第12話 まずは連絡先から交換しましょう。
「…で?このオバケ部ってのは具体的にはどんな活動をやってんの?」
坂本先生からの用事を済ませてすぐ。
旧校舎にあるオバケ部の部室へと移動した俺達の前で、新たに部員となった有栖川 未亜が頭に乗せている魔女っ子帽を整えながらそう言った。
「…えっと…主な活動としてはみんなで未確認飛行物体とか未確認生物についての文献を調べて、お互いどう思ったかを話し合ったり、これからは部員が増えたから、できれば各地の心霊スポットに赴いて調査をしてみたり、みんなで仲良く素敵な心霊写真でも撮りに行けたらいいなぁ~…なんて。」
「ふ~ん…」
一生懸命説明している麻宮先輩の前で、質問した側であるはずの有栖川 未亜は机の上に両肘をつきながら、退屈そうに自分の毛先を無造作にいじっては適当な相槌を打っていたが、麻宮先輩の説明が終わると同時に、自分の感じた率直な意見を口にした。
「…面白いの?ソレ。」
思いがけない有栖川 未亜の反応に、すっかり固まってしまう麻宮先輩。
…どちらにせよ、麻宮先輩の言う『素敵な心霊写真』とはなんなのだろうか。心霊写真にそんなハートフルな展開は望めないと思うのだが。
「…まぁいいや。未亜まだここに入ったばっかだし。じゃあいつもみたいにみんなでやってみてよ。ほら、その未確認なんとかってヤツを語り合う系のヤツ。」
そう言って白く細長い脚を組みながら、椅子の背もたれに体を預ける有栖川。
「…え?あ…うん。じゃあ今日話し合うのはこの『オゴポゴ』っていうカナダの湖で目撃情報が多数寄せられている未確認生物の事にしようかと思うんだけど…」
そう言って麻宮先輩は、みんなの前に首長竜のような生物が描かれた絵を広げた。
その絵の作者はもちろん、安定の鬼島京介。
荒波から体をうねらせて顔を出す様や、鋭い眼差し、また無数に描かれたキバがより一層一流のUMAらしさを際出させている。
「…これはまたおぞましい…」
はじめにその絵を見た静馬が、身震いをしながらそう答える。
一方、俺の方はというと、
「…うむ、これはまた面妖な…大胆に描かれた構図に細部まで細かく描き込まれた丁寧な仕上がり…そしてこの3Dかと錯覚してしまうくらいに立体的に描かれた体…どこをとっても実に鬼島京介らしい…。」
と相変わらずその絵をただの『奇才、鬼島京介の作品』として捉え、腕組みなんぞをしながら、彼の才能を隅々に至るまで堪能していた。
ちなみに静馬同様、その絵を初めて見たであろう有栖川 未亜の感想は、
「…人相わるぅ~い。」
の一言に尽きていた。
ま、オゴポゴは人間じゃあないから、厳密に言えば有栖川のいう『人相』という表現はふさわしくはないのだろうが。
「…だからさぁ~、面白いの?ソレ。」
有栖川 未亜から再び先程と同様の尖った問いかけが、麻宮先輩に向かって浴びせられる。
「…えっとぉ~…面白いっていうか、これは調査の為であって…」
有栖川 未亜のそんな身も蓋もない鋭い質問に、思わずたじろぐ麻宮先輩。
「どうせ調査すんならさぁ~…あ!ほらあった!」
そう言って有栖川 未亜は、自分のスカートのポケットからスマホを取り出すと、しばらく操作をしてからこちらに向かって画面を見せて来た。
「今、みんなの間で話題になってるこの『呪いのサイト』とかについて調べてみればいーじゃん。」
「…何?この画面…」
「え?マジ?今時イルスタとかルイッターとかやってない女子高生っているんだ~!」
未亜の向けたスマホの画面を、まるで初めて見る物かのように不思議そうに覗き込む麻宮先輩の姿を見て、思わず物珍しそうに驚く有栖川。
「まぁ、未亜はSNS界隈ではちょっとした有名人だからねー…あっ!そうだ!麻宮ちゃん、ちょっとちょっと。」
そう言って有栖川 未亜は、ちょいちょいと片手で麻宮先輩の事を呼ぶと、スマホを横に向けて自分達の前で構えはじめた。
「はいポーズ!」
その号令を合図に、スマホカメラのシャッターを押し、二人の姿が写った写真をくまなくチェックした後に、これまた手慣れた手つきでスマホを操作しはじめる有栖川。
「未亜がひとたび友達との自撮りとかをひょいっとSNSにUPしたりするとねー、すぐさま『いいね!』とかコメントとかがいっぱいくるんだよ~」
ピコンッ
ピコピコピコンッ
有栖川 未亜がそう自慢気に言い放ったそばから、彼女のスマホからは連続した通知音が繰り返し鳴り響いた。
「ほらね~!みんな未亜の事が超大好きなんだか…ら!?」
そう言って何ともご機嫌そうな表情で自分のスマホを開いた彼女は、コメント欄を見た瞬間に青ざめた表情で固まってしまった。
そのコメント欄に書かれていたのは…
未亜ちゃん!その隣の子だれ!?
未亜ちゃんの友達かな?めっちゃ可愛い!
右の子、超タイプ!!
…と、主役であるはずの有栖川 未亜の事は綺麗さっぱりと無視をして、彼女と共に写っている麻宮先輩の事ばかりを称賛するコメントで埋め尽くされていた。
「…ちっ!」
そう言って不機嫌そうな表情で、再び手際よくスマホを操作する未亜。
…多分、さっきの投稿を消したんだろうな。
そんな彼女の事が急に不憫に思えてきた俺は、思わず熱くなった目頭を押さえた。
そんな何とも言えない微妙な雰囲気が漂う中で、その沈黙を打ち壊したのは、オバケ部きっての爽やかボーイ、北山静馬だった。
「僕はやってるよ、イルスタもルイッターもね。でもそんなオカルトのコミュニティがあるなんて知らなかったな。僕、いつも新しく出来たスイーツの店とか、スキンケア製品とかアパレル関係の記事しか読んだ事なかったから…」
「…って女子かよ!」
思わず有栖川 未亜のツッコミが炸裂する。
「やっぱ流行に敏感じゃないと、女の子と話が合わないしね~、あ、未亜ちゃんの事フォローしといたよ。」
そう言って笑顔で自分のスマホを指差す静馬。彼のスマホ画面の中では様々なポーズを決めた有栖川 未亜の写真がまばゆいばかりに輝いている。
「…早っ!あんたのその手の早さ、マジで恐怖だわ。」
そう言って怪訝そうな表情で仰け反る未亜に対して、当の静馬は「え~?」と可愛らしい声をあげながら、小首をかしげてすっとぼけていた。
「どうする?この調子で、ついでにこのままみんなでRINEも交換しとく?」
そう言って自分のスマホでRINEのアプリを起動させる静馬。
「そうね!同じ部活ならグループトークがあった方がもちろん便利だし…」
そう言って、自分のアプリを開きながら友達登録の画面を出す有栖川。
…が、二人がやり取りをしていても、決して自分のスマホを出そうとしない俺と麻宮先輩を見て、有栖川 未亜がいぶかしげな表情で俺達に向かってこう言った。
「…ってまさか、あんた達RINEもしてないって事はないわよね…?」
「…わっ!私はRINEやってるよ!友達登録も結構してるしっ!」
有栖川からのそんな問いかけに、慌てて自分のスマホを取り出しながら操作をしはじめる麻宮先輩。
…麻宮先輩のスマホ、ピンク色なんだ…
全然気にしていないつもりが、今日はやけに意識してしまう。
「どれどれ~?…すっげ、麻宮ちゃん、友達245人とかいんじゃん。…って…あんたの登録してんの、公式サイトばっかりじゃん!」
「…だって、RINEが鳴らないとなんか寂しくて…」
「だからって、生命保険とか人材派遣会社のアカウントまで登録しなくていいでしょっ!まだ必要ないんだから!!」
そう言って麻宮先輩のスマホをちゃっちゃと操作する有栖川 未亜。
「…ほら、未亜のアカウント登録しといたからね。これからはこの可愛い未亜ちゃんが、毎日麻宮ちゃんにRINEを送ってやっからね!」
「…あ…ありがとう。」
有栖川からぶっきらぼうに手渡された自分のスマホの画面を眺めながら、顔を赤らめる麻宮先輩。
「…別にっ!未亜はずっと、麻宮ちゃんとRINE交換したいなって思ってたし!」
「…え?」
「…あとは、あんただけど…まさかRINE…」
急に有栖川の矛先が俺に向いてきた。
「…やってねぇよ、そんなもん。一応スマホだけは持ってるけど。」
「…だよね。ゆうやんは何かそんな気がした。」
まるで俺の返事を予想してたかのように微笑む静馬。
「アンタは武士か!?今のこのご時世にRINEなしとか、一体どうやってみんなと連絡とってんのよ!?」
有栖川のそのツッコミに、耳をほじりながら何とも面倒くさそうに答える俺。
「…まぁそもそも連絡とるヤツなんていねーし。電話とメールさえ出来りゃあ十分かなって。そもそも連絡したいヤツが連絡してくればいいってだけの話だし。」
「あ、でもなんかそれ私も分かるー!連絡とる前にとりあえずテレパシーで向こうに伝えちゃうんだよねー、ん~!この思い届けーって。」
そう言って、ほんわかとした雰囲気でしれっと天然ボケをかましてくる先輩。
「そんな変な念とか送ってこないでよ!こっちはテレパシーとか受信できるわけないんだからっ!」
今度はテンポよく麻宮先輩に向かってつっこみを入れる有栖川。…全く、忙しい女である。
「…は~…こりゃ呪いのサイトを調べる前に二人に正しいスマホの使い方を覚えてもらう事から始めなきゃね…じゃ、まず麻宮ちゃんは今日帰ったらルイッターとイルスタを登録して使い方を覚える事!そしてアンタは…まずRINEの使い方を覚えて。」
そう言って手際よく俺のスマホを操作する有栖川。
見ると俺のスマホの画面にはRINEという見慣れないアイコンと、これまた見慣れない3人の連絡先が登録してある。
「…そして…」
ピコンッ ピコピコンッ
一斉に鳴り始める俺達のスマホ。
「オバケ部のグループトークも作っといたから登録してね!」
「…すごい…未亜ちゃん。まるでオバケ部の部長みたい。」
そう言って瞳をキラキラとさせながら、有栖川に向かって羨望の眼差しを向ける麻宮先輩。
「…げっ!やめてよね!私はオシャレ部の部長になら余裕でなってあげてもいいけど、オバケ部の部長だけはまっぴらごめんだわっ!」
慌てて麻宮先輩からのそんな期待を、全力で否定しまくる有栖川。
「…で、こりゃどうすりゃいいんだ?」
そんな二人のやり取りをよそに、俺はRINEの使い方が分からず一人で戸惑っていた。
「あ~、それはこうやって招待されたグループトークを『参加する』にして~…」
ピコンッ
「ちょっと麻宮ちゃん!変な人材派遣会社のアカウントをグループトークに招待しないでよねっ!」
「…だってこの会社のキャラクター可愛いから…」
「ダメなもんはダメっ!!…あ~っ!生命保険会社も招待したわねっ!」
こうしてオバケ部部員だけでグループトークを構成したい有栖川未亜と、やたらグループトークのメンバーを増やしたい麻宮先輩の、グループトーク招待攻防戦がしばらく続いたのだった。
帰り道、夕暮れ時。
沈み行く夕陽を背に、地面に落ちた俺と麻宮先輩の影が伸びる。
「今日は楽しかったなぁ~、まさかみんなとRINE交換できるだなんて…夢みたいで。」
…俺もですよ。
俺がそう口にしようと思ったその瞬間…
ピコンッ
二人のスマホが同時に鳴った。
オバケ部のグループトークには有栖川 未亜からの書き込みが表示されている。
『いい?明日までにRINE使えるようになっといてね!明日はこの未亜様が直々にSNSの使い方を猛特訓するからね!』
その書き込みの下には『厳しいゾ~』とコメントがついた可愛い女の子のスタンプがちょこまかと動きまわっている。そのキャラクターがなんだか有栖川 未亜に少しだけ似ているなと思ったのは、多分俺だけではないだろう。
『…まるで高齢者のスマホ教室みたいだね。』
そう言って今度は静馬が大爆笑しているスタンプを押した。
ピコンッ
再びスマホが通知音を鳴らす。
『麻宮ちゃんもだよ!明日本当にSNS使えるようになってるかテストすっかんね!』
『伶奈さん、僕の心も試してみて下さい』
『げぇ!アンタまさか麻宮ちゃん狙い~?きっも!』
そう書かれた未亜の書き込みの下には『解せぬ』と添えられた何とも厳しい顔のスタンプが。
それを見ながら爆笑する俺と麻宮先輩。
思えば誰かとこんな風に共通の物を一緒に見て笑い合った事なんて、一体いつぶりなのだろうか。
「あ、私達も早くRINE返さなきゃ未亜ちゃんに怒られちゃうよ。『うん、ありがとう』っと。ほら、勇也君も何か返して。」
「おっ、おう!と…とりあえず…」
麻宮先輩のその言葉に、慌てた俺は慣れない手つきでスマホを操作し、なんとかRINEに書き込む事ができた。
ピコンッ
俺の書き込みが先輩のスマホを鳴らす。
『とりあえず頑張りモス。』
俺の生まれてはじめての記念すべき人生初RINEは…ものの見事に噛んでいた。
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