第40話 帰宅途中に

「それで、今日のところはそのままお帰りになるということでよろしいのですね?」

「ええ。私もまだまだ修行が足りません。あの程度のことで動揺するようでは、うまくことに及べるか自信が無くなりました」


 圭太と再会したその日に布団に連れ込もうとした人物の発言なのだろうか。言っていることとやっていることのギャップがひどいが、宇嘉もまだまだこういう面では経験が足りないのだった。


「あ、お嬢様。だったら、予約していた部屋は私が使ってもいいですか?」

 宇嘉の足りないところだけは豊富な阿呆が割り込んでくる。

「山吹。ちょっと、スマホ返しなさいよ」

「ほら、当日キャンセルだと取消料全額だし、だったら有効活用をした方がいいですよね?」


 宇嘉はため息をつく。

「好きにすればいいわ」

「さすが、お嬢様は話が分かってらっしゃる。それで、圭太さまは何分後にこっちの来れそうですか?」


「……」

「もしもーし。あれ? お嬢様、電話聞こえてます?」

 電波で結ばれた空間に沈黙が下りる。この静寂で山吹は何かを感じ取るべきだったのだが、そんな気遣いとかデリカシーとかいうものは山吹には無い。


「圭太は私と一緒に家に帰ります。どうして圭太だけが残るなんて発想になるのよ?」

「一人寝じゃ寂しいじゃないですか。お嬢様がその気にならなくても圭太さまはどうか分からないですし、私が相手をすれば一石二鳥じゃないです?」

 何の相手をするのか。


 宇嘉が怒声を発しようとする直前に電話口の相手が変わる。

「失礼いたしました、お嬢様。このバカはお帰りになるまでの間、しっかりと反省させておきますのでご安心ください。それとお部屋の方は私の方でキャンセルさせていただきました」


「ありがとう。石見。助かるわ」

「お嬢様。差し出がましいことを申し上げますが、今日のことはこれで良かったかと存じます。急いては事を仕損じると申しますし」

「ええ、そうね。これ以上遅くなったら変な疑いをかけられそうだから切るわ」


 宇嘉はポーチにスマートフォンを入れ、コツンと小瓶にぶつかった。中には真っ黒な粉上のものが詰まっている。隙を見て圭太の食事に混ぜようとしていた物だった。未練を断ち切るようにポーチをパチンととじると、洗面台の奥にある大きな鏡を見る。頬を軽く叩くとキュっと口角を上げた。遠足は家に帰るまでが遠足なのだ。帰り道も気を抜くわけにはいかなかった。


 ***


 遅くまで遊んで花火まで見てしまったので帰り道はかなり混んだ電車に乗ることになってしまう。ロングシートに2人分だけ空席があったので、圭太と涼介はそこに女性二人を座らせた。圭太はその正面に涼介と二人で吊革につかまる。電車の窓ガラスに映る自分たちの様子を見るともなしに見ていた。


 自宅で鏡を見ているときはそれほど気にならなかったが、こうやって二人並ぶと涼介の顔の良さと比べて自分の見た目の平凡さにがっかりとしてしまう。高校では中身の残念さが知れ渡っているので女子の評判はイマイチだが、見た目だけならかなりいい線をいっている。


 もちろん、涼介はいい奴だ。自然と周囲に人が寄ってくる何かがある。成績は良くないが、決して記憶力が悪いわけでもない。関心の方向が一点に向いてしまっていて、それ以外のことに興味が湧かないというだけである。もちろん、その一点とは巨乳であり、その具現化したイデアともいえる前川先輩である。


 自分ももうちょっと涼介のようにストイックに巨乳道を突き詰めなくてはいけないかったのだろうかと反省する圭太だった。圭太も好きなことでは涼介に劣るつもりはないが、勉強にもエネルギーを割いてしまうし、食べ物につられやすいということも自覚している。


 涼介から前川先輩を奪う気もないし、そもそも相手にされるとも思っていないのだが、昨年から自分もこの学校に通っていれば1%ぐらいはチャンスがあったのではないか。そんなことをぼんやりと考えているとガラスに映る涼介の挙動がおかしいことに気づく。


 窓に写った端正な涼介の顔を見ると目線が不自然に下に向かっていた。それに誘導されるように自分の視線を下ろした圭太はそこにパラダイスを見出すことになる。前川先輩は少し前かがみになって宇嘉が持っているドリームランドのグッズに視線を向けていた。


 前川先輩は席に座っている。つまり、圭太は自然と見下ろす形になるわけだ。ということで、先輩の豊かな谷間をしっかりばっちり目撃してしまう。グッズの方に伸ばす手の動きにつられてまるで別の独立した生き物のようにふにゃんと揺れる大きな物体から目が離せなくなってしまった。


 腹を押されるので目を上げると涼介が片目をつぶった。男にウィンクされても嬉しくもなんともないが、言わんとする意図は十分に伝わった。親友といえども超えてはならぬ一線がある。いや、そうは言っても視線が向かっちゃうだろう。だいたいお前もこんな風に覗かなかなくったっていいだろと圭太は思う。


 まあ、気持ちは分からなくもない。ばばーんとモロだしされてしまうよりは、見えそうで見えない、隠された部分があるという方がグッとくる。とはいえ、涼介のやつ、見るだけでなく、どこまでしたんだろうなあ? 遠い眼をしつつ、ついつい悲しい性で視線が下の方に降りていき……。


「前川くんどうかした?」

 にこやかな笑みを浮かべて先輩が見上げている。その横では宇嘉が圭太のことを睨んでいた。

「あ、いえ、別に……。すいません。ちょっとぼーっとしちゃって」


 ははは。圭太は力ない笑いを漏らしてごまかそうとする。やべ、前川先輩には自分の性癖はバレているんだった。そういえば、初対面のときにも警告されたっけ。相手には気づかれていないつもりでも胸を見ている視線はわかるものよって。横を見ると涼介はちゃっかり吊革広告に目を向けている。


 再び宇嘉と前川先輩がグッズを手に話し始めたのを確認すると、圭太はため込んでいた息をそっと吐きだした。ふう、危ないところだった。窓に写る涼介を見るとニッと笑う。口の動きだけでメッセージを送ってきた。

「だから言ったろ。バレるって」


 圭太も声を出さずに返事を返す。

「そういうお前だって」

「巨乳男爵」

「うるせえ、この巨乳王子」


 そこまでやってお互いに笑う。疲れたが楽しい1日だった。色々とアクシデントもあったが、まさにダブルデートなんて去年の同じ時期からすれば想像もできないイベントだった。楽しそうに談笑する宇嘉を見ながら、あとはもうちょっと成長してくれれば、などと未練がましく考える圭太だった。


 


 


 


 

 

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