第10話 作戦
今日は入学式で学校は休みなので、圭太はゆっくりと起きてきた。シリアルの寂しい朝食をずるずる啜りながら、隣家のとんでもない美少女のことを想いだす。初めて会った日以降体調を崩して寝たきりだったのでその後顔を合わせていない。もうちょっと愛想よくしておくべきだったかとちょっとだけ反省していた。
圭太のスマートフォンが振動する。画面には涼介の文字。
「ハロー。俺の研究成果はどうだった?」
「ああ、涼介。素晴らしいものだった」
「それで、気になる子はいたかい?」
「ああ。在校生では3人ぐらいかな。彼氏の有り無しを無視して良ければ、3Dの麻宮先輩、2Aの市川さん、2Cの後藤寺さんあたりが……」
「さすがだな。153人からその3人をピックアップするとは」
「いや、それほどでも。しかし、後藤寺さんてクラスにいた印象が無いんだが……」
「お前が紹介されながら、対潜レーダー並みに女子の胸を走査していたのには気づいていたよ。彼女は昨日は欠席していたからな」
「なるほど」
「しかし、そういうことなら俺とマブダチだと知れたのはまずかったかもな」
「どうしてだ?」
「彼女はどちらかというと大きすぎることがコンプレックスらしくてな。それを目当てに近づいていると思われるとマイナスになりかねん」
「そうか……」
「まあ、がっかりするな。まだダメと決まった訳じゃ無いからな。それとだ、今日、入学式ですごいことがあったぞ」
「今日は休みなのに何で知っているんだ?」
「式の準備に駆り出されてたからね。こっちとしても新ノートを完成させるために望むところだったんだ」
「なるほど。それで凄いこととは?」
「うむ。とんでもない美人が入学式にいたんだよ。まあ、胸はそれほどでも無いのが玉に瑕ではあったな。この俺をして、宗旨替えしそうになるほどの逸材だったぞ」
「それほどなのか?」
涼介は心の底からの巨乳愛好家である。圭太もたいがいだが涼介には及ばない。
「ああ。隣に座っていたのは鼻血で保健室送りになっていたほどだ」
「それは強烈だな」
「他にも先ほどの3人に匹敵するポテンシャルを有する人材がいたからな、新ノートを楽しみにしておいてくれよな」
「恩に着るよ」
電話を切ると圭太は明日からの学校生活に思いをはせた。新入生に涼介の眼鏡に適う人材がいるとは頼もしい。先ほど名前を挙げた3名のうち麻宮先輩には彼氏有の確定情報があった。市川さんにも濃厚に疑いがある。となると、後藤寺さん1択だが、巨乳スキーに抵抗感があるとなると中々に難しい。
先日の宇嘉という子からの熱烈アプローチを受けても圭太は自分の評価について楽観視はしていなかった。得意なスポーツがあるわけではなく、コミュニケーション能力が高いわけでもない圭太に女性が好意を抱いてくれる可能性は低い。唯一他人に勝る点があるとすれば男子校という監獄に1年いた経験だろう。
話しかければ声が届く範囲に女子がいるということがどれほどアドバンテージがあるか分かっていない共学校の男子生徒どもには負けられない。ちょっとしたチャンスを生かせばいいのだ。消しゴムを拾う程度のことだってうまくすれば会話の糸口になるかもしれない。どうすればいいのかは圭太には分からなかったが。
まあ、意識の差があるかどうかが意外と勝負の分かれ目になったりするものである。先着順とまでは言わないが、すでに意中の相手がいる状態よりは、いない相手の方がなびく可能性は高い。女の子の中にも高望みはしないという子だっているかもしれないじゃないか。
涼介の電話の時点で、下級生の名前を聞いていれば、圭太にも手の打ちようはあったかもしれない。ほとんどないにしても、不意打ちを受けることは無かっただろう。ただ、圭太は宇嘉の様子から勝手に自分より年上だと思い込んでいた。これが翌日の圭太の狼狽の原因となるのだが、残念ながらこの時点では知りえなかった。
***
「よろしいですか。お嬢様」
「なーに、石見?」
「明日の圭太さまへのアプローチ、この石見めが3案考えました」
「あら、さすが両兵衛に負けぬと言われるだけのことはありますね」
「まずは明朝、少し早めの時間に圭太さまをお迎えに行くのが1案。校門の所で食パンを咥えたお嬢様が圭太さまにぶつかるのが2案。そして最後がお昼休みに圭太さまの教室にランチのお誘いに行くというものです」
「それでどの案がお勧めなの?」
「第2案は古典的ともいえる手口で成功率も高いと思われますがお嬢様の人となりにそぐいません。はしたないですし、食パンのバターがお二人の制服については1日気分も沈みます。魂が入れ替わったりしても面倒ですし」
「では、残りの2案は?」
「兵は神速を貴ぶと申しますし、夜討ち朝駆けは戦の常套手段ですから、第1案をお勧めいたします」
「石見、何か話がずれてないかしら? 別に戦おうという訳ではないのですから」
「いえ。お嬢様。恋とは戦いでございます」
ずいっと身を乗り出す石見の気迫に宇嘉は押される。
「そ、そう? それでは、明朝、圭太さまをお迎えに行くことといたします」
「畏まりました。もちろん、不測の事態に備えて、第3案の準備もしてあります。この通り」
石見が揃いのデザインのお弁当箱を宇嘉に示す。サイズは2回りほど違い、色も異なったが対になっていることは明らかだった。
「恋愛に関しては草食系かもしれませんが、こと食事に関してはそのようなご様子もありませんので、がっつりとお肉をご用意させていただきます。先日に引き続き、圭太さまの胃袋から攻め落としてしまいましょう」
「分かりました。では、そのように。ところで山吹の姿が見えませんが」
「山吹は部屋で事例研究をするとか言ってました」
「事例研究ですか? それは結構ですけれど、一体何をしているのでしょう?」
そそそ、と足音をさせずに宇嘉が去って行く。しばらくすると悲鳴があがった。
「お、お嬢様。これは大事な研究なのです」
「ど、どうして、裸の女性が描かれた絵が画面に表示されているのを見るのが研究になるのです?」
「これは圭太さまのお部屋にあったものと同じ物でして……」
なぜか秘蔵のエロゲーまで把握されている圭太であった。
「ありえないほど大きいではないですか。そして、この脂肪の塊の間のモザイクは?」
「そうですか? 私とそれほど変わらない……あ! お、お嬢様、落ち着いてくださいッ! あーれー、たーすけてー」
しーん。石見は迂闊な同僚の冥福を祈った。
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