花に乞う者達

白猫のかぎしっぽ

プロローグ

プロローグ

 都内某所、殺風景なビルが目立つコンクリートジャングル。

その何処かに建つ、ログハウスの様な小さな木造建ての店。

 店の周りには季節問わず、様々な花が咲き乱れていた。

花の香りが混ざらない程度に間隔を空けられて大量の花が飾られ、花屋の様な雑貨屋の様な。

それでいてどこか違う様な、異質な雰囲気をかもし出していた。


「おや、いらっしゃいませ」


 カランコロン、とお客さんが入って来た事を知らせるベルが鳴る。

店の主である青年がニッコリと胡散臭い笑みを浮かべて女性客を招き入れる。

 青年は男にしては少し長い黒髪を後ろでくくり、華奢にも見える黒を基調としたクラシック系の服をまとい柔らかく微笑んだ。

 一見すれば優しい微笑みだが、青年の整ったかんばせと相まってミステリアスな雰囲気が漂う。

 緊張と青年の美しい姿に呆気に取られて入り口前で暫く立ち尽くしていた女性客がハッとし、自身の目的を思い出す。


「す、すみません」

「いえ、大丈夫ですよ。

 こちらへどうぞ、ご案内します」


 青年は女性客に分かってる、と言う様に安心させる為にもう一度微笑む。

 そして小さな丸いテーブルの間を挟むように置かれている一人掛けと二人掛のソファーに案内した。


「少々お待ち下さい」


 青年はそう言うと花々の奥に入り、少しして女性客を待たせているテーブルに戻ってきた。

 青年の持つ手には銀盆シルバートレー

 銀盆シルバートレーの上には銀の美しい装飾が施されている青いカップと赤いカップが乗っており、カップの上から白い湯気が出ていた。

 女性客の前に赤いカップが置かれると、花の様な優しい香りが辺り一面に広がった。


「良い香りの紅茶ですね」


「ぼ……わたくしの特製【フラワーティー】です」


「フラワーティー?

 ハーブティーや花茶じゃないのですか?」


 聞き慣れない単語に、女性客は首をかしげる。

 そんな女性客の様子に青年は苦笑した。


「はい、実はわたくしが名付けさせて頂いた紅茶なんです」

「フラワーって事はもしかして……」

「お客さんがお察しの通り。

花から作られたお茶なんです。

 しかし花茶とは違い、このお茶は少々特殊なので区別の為にフラワーティー、と呼んでいるんです」


 とは言っても、私にはネーミングセンスが無いので和名を英語にしただけなのですが。

と青年は付け足して微笑む。


「……特殊?」


 説明を聴いても想像が出来ず、思わず女性客がいぶかしげに青年を見つめる。


「えぇ、試しにそちらの紅茶を飲んでみて下さい。

 気分を落ち着ける効果があるんですよ」

「そうなんですか?

 で、では頂きます」


 女性客は促されるままに紅茶に口をつけた。

 すると口の中にふわり、と優しい香りが広がり、紅茶の温度が甘味あまみとスッキリとした後味を作っていた。

 思わず、紅茶を飲み干してしまった。


「お気に召して頂けたようですね」


「はい、とっても美味しかったです。

 それに本当に気分も落ち着いて…………」


ほぅ。


緊張で固まってしまっていた身体を、紅茶の温もりがゆるりとほぐす。

 女性客は最初の頃より心が落ち着いているのが分かった。


「有難うございます」

「いえ、お客さんはこれからを借りるのですから。

その前に少しでも、花の力とはどういう物なのかを実感して貰えた様で良かったです」

「花の…………」

「はい。この店へ来店されるお客様方は皆様。

花を求める為、偶然のご来店は無いのです」


 全ては必然なんですよ。

そう言って唇に人差し指を当て、青年は微笑んだ。

 その瞳は全てを見透かしているようで、女性客はほんの少し強張こわばる。

 しかし先程のフラワーティーの効力なのか、すぐに強張りは解けた。

 女性客もまた青年を真剣に見据える。


 では改めまして――――――――


「本日はどのような花をお求めですか、お客さん」


 口元に微笑みをたたえた青年は、上品な仕草でありながらどこか道化師の様な雰囲気の礼をする。

 瞳はほんの少し、楽しげであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る