第41話 月と太陽
「ジゼル様、フィオナ様。ジークヴァルト先生がいらっしゃいましたよ」
俺たちの訪問を告げるメイドがガチャリと扉を開けると、その先には色とりどりの花が飾られた花瓶が目立つ空間が目に飛び込む。
ここは、花御殿か?
「あら!先生、お待ちしていましたのよ‼︎今日はお話に聞いてたルカを連れて来てくれたのでしょう?」
パタパタと走り寄って来たのは、真っ白な生地に金の刺繍があしらわれたドレスを身にまとった女。頬はほんのりと薔薇色に染まっていて、大きな目をキラキラと輝かせている。
うほっ、美女だ。
彼女はジークヴァルトの隣にいる俺を見るなり、パアッと花の咲くような笑みを浮かべてぬいぐるみを抱くようにぎゅっと抱きしめる。
「まぁ、なんて可愛らしい‼︎聞いていた以上に美しくって素敵な子っ‼︎お肌も真っ白でおめめは宝石みたいだわっ‼︎」
「ヴグッ________⁈」
嬉しい。美女に抱きしめられて、これ以上ないくらいに嬉しい。
が、苦しい‼︎ふわんふわんなお胸に埋もれて幸せだが、息ができない!
ヘルプ‼︎ヘルプ‼︎
俺は助けを求めてジークヴァルトを仰ぎ見るが、彼は何の興味もなさげにさっさと向こうへ行ってしまう。
「ごきげんいかがですか、ジゼル」
「……私などに声をかけていただけて、申し訳ございません。先生」
ジークヴァルトが声をかけに行ったのは、例の憂鬱ガールのジゼル。
話には聞いていたが、確かにネガティヴそうだ。彼女が声を発しただけで、ジメッとした雰囲気が伝わる。
「フィオナ様、幼いとはいえ男性に対してむやみに抱きつくなど、はしたないですわ!」
フィオナの周りにいたメイドに救出された俺は、ゼイゼイと息をする。
胸で窒息とか幸せな死因だが、今は死にたくない。
「その子が、例の……」
「はい、私の屋敷で飼……面倒を見ているルカです。まだまだ未熟な子どもですから、優しく色々教えてあげてください」
おい、今飼ってるって言おうとしただろ。
誰がペットだ、このロン毛野郎。
ジークヴァルトの話を聞いたジゼルは、腫れぼったい瞳で俺をジロッと見つめる。
彼女は、フィオナとは対照的な真っ黒の生地に金の刺繍があしらわれたドレスに身を包み、気怠げに椅子の背に身を預けていた。
うほほっ、美女。
「ねぇ、お姉様‼︎ご覧になって‼︎とっっっても素敵な子ですわ。睫毛なんてこんなにも長くって。あぁ、そうだわ、まるで、お姉様のお読みになっている『エイブラハムの城』のフェリス少年のような……」
「『エイブレムの巨塔』のエリス少年……でしょう?」
やや興奮気味で俺を本の登場人物に例えたフィオナに、訂正を入れるジゼル。
なるほど、月と太陽。
確かにそんな感じだ。
俺がジークヴァルトに再度目線をやると、彼は呆れ返ったようにフィオナを見た後で 自身の鞄からあらゆる教本を取り出して机の上へ並べだした。
俺はというと、フィオナに手を引かれて机まで連れて行かれる。どうやら、彼女は完全に俺を気に入ったらしい。
「あの僕は_____」
「えぇ、えぇ、知っていますとも‼︎ルカでしょう?よーく、先生から聞いていますわ。ご家族から遠く離れた先生の元でお勉強しているだなんて、とっても偉い子!確か、スペンサー家の……」
「ええ、スペンサー家の子ですよ。一応は、アルヴィン男爵家とも血は繋がっていますから、何処の馬の骨というわけではありません」
ジークヴァルトは半ば貶し口調で俺を紹介すると、ふふんと鼻で俺を笑う。
こいつめ……ペリグリンを連れてお前の書斎で茶会を開いてクッキーのカスだらけにしてやろうか。せいぜい蕁麻疹で苦しむんだな。
俺が心に復讐を誓っている最中、俺に興味津々のフィオナとは うって変わり ジゼルは静かに教本を開いていた。
俺に興味がないというわけではなさそうだが、どちらかといえば触れるのを恐れているかのように一定の距離を保っている。
「ジゼル様も、よろしくおねがいいたします」
「ええ、こちらこそどうぞよろしく……気を使ってしまってごめんなさいね。私、この通り陰鬱で霧がかったような顔をしているから」
ぶつぶつと自虐的言葉を呟き続けるジゼル。
どうやら悪い人ではないらしい。が、ドン引きするほどネガティヴ思考の塊のようだ。
「さて、では授業を始めましょうか」
ジークヴァルトが経済学の授業を開くも、フィオナは俺に興味津々のようで 俺の髪をいじったり頬をプニプニとつついてみたりしている。
ジゼルはそんなフィオナを横目に見つつ、ジークヴァルトの話に耳を傾けて時折スラスラとメモを取っていた。
ジークヴァルトがこっちをちらっと睨みつける。自分の授業をないがしろにされてイラついているのだろう。
そんなの俺のせいじゃねぇんだから このわんぱくお嬢様を咎めろよな。
「お嬢様、いけませんわ。さぁ、授業に集中して……」
「あら、ちゃんと聞いているわよ。どんな問題だって今なら解けてしまうわ。それより、じーっと椅子に座っている方が集中できないんですもの。こうやって、愛くるしいルカに癒されながら受けていればもっと集中できるわ」
へんてこりんな論理を展開してきたフィオナは、何の悪意もない笑みをたたえた。その無邪気な笑顔に、誰も叱ることができない。
ジークヴァルト以外は。
「……そんなことでは、婚約破棄にされますよ」
「えぇっ⁉︎な、なんてことをおっしゃるの、先生‼︎経済学ができないだけで、婚約破棄だなんて大袈裟だわ!彼がそんなことをなさるようなお人だとは思いませんもの‼︎」
「たいていの男性は、やかましいバカは嫌いです。彼が、たいていの男性でないといいですね」
お前、言い過ぎだろ……。
ジークヴァルトはペロリと毒を吐くと、さっさと次の項目へと進んでしまう。
「フィオナ、ほら、早く本を開けてお勉強なさい。貴女の”運命の人”は、聡明な女性がお好きに違いないわ」
「そんなぁ……」
ジゼルはそっとフィオナの前に教本を置くと、早く開くように催促する。彼女の説得もあって渋々教本を開きだしたフィオナは、俺に助けを求めるように見つめてくる。
「頑張ってください、フィオナ様。貴女様ならば、きっと出来ると信じております」
「うぅ……そんな目で見られたら抗えないわ」
俺の必殺ウルウル目にやられたフィオナは、大人しくジークヴァルトの授業を聞き始める。
やれやれ、このお転婆お嬢様をどうしたものか……。
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