第15話 呪いの矛先

「呪いのサイトねぇ~…こんなくっだらないモノ、実際に使ってるヤツなんて本当にいるんスかね?」


放課後、オバケ部部室。

俺は自分のスマホで例の呪いのサイトとやらにアクセスしながら、そう呟いた。


「…それは分からないけど、意外と『効果があった!』って評価を書いている人が多いのも事実なんだよね。ほら、このサイトの下の所を見て。」


そう言って座っている俺の太ももへと当てた自分の手を支えにしながら、俺の懐の中へと潜り込んでくる麻宮先輩。


その瞬間、俺の鼻元には、ふんわりと甘い柔らかなシャンプーの香りが広がった。


…あ、この香りひさびさ…


思わず凝視していたはずのスマホ画面から、俺のスマホを覗き込んで何やら操作をしている麻宮先輩への方へと目線を移す。


少し短めの横髪の隙間から覗く、やけに整ったその横顔と、俺の右太ももへそっと置かれた細く長い指先が俺の頬を赤らめるのを手伝った。


俺は何かを打ち消すかのようにぶんぶんと首を横に振りたくると、先輩が指し示した文章に目を向けた。


『このサイトに書き込んだおかげで、大嫌いだった課長が移動になりました!本当にありがとうございました!』


『ここに書き込んでから1週間後に僕をいじめていたクラスメートが全員事故に遭いました!本当にありがとうございます!』


そのコメント欄へと寄せられたコメント数は400件を越えており、そのレビューも星4個を越えていた。


コメントはもちろん全て匿名で投稿されているが、呪った相手や記入してある場所などをふまえると、性別や年齢を問わず、あらゆる層の人達がこのサイトを利用しているという事が分かった。


「…こんなの本当なんですかね?もしかしたらサクラか何かに書かせているだけかも…」


そこに記載してあるその課長の勤務移動も、イジメっ子達のその事故も、実は呪いとは全く関係のない状況で偶然に引き起こされたものなのかもしれない。だが、俺はそのどこか宗教的な、そして無理矢理すがりつくように必死なその書き込み達に、どこか違和感を感じずにはいられなかった。


「いや、でもこれを見て。」


そう言って、俺に背後から声をかける静馬。

その声に応じるかのように、俺と麻宮先輩は静馬の元へと駆け寄った。


どうやら静馬は、部室のパソコンを使って俺達と同じサイトを検索していたらしく、そこにはスマホ版よりももっと詳細なレビューが表示されていた。


『呪子さんのおかげで、部活の先輩が突然錯乱状態になって運ばれて行きました!マジでメシウマです!本当にありがとうございました!』


『浮気ばかりしていた彼氏が、「知らない女の姿が見える」って騒ぎ出して、急に大人しくなりました!今では浮気どころか、一歩も家から出ることがありません。呪子さんのおかげで、彼氏を一人占めできて幸せです。』


それらの書き込みをスクロールしていくと、他にもチラホラと『呪子さん』との文字が見えてくる。


「…この呪子さんって名前が実に気になるところだよね…なんかコメント欄を見てると、やたらと『女の人が出た』っていう目撃情報も多いし。これは一体…」


そう言って口元に手をやりながら、険しい表情でコメント欄のスクロールを続けていく静馬。


「でもこの呪いのサイト、みんなの話では呪いたい相手の名前を入力するとって書いてあるんだけど、私が何度やってもその入力フォームまで飛ばないんだよね…」


そう言ってポケットの中から取り出したスマホを操作して、実際に名前の入力フォームへと繋がるであろうアイコンを何度もタップして見せる麻宮先輩。


そこには何度クリックしても、エラーとだけ表示された画面が映し出されていた。


「もともとこのサイト自体がデマで、名前の入力フォームなんてもとから存在しないんじゃ…」


そう言って、俺自身も実際に自分のスマホで呪いのサイトを操作してみる。


…が、やはり出てくるのは麻宮先輩のスマホと同じエラー画面だけだった。


そもそもこのサイトが本当にそこまで悪質で信憑性のあるものならば、霊感が鋭くこういった事に対してやたら敏感であるはずのこの俺が、すでに拒否反応を示していても何らかおかしくはない。


だが、俺がそのサイトをいくら眺めようとも、寒気や拒否反応どころか、むしろ何にも感じやしなかった。


嘘っぽいし、安っぽい。


正直な所、その程度の感想しか浮かばない。


「…ま、今回はみんなネット社会に踊らされただけの完全なデマっていう可能性も…」


そう言って頭の後ろで手を組みながら、あくび混じりに体を伸ばしはじめた俺の背後で、


「…そうとは言い切れないんじゃない?」


突然現れた有栖川未亜がそう言葉を遮った。


「未亜ちゃん、それは一体…?」


驚いた表情で尋ねる静馬。


「…入りなよ。」


静馬からのそんな言葉に答える様子もなく、やや険しい表情となった有栖川未亜は、部室の外で待機しているであろう者達に向かって合図をした。


するとその合図を受け、中へと入って来たのは、以前麻宮先輩に向かって暴言を吐いた例の女子高生二人組だった。


二人共なぜか申し訳なさそうに俯き加減となっている。


「…あんたらは?」


その二人の顔に見覚えがあった俺は思わず声をあげた。


「…コイツら、2日くらい前に例の呪いのサイトに麻宮ちゃんの名前を書いたんだって。」


そう腕組みをしながら、冷たい表情で俺達に向かって言葉を続ける有栖川未亜。


「…ばっ!バカじゃねーのか!?お前ら!!」


思わずその場で、その二人の事を怒鳴りつける俺。


「…だって…」


「…ねぇ…?」


そう言って俺の顔色を伺いながら、おずおずとバツが悪そうにしている二人。


「なんでそんな事を…!!」


この前の件といい、今回の呪いのサイトへの書き込みといい、二人のその卑怯で陰湿なやり口に、相手が女だと分かっていても思わず声を荒げてしまう。


「…勇也くん、もういいから。」


そんな俺を制したのは、意外にも麻宮先輩の方だった。


「…先輩!でもコイツら先輩の名前を…!!」


「…幸い私には今のところなんの実害も起こってないわけだし。むしろ私は、呪いのサイトに実際に名前を書き込める事が分かっただけでも大収穫っていうか…」


「何を呑気な事言ってるんですか!?」


そう言って口元に人差し指など当てながら、キョトンとした表情で答える麻宮先輩に向かって、俺は思わず慌ててツッコミを入れた。


「…でも、あの呪いのサイトってすぐには名前の入力フォームには移れないよね?一体どうやったの?」


そう言って怯えている二人の女子高生の顔を覗き込む静馬。


その動作に伴って、静馬の艶やかで柔らかな前髪が揺れる。


彼のその言葉選びこそは間違いなく静かで穏やかなものであったが、その声と表情は裏腹に普段の静馬からはとても想像ができないような冷たいものだった。


時折男でもはっとしてしまうような端正な顔立ちを持つ静馬に、無表情でまっすぐと見つめられるのはさすがに堪えたようで、


「何回やっても全然開かないもんだから、暇になる度に何度も何度もアクセスしてたら、2日前の夜中にやっと繋がって…!…それで名前を…」


そう言ってさらに申し訳なさそうな表情となって、言葉の語尾を途切れさせる女子高生。

女子高生達のスマホを触る頻度をナメてはいけない。


「…もっと違う事に情熱注げよー…」


「…しっ!」


頭を掻き毟りながら呆れた表情を浮かべる俺に向かって、麻宮先輩が人差し指を口元に当ながら、静かにするよう合図を送った。


「…でもせっかくそこまで苦労してやっと書き込んだのに、全然呪いっぽい事なんて一つも起きやしなかったから…」


そう言って、チラリと麻宮先輩の事を見る女子高生。その目線に気がついて、麻宮先輩も思わず眉を潜める。


「…どうして金崎さんと田口さんは私の事をそこまで恨んでるの?…私、二人に対して何かしたかな…?」


…ってか、金崎さんと田口さんっていうんだ、この人達。…やっと名前出てきたな。


「…そう!それよ、その顔!『私、何も知らなくて…』っていわんばかりのその態度!完全に被害者ヅラしながら周りのみんなまで巻き込んで!ちょっと可愛いからっていっつもいっつもみんなに庇ってもらって本当ズルいよね!はっきり言って、見てるだけでマジでムカつく…!!」


そう言って、まるでまくし立てる声を荒げる金崎さん。その様子はまるで余裕がない、と言った感じだ。


…要は、女の嫉妬ってヤツか…


「…あのなぁ~…それじゃあ麻宮先輩は被害者ヅラをしてるんじゃなくて、完全にただの被害者じゃね~か…。」


「…それにあんた達のせいで未亜まで…。」


そう言って、さらにふて腐れた表情となって目線を反らす彼女。


「…スクールカーストってヤツか…」


そんな彼女の様子を見ていた静馬が、思わずポツリと呟いた。


「…え?何?スクール…?」


静馬の口から突如出て来たその聞き慣れない単語に、思わず聞き返す俺。


「スクールカースト!学校内でも密かにランキングみたいなのがあって、いわゆるリア充とか言われてる人達が上位とされている、目には見えない階級みたいなもんよ。」


そんな俺に対して、ややイラついた表情を見せながらも、丁寧に説明をしてくれる有栖川。


「コイツら、元は未亜の取り巻きだったからね~…未亜はご覧の通り可愛いし?どうしても目立っちゃうから皆の注目を常に浴びちゃうのよね。だから二人はいっつも金魚のフンみたいに未亜にくっついて、自分達もクラスの中心にいるとでも思いたかったんだろうね~…それがこないだの件で未亜と麻宮ちゃんの距離が急激に縮まってしまったモンだから、余計に自分達の方に目が向けられなくなって、それで逆恨みをしはじめた…みたいなね。」


そう言って、まるでどこかの名探偵さながらに、彼女達の心情を代弁する有栖川。


「…そんなくっだらねぇ理由で、人の名前をサイトに書いたりしたのか!ホントありえねーな!お前らっ!」


「勇也君、いいの。私は大丈夫だから。本当にこの通り何ともないんだし。」


そんな卑劣なやり方には全く納得ができず、再び声を荒げてしまう俺に対して、麻宮先輩が優しくなだめる。


…クラスメートにそんな事をされて、本当に辛いのは麻宮先輩の方なのにな…


「…伶奈さんが優しい人で本当に良かったよね。でも人の名前を勝手にサイトに書き込むなんて、呪いがどうとかいう以前に人間的にも、あと個人情報的にもマズいって事…分かるよね?…とりあえず、その入力した名前は消しとこうか?」


そう言ってどこか冷たさを残しながら微笑む静馬の指示に従って、金崎さんは、不服そうな表情を浮かべたまま例の呪いのサイトを開き、そして『登録者を削除』と書かれた部分をクリックした。


その瞬間、彼女のスマホ画面は真っ黒な画面へと変わり、まるで血のような赤い文字で、『呪いたい相手がいません』と表示された。


「ところでここに書き込んでいる人達がこぞって言ってる呪子さんって一体なんなんだ?」


その様子を眺めながら、二人にそう問いかける俺。


「…知らないわよっ!サイトの名前も消したんだからもういいでしょ!?行こっ!」


そう言って、金崎さんは田口さんの手を引っ張りながら、急いでオバケ部の部室を出ていった。


「…あのサイト、本当にデマだったのかなぁ…」


当の麻宮先輩は、そんな二人の背中を見送りながら、何故か非常に残念そうにそう呟いたのだった。

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