Epilogue 甘すぎる僕のお姉ちゃんとこれから

『よぉ~し、そんじゃあ、人形演劇部の活動認可と、この前の公演の成功を祝して、せ~のぉ!』


「かんぱ~い!」


 ブルースさんの音頭に合わせて、僕たちはオレンジジュースの入ったグラスを掲げる。


「さあさあ、今日はお嬢様とご主人様たちの貸し切りにゃあ☆。食べたいものがあったら何でもニコちゃんに頼んでくれにゃあ☆。ちなみに、すこ~しお値段はサービスするけど頼みすぎは勘弁してほしいにゃあ!☆」


 ニコさんのそんな注意書きが読み上げられたところで、みんなから笑い声が漏れる。


 時刻は夜の7時。


 僕たち人形演劇部は『ラブリーキャット』を貸し切りにして、ちょっとしたお疲れ様会を開いていた。


 最初は、公演会のお疲れ様会だけだったのだが、公演をきちんと行ったということで、人形演劇部は晴れて生徒会から正式な部として認められることとなったのだ。


 これで、今後はちゃんと生徒会から予算が回ってくることにもなるし、もしかしたら僕たちの噂を聞きつけて、新入部員がやってくるかもしれない、というのはいささか欲張りすぎか。


 とにかく、僕がこの部活に入った当初の目標は達成できたのだ。


 今はちょっとだけ、胸を張ってもバチは当たらないだろう。


「まぁ、これもあたしが入部したお陰よ。感謝しなさいよね、りく


 そう言いながら、ニコさんの用意してくれた『トロピカルアラモード お祝いスペシャルVer』を堪能する華恋かれん。いつもの強気な発言も、顔がすっかり緩んでしまっているので迫力が半減されている。


「うん、ありがとう、華恋かれん


「な、なによ。今日はやけに素直じゃない……」


 そりゃあ、素直にもなるだろう。


 華恋かれんが言っていることは事実で、僕だけじゃあ、しお先輩の力になれるかわからなかったし、華恋かれんがいてくれたおかげで、今の僕はちょっとだけ心が落ち着かせることができる。


 華恋かれんという親友がいてくれたおかげで、僕は普段通りの僕でいられるのだから。


「僕にとって、華恋かれんって凄く大切なんだなって、最近やっとわかってきたんだ」


「な! ななななな、なに言ってんのよ! 馬鹿ッ! りくの馬鹿ッ! あ、あたしはあんたのことなんて全然大切でもなんでもないんだからっ!」


 華恋かれんが顔を真っ赤にして、僕に反論してくる。


 いや、そんな否定しなくてもいいじゃないか。


『お前ら、本当に仲がいいな……』


 対面に腰を下ろしたしお先輩の右手につけられているブルースさんも、ため息をつきながら僕たちの様子を窺っていた。


『だが、こういう賑やかなのも悪くねえな』


 そう告げたブルースさんと共に、しお先輩もほのかに笑みを浮かべている。


 最近、しお先輩が笑顔を浮かべてくれることが多くなったような気がする。これも僕たちの関係が少し変わったことの証左だろう。


 それに、変わったことといえば、実はしお先輩とはちょっとしたメッセージのやりとりもするようになった。


 その成果と言っては何だが、しお先輩の固かった文章も随分やわらいで、なんとこの前なんて顔文字が送られてきたのだ。


 お陰で、最近はしお先輩の顔をみるだけで、何を言いたいのかわかってくるようになった。



 こんな風に、僕たちの周りも少しずつ変化していっている。


 きっと、それはいいことなんだと信じたい。


 そして、僕が大好きだった、あの人は――。



りくくん! このパンケーキ、すっごく美味しいよ! ほら、りくくんも食べてみて! はい、あ~ん!」



 実は先ほどから隣の席でぴったりと僕にくっついている。


「あの……姉さん……」


「ん? 何かな、りくくん?」


「みんながいる前なのに、恥ずかしいよ!!」


 きょとん、とする姉さんに向かって、僕は思わずツッコミを入れてしまった。


 そう、姉さんとの関係だけは、何一つ変わっていなかった。


 朝は僕のベッドの中で勝手に寝てるし、生徒会の仕事の合間に部室にくると、一目散に僕のところに来てハグをして帰っていく。


 最初は突然の姉さんの訪問に驚いていた華恋かれんしお先輩でさえ、今ではそんな光景が当たり前かのように完全スルーを決め込んでいる。


 人間、慣れてしまえばこんなに冷静になるのかと、逆に僕が驚いてしまったものだ。


 今でも、僕に密着する姉さんの姿が当然だと言わんばかりに何も言わない。


「いや、だって紗愛さらさんだしね」


『そうだな、あねさんだもんな』


 この通り、冷静を通り越して、常識として彼女たちに認識されている姉さん。


 本当にいいのか、これで?


「ふふっ、いいんじゃないかしら? 私としても、元気になった紗愛さらの姿がみれて嬉しいわ」


 そう言いながら、オレンジジュースを口につけているのは波留はるさんだ。


 もちろん、公演会のお疲れ様会なので、波留はるさんにも参加してもらっていた。


 となると、姉さんを誘わないわけにはいかないし、しお先輩も是非にということで、姉さんの参加も許可をしたのだが、失敗だったかもしれない。


 姉さんの弟癖(おとうとへき、と読む。意味は何となく察してほしい)を知っているメンバーだけとなると、姉さんがこうなってしまうのは当然の結果だった。


「そうだよー。お姉ちゃん、りくくんが最近構ってくれなくて寂しいんだからー!」


 そんなことを言われても、僕が悪いわけじゃない。


 ――だけど。


 波留はるさんの言う通り、風邪も治って、すっかりいつも通りになった姉さんを見ると、何だかちょっとだけ安心できる。



 弟の僕のことが大好きな姉さん。



 それが、僕の姉さんだから。



「……わかったよ。パンケーキはちゃんと食べるから、姉さんはそのままゆっくりとフォークを置いてくれないかな?」


「えっ? そしたらりくくんに『あ~ん』ができないよ?」


「うん、だから、姉さんは『あ~ん』は禁止で」


「えっ~!!」


 僕の発言を聞いて、姉さんは天変地異が起こってしまったのかというほど、青ざめた表情で波留はるさんに話しかける。


「は、波留はるちゃん! 大変だよ、りくくんが全然甘えてくれないよ~!?」


 すると、波留はるさんもやれやれと言わんばかりに、首を振った。


紗愛さら。あなたも、ちゃんと弟離れをしないと。弟くんは、ちゃんとお姉ちゃん離れできてるわよ、ね、弟くん?」


 ふふっ、と妖艶な笑みを浮かべながら僕にそう尋ねてくる波留はるさん。


 僕は、そんな波留はるさんの質問に、さわやかな笑みで答えた。



「ええ。いつまでも甘やかされるつもりはありませんから」



 ちょっとくらい、僕だって成長したところをみせたい。


 そんなことを思う時点で、まだまだ子供なのかもしれないけれど。


 それでも、いつかは姉さんが甘やかさずに済むような、そんな弟になりたいのだ。



「ううっ……やだぁ……陸くんにもっと甘えてほしいもん……私、陸くんの『お姉ちゃん』なのに……」


 しゅん、とあからさまに項垂れてしまう姉さん。


 しかし、こればかりは仕方がない。


 僕だって、姉さんを甘やかすつもりはないのだから。


「ねえ、紗愛さら、私から1つ、提案があるんだけど……」


 と、何故かまた、波留はるさんはじぃーとこちらを見つめてくる。



 ……あれ、何だろう?



 僕の直感が告げている。



 何か、これから嫌なことが起こるような気がすると。



 そして、毎度のことながら申し訳ないのだが、こういう直感だけ、僕は鋭いのだ。



 ゆっくりと、波留さんの唇が動き、全員に告げる。



「今のうちに、私が弟くんを貰っちゃってもいいかしら?」



「ぶぶっ!?!?」


 姉さんとは逆の隣の席にいた華恋が、苦しそうに喉を鳴らした。幸い、口に含んでいたジュースは噴き出さなかったようだが、それをすぐに飲み込んで大声をあげた。


「ななななな! 何言ってんのよ!? り、りくを貰うって、そ、その……」


 あわあわとする華恋かれんに向かって、波留はるさんはさも当然のように話す。


「ええ。弟くんって可愛いし、優しくてイイ男の子だし、おまけに恋人もいないみたいだから、私が立候補しても問題ないわよね、弟くん?」


「え、えっと……」


 波留はるさんの問いかけに、僕も少なからず動揺する。


 いや、冗談だってわかってるよ?


 だって、あの波留はるさんのことだ。僕をからかっているに違いない。


 しかし、そうわかっていても、透き通るような眼で見つめられてしまうと、上手く返事をすることができない。


 そして、何故だか僕はこのとき、蛇に睨まれた蛙の気持ちが理解できたような気がした。


「だ、駄目に決まってるじゃない! だ、だってりくは……りくは……」


 バンッ、と机を叩いて立ち上がった華恋かれんだったが、波留はるさんは余裕たっぷりな様子で可憐に告げる。


「あら? 華恋かれんちゃん。何か言いたいことがあるなら、はっきり言ったほうがいいと思うわよ?」


「そ、それは……あ、あたしは……り、りくが……!」


 ぐぐっ、となっている華恋かれん


 だが、そんな膠着状態の中をさらに混沌とさせる発言が飛び出す。



「り、りく、くんは! わ、たしの、こうは、い、だも、ん!」



 えっ? と全員が彼女のほうに視線を向ける。


 今、しお先輩、ちゃんとしゃべらなかったか?


 しかし、しお先輩は、そのあと僕を寂しそうな目で見つめるだけで、いつも通りの無口さんに戻ってしまった。


 な、なんだ、この状況は……。


 生まれてこの方、こんなに注目されたことない僕は、額に冷や汗がにじんできてしまっていた。


 えっと……えっと……。


 僕は、どうしたら……!!



「ダーーーーーーーメーーーーーー!!!!」



 店内に、女性の絶叫が響き渡った。


 そして、同時に僕を離さないと言わんばかりに腕にギュッとしがみついてくる。


「ダメダメダメダメ!! りくくんは、私のりくくんだもんっ! そうだよね、りくくん! りくくんだって、お姉ちゃんが大好きって言ってくれたよね!?」


 その瞬間、全員の頭に「!」マークが浮かんだ気がする。


「ね、姉さん!?」


 いや、確かに言ったけれど、それとこれとは話が別じゃないかな!?


「ヤダヤダヤダヤダ! りくくんが誰かに取られちゃうなんて、絶対にヤダ!!」


 子供のように泣きじゃくる姉さん。


「ねえ、紗愛さら。あなたにこんなことを言うのは酷だけど、弟くんだって、将来恋人だってできるんだし、結婚だってするかもしれないのよ。あなたがそんなんじゃあ、りくくんが恋愛もできないじゃない? 可哀想だと思わないの?」


 優しく諭すように、波留はるさんが姉さんに告げる。


 そりゃあ、こんな僕でも、誰かと恋人になったり、結婚だってするかもしれない。


 僕の初恋は終わってしまって、すぐに誰かを好きになったりはしないかもしれないけれど。


 それでもいつか、僕もまた、素敵な出会いが待っているかもしれないのだ。


 そのときは、ちゃんと姉さんにも祝福してもらいたい。


「ううっ……だったら!」


 しかし、姉さんは一層、僕の身体を守るように抱き着いて、こう宣言した。




「私が、りくくんと結婚する!!」




 …………………………………………はい?




「だって、私がりくくんと結婚したら、ずううっっと私がりくくんと一緒にいられるんでしょ! それならいいよねっ!? ねっ!?」


 ネエサンハ、ナニヲイッテルンデショウカ?


「そそそそ、そんなことできるわけないでしょ!? だ、だって、紗愛さらさんとりくは姉弟なんだから……」


 至極当然なことを、華恋かれんが言い放つ。


 しかし、そこで思わぬ反論が返ってきた。



「そんなことないにゃあ☆。ご主人様とご主人様のお姉様はちゃ~んと結婚できるにゃよ☆?」



「うわっ! ニコちゃん!?」


 突然現れたニコさんに驚いた華恋かれんだったが、ニコさんは持ってきてくれたジュースを置きながら、平然と話を続けた。


「だって、ご主人様とご主人様のお姉様は、今のお父様とお母様の連れ子だって聞いたにゃあ☆」


 ん? ニコさんにそんな話をしたっけ?


「ふふ~ん、お得意様のことなら、何でも知ってるニコちゃんなのにゃ☆ で、話を戻すと、法律上はな~んの問題もなく二人は結婚できるにゃあ。ふふふ、ラブラブカップルさんの誕生にゃ~☆ おめでたいにゃあ~♪」


 そう言って、ニコさんは鼻歌を歌いながらキッチンへと戻って行ってしまった。


 ……えっと、つまり、どういうことでしょうか?


「まぁ、そういうことね」


 だから、どういうことですか! 波留はるさん!!


紗愛さらも弟くんの立派な婚約者候補ってことよ。ね、紗愛さら?」



 ……僕は、恐る恐る、姉さんのほうに顔を向ける。




 ――そこには、まるで子供のように目をキラキラさせて微笑んでいる姉さんの姿があった。




りくくぅ~~~~ん!!」


 そして、姉さんは周りのことなど全く気にせず、僕に抱き着きながら頬ずりをする。


りくくん!! お姉ちゃんと結婚しようね。そしたら、朝も毎日起こしてあげて、ご飯も作ってあげる! あとあと、お風呂は一緒に入って、夜は一緒のベッドで寝ようね!!」


 姉さんはすでに妄想の中へトリップしてしまったのか、勝手にこれからの結婚生活を語り始めた。


 っていうか、それ今と大して変わってないよね!!


「そ、そんなの認めないわよ!! あ、あたしだって紗愛さらさんに負けないんだからね!!」


「~~!! ~~~~!!」


 僕が慌てふためく間にも、華恋かれんは何か大声で言っているようだし、しお先輩も頬を膨らませてこっちを見てきている。


「ふふ、弟くんは、これからも大変そうね」


 ただ一人、波留はるさんだけがシニカルに笑いながら楽しそうにしていた。



りくくん、お姉ちゃん、りくくんのことが大好きだからねっ!!」



 栗色くりいろの髪を揺らしながら、細い腕で僕に捕まる姉さん。


 初めて出会った日から、姉さんは何一つ変わっていない。


 僕のことを大切に想ってくれて、優しい姉さん。


 そんな姉さんに向かって、僕は告げる。




「僕はもう、姉さんに甘やかされたくないんだよーーーー!!」



 どうやら、甘すぎる僕のお姉ちゃんとの生活は、これからもまだまだ続いていくようだ。


〈おしまい 特別編へ続く〉

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