第51話 甘すぎる僕のお姉ちゃんと作戦会議


りく、そっちはどう? ちょっとラグはあるみたいだけど、合わせられそう?』


「うん、問題ないよ。ごめんね、華恋かれん。迷惑かけて……」


 僕がそう告げると、華恋かれんは大きなため息と共に、僕に言った。


『あんたねえ、もう何回目よ。あたしたちは大丈夫だって言ってるでしょ? ほら、しお先輩もガツンッと言ってやってください!』


『!?   、         』


『ってことよ。分かったわね、りく! 次謝ったら、あんたを永久にこきつかってやるってしお先輩は言ってるわよ!』


『  、      !?』


 いや、しお先輩はおそらくそんなことは一言も言っていない。いくら通話口から先輩の声が聞こえなかったからと言って事実を捏造しないでね、華恋かれん


『とにかく、あんたはこっちのことは心配しなくていいから、自分のことをちゃんとやりなさいよ。失敗したら承知しないんだから』


「うん、了解」


 僕が短くそう返事をすると、華恋かれんもやれやれと言った感じのため息を漏らした。


 しかし、華恋かれんは少しだけ声のトーンを落として、僕に問いただす。


『ねえ、それで、紗愛さらさんは大丈夫そうなの?』


「えっと、まだ熱は下がってないみたい。さっき、身体の拭いたときに様子を見に行ったけど、顔色は随分よくなってたみたいだから……」


『かかかか、身体!? あ、あんたまさか!?』


 華恋かれんも姉さんの心配をしてくれているのだと思って素直に答えると、何故か動揺した声が届いてきた。


『ちょっと!? いくら何でもそんなことまで……』


「……あっ」


 華恋かれんの慌てぶりに、一体どうしたのかと考えてみると、僕はすぐに自分の失言が判明したので、改めて言い直すことにした。


「い、言っとくけど! 姉さんが身体を拭いてるとき、僕は一緒じゃなかったからな!」


 いくら姉さんが大変なときだからって、そこまでこの僕ができるわけないじゃないか。


 いや、朝にパジャマを着替えたときは一緒にいたけれど、それは今の状況を余計ややこしくしそうだったので言わないようにした。


 ひとまず、僕の説明で華恋かれんも勘違いには気付いてくれたようだ。


『そ、そうよね……あんたにそんな度胸、あるわけないわよね……、あたしのときだって、せっかくいい雰囲気だったのに……』


「ん、華恋かれん? なんか電波が遠いのかな? 最後のほうが全然聞こえなかったんだけど……」


『だ、大丈夫よ、馬鹿! りくのバカッ!』


 あれ、音声の調子が悪いのかと思ったけれど、別にそんなことはなかったらしい。


 でも、とにかく華恋かれんの誤解も解けたようで何よりだ。


 なので、念のためもう一度、最終的な調整を華恋かれんと確認することにした。


華恋かれんだけど、他に僕が気を付けたほうがいいことってないかな?」


 すると、華恋かれんは『う~ん』と喉を鳴らすが、すぐにあっけらかんとした返事をくれる。


『ないわね。しお先輩も、これなら大丈夫って言ってたわ』


「そっか、ありがとう。ところで、しお先輩はまだ傍にいる?」


『ううん、さっき職員の人と一緒に打ち合わせに行くって離れちゃった。そのあとは子どもたちが来るから、案内の手伝いをしてくるって言ってたから、しばらく戻らないと思うけど、どうかしたの?』


 子供たちの案内って、しお先輩、大丈夫かな……なんて考えて、すぐにそれが杞憂であることに気付いた。


 どうやら、先ほどみたいに汐先輩は電話越しの相手だと、ブルースさんにバトンタッチはできないようなのだが、対面する子供相手なら、その役目はブルースさんが果たしてくれるだろう。


 子供たちからみたら、かなり凄い腹話術の持ち主だからな、しお先輩は。きっと大人気になるに違いない。


『あとは、あんたが家にいるからって、緊張感がなくなることが心配なくらいね』


「ははっ……それは、むしろ緊張してるよ。なんたって、殆どぶっつけ本番なんだから」


 そう、僕は今、華恋かれんと通話を続けている。


 本来なら、僕も華恋かれんたちと一緒に公民館にいるところだけれど、姉さんが寝込んでいるところを一人にするわけにはいかない。


 そこで、僕が最善の策として考えたのが、別のパソコンを使って音響の操作をすることだった。


 もちろん、最初からこんなことを予定していたわけではない。


 今朝、華恋かれんに頼んで僕が使うはずだったパソコンを現場まで持っていってもらって、僕が所持していた自分のパソコンを使ってリモートで操作できるように設定していたのだ。


 僕の事情を知った華恋かれんは、すぐに僕の家まで来てくれて受け取ってくれた。


 一応、念には念を入れて、華恋かれんとは顔を合わせずに玄関にノートパソコンが入った紙袋だけ掛けておいたのだけど、すぐに華恋かれんはそれを取りに来てくれて公民館まで向かってくれた。


 ただ、僕が自分の家に残る場合、三つの懸念点が発生していた。


 一つは華恋かれんが公民館までの道を迷わないか? という不安だった。


 これは意外と僕が一番心配していた要素だったんだけど、幸いにも華恋かれんには強い味方がいてくれた。


『任せて!☆ りくくんと華恋かれんの時間を邪魔しちゃ悪いと思ったから、あとから行こうと思ってたけど、そういうことならおばさんが一緒に華恋かれんと公民館に行くからね☆』


 と、華恋かれんの母親であるおばさんから僕のスマホへ連絡が入ったのだ。おばさんから、せっかくだからと、この前遊びに行ったときに連絡先を交換していたのがこんな形で功を奏すとは僕も思っていなかった。


『ちなみに、これが今日の華恋かれんの服装でーす☆ 陸くんに褒めてもらいたくて、新しい服を買ってきたのよ、この子ったら(笑)』


 なんて文章と共に、カメラを向けられたからなのか、赤面して慌てる華恋かれんの写真が納まった画像を送ってきた。


 少し肩を露出させた白いトップスに、水色のロングスカートは、いつもの元気な華恋かれんの姿より少しシックな印象を受けて、思わずドキリとしてしまった。


 そして、悪いとは思いつつも、こんな貴重な華恋かれんの姿を消すというのは勿体なかったので、そっと写真フォルダに保存しておくことにしたのは、それはまた別の話である。


 とにかく、おばさんのおかげで、華恋かれんが迷子になることはないだろう。


 そして、二つの目の懸念要素が、このリモート操作の設定をしお先輩に許可なく勝手にやろうとしたことだった。


 現場の指揮をするのはしお先輩で、となると、責任もしお先輩が持つことになるということで、僕の独断でこんな体制で公演をする権利は全くもっていないということである。


 ただのアシスタントが、監督を無視した演出方法をとったら、現場が混乱するのは当たり前だ。


 だから、華恋かれんに事情を説明するよりも前に、しお先輩には電話で事情を話そうとしたのだ。


 しかし……。


『       』


 しお先輩からは、何の返答も返ってこなかった。


 そして、いきなり、しお先輩から通話を切られてしまったのだった。


「えっ……!? し、しお先輩!?」


 ま、まさか、めっちゃ怒ってる!?


 なんて、僕は冷や汗を垂らしていると、すぐにしお先輩からメッセージアプリで連絡が届いた。


 これは、既に言ってしまっているので改めての説明になってしまうのは甚だ僕の回しが下手だという証左になってしまうのだけれど、声を発しなかったり、いきなり通話を切ったのは、しお先輩は究極的に電話でのやり取りが苦手なだけだったのだ。


 その証拠に、しお先輩からのメッセージは、以前のように普段見慣れないような言葉遣いで僕の現状を心配してくれる文章が綴られており、最後のほうには『問題ありません。私がちゃんと、りくくんや華恋かれんちゃんをサポートできるように致します』と記されてあった(めっちゃ要約すると、そういう意味だったと思う。国語は苦手なので、自信はない)。


 僕はしお先輩にも甘えつつ、現場でのパソコンのセッティングは全てしお先輩に任せることにしたのだ。


 そして、残る最後の一つはというと、これは僕が抜けてしまうことで必然的に起こってしまう、部員不足の問題だった。


 そればかりは、どう頑張っても『僕が現場にいない』という事実を覆すことはできない。


 僕には現場で音響を任されているだけでなく、ちゃんと配役や舞台のセットを用意するといった仕事を兼任していた。


 なので、いくらネット通信が捗ったとしても、僕が現場でやらなければいけない仕事はたくさんあったのだ。


 その穴だけは、僕はもちろんのこと、既に役柄が決まっている華恋かれんしお先輩にも任せられない。


 ――だから、あと一人だけ、協力してもらわなければいけない人がいたのだ。



『ひぃあ!?』



「か、華恋かれん!?」


 突然、通話中の華恋から悲鳴のような声が聞こえた。


 もしや、何かトラブルが!? と焦った僕の耳に聞こえてきたのは、落ち着いた、どこか魅了的な声だった。



『ふふっ、お楽しみのところ、ごめんなさい。すっごく綺麗なうなじが見えたから、つい触りたくなったの』



 そして、その声の主に向かって、華恋かれんが反論する。


『な、何ですかそのふざけた理由は!? いい加減にしてくださいっ!』


 しかし、その声の主は華恋かれんにではなく、僕に向かって声をかける。



『ねえ、もそう思うでしょ?』



 そう言って、姉さんの親友であり、姉さんが一番信頼している人物。



 仁科にしな波留はるさんが、通話口の向こうでシニカルに笑っている姿が容易に想像できたのだった。

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