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遥は久しぶりに、本当に久しぶりに研究所の最深部にやってきた。
手動で壁にあるスイッチを押して電気をつける。世界は明るくなり、無機質な色を遥の網膜の中に露出させた。
かんかん、という足音を立てながら遥は移動する。遥は靴を履いているのだ。それだけではなく、遥は白いワンピースの上に暖房用のジャンパーを羽織っていた。それは管理された研究所内において、この場所が本来は立ち入り禁止区画となっていることを証明していた。研究所内において、服装に気をつけなければいけない場所は、この冷たい研究所最深部だけだった。
目的としている場所は向かいの大きな壁にある一つのドアだった。
遥はまっすぐ一直線に床の上を歩いて、ドアの前まで移動した。遥の両手はずっとジャンパーのポケットの中にしまわれている。
やがて遥がドアの前に辿りつく。
しかし、もう一歩を踏み出せない。
いやな想像しかできない。
考えてはいけねいと思っても、どうしても想像してしまう。
今にも、ドアの向こう側から、ばん! と、嫌な音がして、遥にタイムリミットが来たことを告げるのだ。
お前は無力だ。お前は間に合わなかったのだ、と告げるのだ。なんでもかんでも拾ってしまうからそうなるのだと、すべてを救おうとするからそうなるのだと、お前に世界なんて救えないと、たった一人の自分の親友ですら、お前は救えないのだと、そんな不都合な真実を遥に嫌という程告げるのだ。
もし、本当にそうなってしまったら、私はきっと絶望するだろう、ともう一人の遥は冷静に認識する。
そしてその嫌なイメージを、遥は目を閉じて、できるだけ具体的に頭の中でシュミレーションしてみる。
遥はそっと目を開けた。それはとても嫌な物語だった。でも、もっとも確率の高いと思われる空想だった。遥は怖くなった。一番見たくないものを、これから見なければならないかもしれないと思うと、その足がすくんだ。早く、一刻でも早くドアの向こう側に行かなければならないということはわかっていた。でもどうしても一歩を踏み出すことができなかった。
遥の想像力はいつも彼女自身を縛り付けた。
遥はとても長い間、その場でじっとしていたが、その間、どこからも乾いた銃声は聞こえてこなかった。銃声は遥の頭の中にだけあった。
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