第60話 戦争の記憶を引きずるプロ野球

 新型コロナウイルスの蔓延で緊急事態発言が“発出”されたため、社会の隅々まで影響が及びました。夏の全国高校野球選手権大会もほかのスポーツ同様に中止になりました。紆余曲折ありましたが、先に中止になっていたセンバツ野球大会の出場が決まっていた全国32の高校がこの夏、一試合ながら甲子園で試合ができるようになったことは明るいニュースでした。これから全国大会を控えるサッカーやラグビーはもちろん、予選が出来なかったことで3年生の集大成のインターハイなどが白紙になっている他の競技についても自粛要請が解除になった今、スケジュールを再調整してほしいと思います。


 さて、前回に続き野球の話です。今更ですが野球は元々、アメリカから“輸入”されたスポーツです(ここでは便宜的に英国発祥のクリケットについては議論しません。お許し下さい)。野球用語についての一考察です。


 俳人の正岡子規が大の野球好きだったというエピソードは有名ですね。自ら野球にかけて“のぼる”と改名したほどです。野球用語の「バッター」「ランナー」「フォアボール」などの英語をそれぞれ「打者」「走者」「四球」と翻訳したのも子規と言われています。

 しかし、アメリカから輸入された競技ゆえの不幸もありました。戦時中はプロ野球選手も徴兵されましたし、プロ野球(当時は「職業野球」)も学生野球も中止され、敵国のスポーツということで野球用語も無理矢理、日本語に置き換えられました。“鬼畜米兵きちくべいえい”の時代ですから仕方ありません。私は当時の怨念というか名残が現在に生き続けていると感じています。

 幾つか例を挙げましょう。例えば、「アウト」。日本語では「ワンアウト(口語ではワンナウト)」のことを「一死」。「ツーアウト」は「二死」と言います。NHKのアナウンサーも何の抵抗もなくそう叫びます。ただ、アウトになっただけなのに“死んでしまう”スポーツが他にあるでしょうか。英語の「OUT」に「死ぬ」なんて意味はないはずです。

 守備でいうと、ゴロ・アウトもフライ・アウトも「捕殺」とか「刺殺」とかで記録されます。特にゴロ・アウトの場合はひとりの打者走者に対し内野ゴロを処理した選手に「捕殺」、ボールを受けた一塁手に「刺殺」が記録されますのでひとつのプレーで二度殺されるようなものです。稀有なプレーですが、不運なトリプル・プレーは「三重殺」。守備側は喜色満面でしょうが、食らった打者走者の落胆は想像に余りあります。ファール・フライは「邪飛」。「邪」という漢字を辞書で引くと真っ先に出てくるのは「心がねじ曲がって正しくないこと」。打った本人は正々堂々とプレーしているのに、当てる漢字が容赦ないほど残酷ですね。


 新聞の見出しがさらに“追い打ち”を掛けます。本塁でのタッチ・アウトで勝敗を決した場合、「憤死」などと当たり前のように見出しが躍りますし、逆に間一髪のクロス・プレーでホームインした場合には「生還」などと仰々しく扱われます。「憤死」を辞書で引くと「激しい怒りのうちに死ぬこと」とあり、同じく「生還」は「(戦地から)危険な状態をきりぬけて生きて帰ること」とあります。もちろん「野球で惜しくも本塁でアウトになることと」「ランナーが生きてホームインすること」の意味もありますが、いずれの辞書も一義的には”戦争用語“として扱われています。本塁打は“弾”が付き、打たれた投手には“”と見出しが躍ります。国内のリーグ戦ならまだ許容範囲ですが、日米戦や日韓戦などの国際試合になると互いのナショナリズムが過熱することもしばしばですね。サッカーでもそうですが、日韓戦の場合は特に感情的になりがちなのは今更私が言うまでもないでしょう。


 21世紀のこの時代です。BSO表示やコリジョン・ルール、時間短縮のための申告敬遠、救援投手のワンポイント禁止など、MLBに追随するのなら、用語についても戦時下を彷彿とさせる危なそうな当て字はやめて、メジャーに倣ってはどうかなという、ポジティブでささやかな提案です。私のゼミ員には概ね好評だったんですけどね。


『ヒデ~オ、ヒデェ~オ。野茂が投げればダイジョーブ! One-out, two-outs, three-outs, Change!  野茂が投げればダイジョーブ!』

『イッチロ~、レーザー・ビーーーム!』

『ビッグ・フライ! オオタニサ~ン』

メジャー・リーグは応援も実況もこんなに明るくて開放的なんですから。

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