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 夏は雛に会いに行くことにした。

 相変わらす宇宙船の中のような機密性の高い、白い通路を歩いて夏は雛の部屋の前まで移動した。

 部屋の中に入ると、そこには相変わらずの雛がいた。

 雛はお人形さんみたいにじっとしていて、ガラスの壁の向こう側で、椅子の上に座っていた。

 その姿は人間の女の子というよりも、なにかの特売で売りに出されているアンドロイドの女の子(お人形さん)、というほう表現のほうがとてもしっくりとしたし、夏も初めて雛を見たときはそう思った。

 ほんの、まだ数日前のお話だ。

 なんだかその日からとても長い時間が経ったみたいに感じる。

 この研究所はもしかしたら、タイムマシンにでもなっているのかもしれない。

 外に出たときに、時間が百年とか経過していたら、素敵だと夏は思った。

 夏は椅子を移動させガラスの壁越しに雛の目の前の場所に座った。

 そこは、いつも夏がそこに座る場所。

 だからいつものように、部屋のこちら側と向こう側が鏡に映したように同じ構図になった。

「雛ちゃん」

 試しに夏は雛の名前を呼んでみた。

 だけど、やっぱり、雛からは返事がない。

 まあ、あれだけよんでも出てこないのだから、当然かな、と夏は思った。

 夏はガラスの壁越しに雛の姿をじっと見つめる。

 一人でぽつんと座っている雛はこんなに綺麗なのに、なぜか不思議と一体だけ売れ残ってしまって、ショーウインドーの中に取り残されてしまっている、しかもそのおかげで何十パーセントか価格がオフになっている札を貼られたセール中の(ひとりぼっちの)お人形さんみたいだった。

(夏もよく自分が『不良品』の大きな名札をつけて、ゴミ捨て場に捨てられている夢を見た。やっぱり私と雛ちゃんはよく似ていると夏は思った)

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