン、その、大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ、俺はな」
俺は、という言い方にやはり引っかかった。しかし、意味を察することはできず聞くこともできない。……なんて歯痒い。
「っし! 遂にラスボス戦だ!」
そんな少年の気も知らず、友人は自分の頬を両手で叩き気合を入れる。闇神は目前だというのに、少年の中には彼がいつもの明るい調子であるのを見ると安心してしまう自分がいた。
洞窟の中は不自然なほど黒い。暗い、ではなく闇そのものがそこに在るのがわかるほどに真っ黒な空間が広がっている。中の様子は一切伺えない。
友人は深呼吸をしてから静かに、そして厳かに口を開く。
「──行くぜ、相棒」
「ああ、……行こう」
拳を合わせる。気合を入れるとき、息を合わせるとき、二人が子どもの頃からやっている合言葉みたいなものだ。これで何度目だろうか。
少年と友人は同時に口を開いた。
「フィーネも‼」
「えっ、わ、私も……?」
「フィーネも僕たちの仲間じゃないか」
「そうそう、それに最後の戦いだぜ? 気合入れてこーぜ!」
「最後……」
少女はやや躊躇ったあと、堅い決意を宿した目でしっかりと拳を合わせた。
「レン、トウマ。行きましょう、闇神のもとへ」
§
闇神の洞窟に足を踏み入れると、粘ついた闇がドロドロと身体中にまとわりつくような感覚に陥った。さっきまでたしかに地面を歩いていたはずなのに、地に足をつけている感覚すら感じられない。そして不思議なことに、振り返っても入口からの光を感じることが出来ないようだった。
ただひたすら続く虚無の海。何も見えず、何も感じず、何も聞こえない。心の支えはお互いに握った手の感覚と、自らの呼吸音のみ。
少女は友人の手を強く握りしめ、不安げに彼の名を呟く。
「レン……」
「大丈夫だ、俺がついてる」
友人は静かにそう呟き、少女の手を強く握り返した。
「……トウマくんはビビってねーか? なんならこの俺に抱きついてきてもいいんだぜ?」
「び、ビビってないから。というか今そういう状況じゃないでしょ」
「ククッ、悪ぃな。こういう雰囲気はイマイチ性にあわねぇみてーだ」
まったくもう……と呆れて溜息を吐こうとした、その時。目の前が急に明転した。
「──っ、ここは……」
依然としてそこは闇色に塗りつぶされた世界だが、辺りには雪のように細やかな光の粒がキラキラと煌めいていて。それはまるで、サンサル居住区で出会った不思議な旅人と見た星空のようだった。
幻想的な光景に少年が呆気に取られていると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「やぁ、待っていたよ。久しいね」
心が蕩けそうになるほど心地の良い低音。声のする方を見ると、針金のように細い身体に闇色の髪をした、あの日の旅人だった。
「あなたは、ティアさん⁉ どうしてここに? まさか──」
「クックック……珍しく随分と察しがいいじゃないか、勇者くん」
笑い方もあの日と少しも変わらなくて。しかし、彼が少年を勇者と呼び、こんな所にいるということは──
「あなたが、闇神……!」
少年がそう口にした途端、旅人は闇色の巨躯をした、禍々しく神々しい異形へと姿を変えた。
「そう。旅人ティア、改め、私こそが闇神ゲーティア……! トウマ、きみはこの世界にはびこる『やみ』を払う覚悟は出来ているかい?」
§
「覚悟……」
「そう、覚悟だ。以前会ったときに言っただろう?」
闇神との対峙。不思議と相手からの敵意も、己からの恐怖も感じなかった。
「まあ、きみの覚悟がどうであれ、今更この物語の結末は変わらないがね。──フィーネ、きみがここに来てしまったということは」
「⁉」
背筋に嫌な予感が走る。ここに来る前に掻き消された不安がよみがえった。少年は少女を庇うように前に出る。
「言っておくけど、というか予想できているだろうけど。きみの宝剣も赤髪の彼の刀も私には通用しない。『邪神を封じる勇者の剣』だなんておとぎ話の中にしか存在しないんだ」
「……何が目的なんですか。ティアさんの言う世界の『やみ』とは、あなたのことではないんですか?」
闇神は尻尾をくねらせ、硬い鱗を撫でる。
「目的か。私の目的はただ一つ、世界の『やみ』を消し去ること。ただその選択は苦痛が伴うし、『やみ』を抱えたままの世界が在り続けるのはもっと苦痛を伴うだろう」
「一体何の話を……」
「難しい話だね。どんな選択をしても苦しみからは逃れられない。──そしてその目的は私の死を持って達成される」
そう言うと闇神はぬるりと足元の闇に溶けた。気がつけば少年の背後──少女の目の前に闇神は立ちはだかっていた。
咄嗟に助けようとしたが、振り返った瞬間全身が凍ってしまったかのように硬直し声も出せない。闇神からは依然として敵意は感じないものの、神の力の前に少年は手も足も出なかった。
「フィーネ、待っていたよ」
「闇神ゲーティア」
少女は真っ直ぐに闇神を見据えその名を呼んだ。少年はその様子をただ見ることしか出来ない。
「きみは鍵だ、私を殺すための。きみを贄として取り込めば私は死ぬ、そういう仕組みになっているんだ」
贄。闇神は確かにそう言った。やはり彼を滅ぼすには、少女の犠牲が必要らしい。
やめろ、と叫びたいのに声にならない。予想できる結果に少年の心臓は暴れるばかり。だが少女は少しも取り乱すことなどなく。
「私は、私の世界を救うためにここに立っています。私の世界を救えるなら、私自身が犠牲になる覚悟はできています」
「『世界を救う』? きみの目的はそれなのかい? 悪いが私を殺したところで、世界を救うことは──」
「いいえ」
透き通った声。そこには強い意志が感じられた。
彼女は一瞬だけ視線を逸らし、また闇神を見据える。
「私が救いたいのはこの世界ではなく私の世界。私が犠牲で
「なるほど。大事な人のために死を選ぶのか。羨ましい、そして素晴らしい覚悟だ」
闇神が少々陶酔したような声でそう呟くと、マントの下から闇色の触手を出現させ彼女を縛る。そしてズブズブと音を立てながら彼女を体内に取り込んでいく。
少女がすべて闇神に取り込まれた頃、ようやく少年たちは動くことができるようになった。
「フィーネ、フィーネ……っ! ああ、なんてこと……!」
身体が闇にドロドロと溶け、消えゆく中で闇神は声を振り絞った。
「……これで、すべて終わる……。私が消え去ることで……光と闇の、均衡が、崩れ……『病み』は、この世界ごと、消し去られる……」
「世界ごと? それってどういう意味ですか⁉」
「差別と、争い、ばかりだったアレンドに……ようやく平和が訪れる。……だが、この物語が迎える結末は……きっと悲しい」
そこまで言ったところで闇神は跡形もなく完全に消え去った。気がつけば少年は友人と二人で、何の変哲もないただの薄暗い洞窟の中に立ち尽くしていた。
§
帰り道に護衛はなく、少女と出会ったあの遺跡以来の二人旅だった。あの時はまだ見ぬ世界へ胸を踊らせていたが、今は喪失感でいっぱいだ。あれからまだ十日も経っていないのにひどく昔のことのようで。そう思ってしまうほど、村を出てから本当に色んなことがあった。
「……フィーネも、ティアさんも犠牲にしてしまったけれど……」
これで世界が平和になるなら。……果たして本当に世界は平和になるのだろうか。
世界の『闇』は打ち倒したのに何かが胸の奥に引っかかっていて。少女が救いたかった世界とは? それに闇神の言っていた悲しい結末って? ──わからないことが多すぎる。
ギラギラと照りつける太陽が眩しい。
王都にたどり着き、女王二ウールに謁見を申し込むと今度は正門から入ることが出来た。闇神討伐でサンサル人差別もなくなればいいな、と少年は淡い期待を抱いて女王の前へ。
「ありがとう、勇者トウマ。邪神を打ち倒してくれたのね。フィーネはどうしたの?」
「……」
「フィーネは闇神を倒すために犠牲になった」
思わず口を噤む少年の代わりに友人が答える。その表情はやはり苦々しく、少女の死は彼の心にも大きな傷跡になっているのだということが伺える。
少年が次の言葉に迷っていると、女王は予想だにしない言葉を口にした。
「サンサル人を捕らえなさい。クラルテ人殺しは重罪よ」
「……⁉ レンが殺したんじゃありません! フィーネは自ら……!」
「護れなかったなら同じことよ」
女王のその言葉に友人は少しも動揺することなく、やっぱりこうなるよな、と呟く。
「……ああ、そうだ。フィーネは俺が殺したようなものだ」
「レン⁉ 何言ってるのさ、あれは仕方のないことで……。護れなかったのが罪になるなら僕も同罪に、」
「違う、違うんだトウマ」
遮るように友人は言葉を紡ぐ。その瞳は悲哀と後悔の色が滲んでいて。
「俺はこうなることをわかってた。神を殺すためにはフィーネの犠牲を要することを、知ったうえで見殺しにしたんだ。本当は助けることもできたのに」
「⁉ なん、で……」
友人の放った衝撃的な言葉に呆然としていると、女王は突如高笑いをはじめた。そして近衛兵に包囲された彼に近づき頬を撫でる。
「あははははっ! ついに本性を現したわねサンサル人! そうよね、光神の血を引くクラルテ人は穢れた血のサンサル人にとって殺したいほど憎むべき相手よね。たとえそれがお友だちだったとしても──ああ、サンサル人はなんて恐ろしい!」
「はぁ……全く浅はかだな、女王様よ。血が憎いんじゃない、俺が憎いのは……」
次の瞬間、目の前で起こったことを少年は瞬時に理解することができなかった。
友人は自身を包囲する兵士の武器を蹴りあげ、流れるように抜刀すると女王を突き倒し倒れ伏した彼女の肩を刃で貫いたのだ。
「あ、ぐぅ……っ」
「動くな。動けば女王を殺す」
兵たちが動く前に牽制する。その鋭い視線にはいつものように冗談を言っている雰囲気は微塵も感じられなかった。
「トウマ。最期の話をしようか」
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