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「ここ、私の生まれた場所なんですよ」
「ハッピーバースデー」夏は言う。
雛は小さな声で、でもはっきりと、『先ほどの秘密の答え』を夏に教えてくれた。
雛の目は今もドアと壁と、そして夏ではなく、じっと暗い床に向けられている。
夏は自分を見ようとしない雛がどんな表情をしているのか、少しだけ考えてみた。そして夏が思い描いた空想の雛の顔は、あのなんの感情も浮かべていない、あの白い部屋の中で、あのガラスの壁の向こう側で、ずっとじっとしている、動かない人形のような雛の顔だった。(夏そっくりの雛の顔だ)
夏は雛のお尻に目を向ける。
そこにプラグコードはない。ちゃんとした雛のお尻があるだけだ。
変なこと考えてごめんね、雛ちゃん。
と、夏は心の中で雛に謝った。
それから夏はごめんね、の言葉の代わりにそっと、不意打ちで、雛の頬にキスをした。
「きゃ!」
と声を上げて雛が大げさに驚いた。
信じられない、といった表情をして自分を見る雛を見て、夏はそんなに驚かなくてもいいのにな……、と思い、ちょっとがっかりした。
「ハッピーバースデー」
もう一度、雛の手をぎゅっと握りながら、雛の両目をしっかりと自分の両目で見つめながら、夏は笑顔でそう言った。
瞬間、雛の手がぶるっと小さく震えた。
そして、その美しい海のような青色の目には涙が溢れて、それは我慢しきれずに一粒だけ、雛の白い頬のつたって暗い床の上にぽとり、と落っこちた。
雛の頬には涙の跡が残っている。
その跡を夏はそっと自分の右手の指で拭った。
「早く消さないとそれ、ずっと残っちゃうからね」
「……」
「どうしたの?」
夏は質問をする。
それから小さな雛の体をしっかりと自分の体で抱きしめた。
「……りがとう」
「なに? よく聞こえない」
「ありがとう、夏さん」小さな声で雛は言う。
それから雛はまるで川が洪水を起こしたように、反射的に泣き出した。たくさんの透明な涙が、夏の体の中を流れていった。それを夏はとても愛おしいと思った。
雛の涙は暖かい。(冷たくなんて、全然なかった)
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