第41話 キャットファイト
「このドロボウ猫! よくも私から彼を奪ったわね」
「言いがかりはやめてよ。彼の方から声をかけて来たんだから。ちゃんとしっかりハートをつかんでいればこんなことになるわけ無いの。あなたには何か足りない所があるんじゃないかしら?」
前川さやかがフフンと鼻で笑い挑戦的に胸をそらした。胸の下で腕を組んでいるので狂暴ともいえる膨らみの存在がさらに強調されている。
「ね。あなたもそう思うでしょ?」
話題を振られた圭太は目を白黒させる。
「あ、う、え」
口から洩れる意味の無い音節を聞いた宇嘉がまなじりを釣りあげた。
「ちょっと、どういうことなの? まさか、同意するというわけじゃないでしょうね?」
「もちろん。完全に同意するわよね」
圭太の側に歩み寄った前川さやかはしなだれかかり、耳元に息を吹きかける。
「だって、そうでしょう?」
板挟みになった圭太は何も言えない。
つかつかと歩み寄った宇嘉が反対側からぐいと圭太の腕を取って引っ張る。
「あなたは騙されているのよ。こんな性悪と一緒になっても幸せにはなれないわ」
「そんなことはないわよねえ。だって、この間も……」
「シンジ。まさか、カハルと……。ねえ、嘘と言ってよ」
「カット!!」
後藤寺純が叫ぶ。
「二人とも凄いじゃない。迫真の演技だったわ。まるで本物の修羅場みたいよ。前川くんはもうちょっとしっかりしてくれないと、折角の二人の演技が台無し。なんで二人が争ってるのか分からなくなっちゃうわ」
ぐさっと言葉のナイフで心臓を刺された圭太はしょんぼりとしてしまう。どうせ俺はパッとしないですよ。だったら他の配役にすればいいじゃないか。密かに心の中で涙する。しかし、そういうわけにもいかない。というのも、圭太の通う高校の学園祭で、水泳部と陸上部が合同で劇をすることになっていた。
シナリオはドロッドロの愛憎劇。圭太演ずるシンジを巡る女性2人の確執が話の中心になる。高校の学園祭の演目としてどうかと言いかけた圭太は、原案が後藤寺さんと聞いて何も言えなくなる。主役の女性二人の配役はすぐに決まった。観客動員力を考えて、宇嘉がまず決まり、次いで宇嘉が前川先輩を相方に選んだ。
ドリームランドに出かけてからというもの二人の仲は急速に良くなっている。宇嘉にしてみれば、涼介の彼女である前川先輩は圭太の性格を考えるに警戒する必要が全くなかった。前川にしてみれば宇嘉は可愛い妹というポジションである。
「もし私がやるなら先輩も一緒にやりましょうよ」
「うーん。まあ、宇嘉ちゃんが言うならやってみようかな」
この二人の間で揺れ動く男の役の選考は難航した。最初は涼介という話しもあったのだが、前川さやかが難色を示す。
「なんか、ちょっと生々しすぎるのよね」
「分かります」
一通り、水泳部と陸上部の男子生徒全員が試してみたのだが、なかなかにうまくいかなかった。宇嘉に面と向かって笑みを向けられるだけで、大抵の男子生徒が硬直したまま動けなくなってしまう。中には過呼吸になって倒れる者も出る始末で、最終的には圭太で落ち着いた。
はっきりいって大根役者ぶりでは五十歩百歩というところだったが、一応宇嘉にセリフを言えるというだけマシだった。とはいえ、大勢の前で見せられるレベルではない。そこで猛練習をしているところだった。時折、後藤寺純がやってきては登場人物の心情などの説明に基づく演技指導をしていく。
中間試験の結果が発表されてから、後藤寺の圭太への態度はすこぶる改善していた。全体順位としては後藤寺の方が上だったが、多くの教科で圭太の方が上だったのだ。英語が壊滅的な成績でなければ学年1位もありえる結果だった。特に漢文で最高点を叩きだしたのが大きい。
受験科目としての重要度が低い漢文はいわゆる成績上位者でもあまり力を入れていないものが多い。その中で高得点を挙げたことは後藤寺の中での圭太の評価を好転させる。実のところは、まだ受験のことなど考えていないだけなのだが、それは後藤寺の知るところではない。
知性と教養を高めるために勉学に勤しんでいるという誤解のフィルターを通してみれば、宇嘉と適当な距離をおこうとしていることは学生の本分を全うしようというように見える。実際に話をしてみれば、他の男子生徒に比べれば圧倒的に知識も豊富であった。
すぐに馴れ馴れしくなることもないし、話題も軽々しいことはない。昨夜の配信がどうだったとか、バカでかい声でエロ動画の話をするわけでもない。変にキラキラとした陽気なスポーツマンでないことも純の好みに一致した。地味と言えば地味だが、その分、純にしてみても安心して会話をすることができる。
こうなると、ときおり自分の胸の上に圭太の視線が彷徨ってしまうのさえ、許容できてしまうようになる。圭太もドリームランドの帰りに前川先輩の谷間を覗いてしまった1件から、可能な限り露骨な視線は避けるようになった。そして、自分の書いたシナリオを演じるのが圭太ということになり事態は更に進展する。
シンジは後藤寺純が割とダメなナンパ男として描いた。後藤寺の中ではまともな男子である圭太に役柄として堕ちた姿を演じさせることに倒錯的な喜びを見出してしまったのだった。圭太がなかなかシンジとしてうまく演技できないのを見て、純は指導に熱が入る。
「前川くん。そうじゃないんだなあ。分かる? シンジってもっと小狡くて、二人の間をうまく立ち回っておいしい思いをできればいいって男なんだからさ」
「いえ、そんなことを言われても……」
「ほら、言ってみて。俺にはお前しかいないんだ」
「……俺には、お、お」
「ダメじゃない。そこで噛んだら台無しでしょ」
とても圭太には口にできそうもない台詞を強要する羞恥プレイに、後藤寺は体の芯が熱くなる。そして、圭太が絶望の表情を浮かべると励ますことも忘れない。
「前川くんならできるから。大丈夫。頑張ろう」
そんな、後藤寺の姿を見て、宇嘉は対抗心を燃やすかといえばそうでも無かった。演技とはいえ、圭太から本来なら絶対に聞けない甘いセリフをささやかれるのである。その役得を十分に堪能していた。そんな中、圭太一人が精神値をゴリゴリ削られていた。
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