第12話 ランチルーム
青春時代は時間が経つのが早い。素晴らしい観賞物があるのであればなおさらだ。ということで、昼休みになった。4時間も授業を受けると腹が減る。圭太は朝早く出てきてしまったので弁当が無い。コンビニエンスストアで買った財布の許す限り最大のカロリーが摂取できるロールパン、期間限定で1個増量中をどこで食おうか圭太は考えた。
あまりに寂しい昼飯を自席というのも侘しいので、ランチルームとして開放される小講堂に行くか、はたまた人気のない最上階の階段にでも行くか? いや、このパンの袋を下げて移動するのも面倒だから自席で、と考えていた時だった。教室の入口付近でざわめきが起こる。
「圭太。一緒にお昼を食べましょう」
その声が衝撃となって教室内の空気を震わせる。発した人物はスススと圭太の側に寄ってきた。能の演者のように滑るような動きだった。顔を上げた圭太は間近に宇嘉の笑顔を見出して驚く。
「え、あ、お」
意味不明な声をあげる圭太を見て、宇嘉はクスリと笑った。
「圭太。どうしたの? パンを丸飲みでもした? さ、そんなものは置いていて、行きましょう」
宇嘉は手に下げていた風呂敷包みを掲げて見せる。明らかに一人分ではない量が包まれていた。先日の料理を思い出し圭太は思わずゴクリとつばを飲み込む。とたんにぎゅるぎゅるとお腹が鳴った。圭太は赤面する。それを見て宇嘉は圭太の腕を取った。
「今日も美味しいもの一杯作ってあるの」
圭太の腕に捕まるような姿勢で、その実、圭太を引っ張って宇嘉はランチルームへと歩みを進める。部屋に着くと空いていた席に圭太を座らせ包みを解いた。中からは揃いのお弁当箱が出てくる。2段重ねの大きなお弁当箱を宇嘉は圭太に勧めた。
「さあ、どうぞ」
煙るような笑みに圭太は抵抗できず蓋を開ければ、いつぞやのような料理の数々が弁当箱一杯に詰まっていた。前回に比べると肉の量が多い。箸を伸ばしてパン粉に包まれた薄いものを口に運ぶ。じわりと溢れるウスターソースの味。牛肉を揚げて味をしみこませてあった。
その隣はミートボール。さらに鶏肉にネギ塩たれがかかったもの。牛・豚・鳥。肉の三国志だった。味付けは濃いめでご飯が進む。我を忘れて食べ進める圭太だったが、食べ物を詰まらせてむせる。スッと目の前にプラスチック製のコップが差し出された。
「ありがとう」
圭太が礼を言って、コップを返す。微笑みを返すと宇嘉は水筒からコップにお茶を注ぎ口に含んだ。
「え?」
宇嘉と圭太に固唾をのんで注視していた周囲からも反応が漏れる。ランチルームにはカップルか、彼氏彼女持ちのグループしかいないが、その中でも二人は目立った。宇嘉は目を伏せる。
「うっかり、飲み物は一つしか持ってこなくて……」
大嘘であった。山吹が弁当に続いて2つ水筒を用意しようとしていた宇嘉を止めたのだった。
「お嬢様。水筒とコップが一つしか無ければ……あとはお分かりですね?」
それに対する宇嘉の返事は、素晴らしい笑みであった。
宇嘉の渡したコップは片側にしか取っ手が無い。慌てていたがなんとなく圭太には右手で取っ手を持っていた記憶がある。そして、コップを持つ宇嘉の手も右だ。つまり、コップに圭太の唇が触れた場所から宇嘉もお茶を飲んでいるということになる。そこから導き出される答えは、間接キスだった。
その事実に固まる圭太を、コップを下ろした宇嘉は不思議そうに眺めている。
「どうかなさいました?」
「いや、別に……」
宇嘉は上品に箸を使い始める。
その実、宇嘉は内心でウキウキしていた。圭太の態度から、宇嘉と間接キスになったことに気づいていることを読み取って、初々しい反応に心が躍る。まだ、他人とそういうことをしたことがないのは明らかだった。次は直接頂きますわ、心に誓う宇嘉である。
食べ終わった圭太は満足だった。パンをかじるだけのはずだったのが豪華なお弁当になったのだ。しかも、好物の肉がたっぷりである。腹が膨れて初めて周囲の様子に気が付く。皆がチラチラと圭太と宇嘉に密やかな視線を向けていた。ランチルームの入口から覗き込んでいる人もいる。
いそいそと空き容器を片付ける宇嘉を見ながら囁く声が耳に聞こえてきた。
「あれって、つまり……」
「さすがにありえなくない?」
「ちょっと、あんた、なんで物欲しそうな顔してんの?」
男子校に居た圭太は知る由も無かったが、ランチルームで昼を食べるなんてのは、リア充組しかいないのであった。つまり、圭太と宇嘉もそーいう目で見られているのである。しかも彼氏の分までお弁当を作って持ってくるなんて、相当関係が深いと見られても仕方ない。
一方は入学式で一大旋風を巻き起こした美少女。もう一方は、どちらかというと地味な転校生。授業開始初日にして爆誕したカップルの噂は音速を超えた速さで校内に広まる。多くの男子生徒の憎悪と羨望、女子生徒の疑問を巻き起こしながら、二人の話は駆け巡った。
圭太にとっては単に餌をくれる知人という認識でしかなかったのだが、遅まきながら、他人の目にどう映っているのかを感じ始めた。
「そ、それじゃあ、ご馳走様」
圭太は雰囲気にいたたまれなくなり、逃げるようにして教室に戻る。
その行動は宇嘉への同情と圭太への非難の感情を巻き起こす。飯だけ食って、さよならとか、まさに食い逃げであった。休み時間が終わるまで恋人同士のどうでもいい軽い語らいをせずしてどうしようというのか。置いてきぼりを食らった宇嘉であるが平然と片づけを終えて立ち上がる。
教室に戻った圭太のところに涼介だけでなく、クラスの男子生徒が詰めかけてきた。
「おい、圭太。まさかと思うが……」
「前川。どういうことなんだ。お前と草深さんとはどういう関係なんだ?」
ようやく事態を把握する圭太。
「いや。隣に住んでいて、この間も食事をご馳走になっただけなんだが……」
「なに言ってんだ。彼女は完全に目がハートになっていたぞ」
「単なるメシ友のつもりなのか?」
「いや、だって、俺はでかくないと……」
涼介が圭太の手を握る。
「圭太。疑って悪かった。ちっぱい派に寝返ったのかと思ったぜ。俺のことを殴れ」
「いや。涼介。俺こそ誤解を与えるような行動をして軽率だった」
メロスとセリヌンティウスばりの友情を展開する中で、圭太の立場が加速度的に悪くなっていっていることをこの時点では圭太は知らなかった。
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