第34話 乱入者

「お、ぉ、お前……ロレンツァ‼︎お前……に、罪を……償わ……せる、資格、は、ねぇ‼︎」




喉をヒクつかせながら、絞り出すような声でロレンツァを責めるグレゴリオ。プカプカと空中で浮きながら、憎悪を隠すことなく彼女を睨みつける。


が、彼女はそれを鼻で笑った。




「……何を馬鹿なことを」



「馬、鹿な、こと、だと?」



「誰がお前に罪を償わせると言った。いつ、自分の命をそんな尊いものだと錯覚した?……お前が死のうが死ぬまいが、そんなこと何の価値もない……まぁ、もういいわ。喋らないでくれる?」




容赦ない言葉を投げかけるロレンツァの目線は、まるでゴミを見るようなものだ。

こんな冷たい目、見たことがない。


不可解な空間の中で、ロレンツァだけは確実にグレゴリオに接近していく。片手に鈍器を握りながら。そしてもう片手は、グレゴリオの首を力強く掴んでいる。

容赦ないな。



こんな状況であろうとも、トワルの皆さんはまるでテレビを見ているかのようなテンションだ。緊張感のかけらもなく、感覚としては暇つぶし程度で、ロレンツァの心配も全くしていない。


そして俺はといえば、後頭部をスリスリ。彼女のふかふかで暖かい胸を心ゆくまで堪能させてもらう。ここまで苦労してるんだ、これぐらいのご褒美があったっていいだろ。

後頭部に幸せを感じながらロレンツァを見ていると、徐々にだが この状況を理解することができた。



この無重力空間は、重力系応用魔法の使い手がトワルのメンバーの中にいることで作られているのだろう。状況を見るに、ロレンツァか。

重力系応用魔法は、ただ単に無重力にするのではなく 特定の何かに対して重力をかけたりすることができる。

つまり、だ。

ロレンツァは俺とグレゴリオに対して応用魔法を使い、俺はその拍子に自己防衛で能力を暴発させて光の火花を発生させたのか……ロレンツァは最初からそれを狙って俺を無重力にさせたってわけだ。




「ロレンツァさんも、応用魔法を使えたんですね。先生」



「おや、言っていなかったかな?」




なぁーにが、言ってなかったかな だ。

白々しい。お前、基本何にも俺に言わねぇじゃねぇか。


ジトーっとした目線を送ると、ジークヴァルトの向こうで苦笑するクリスチャン。




「ははっ……もともと彼は言葉数が少ないんだ。すまないが、許してやってくれよ」




許せるか、と口を開こうとすると その瞬間にドーンッと音がする。見れば、パラパラパラッと、木屑が音の鳴った周囲を埋め尽くしている。


見れば、どデカイ彼女のハンマーがグレゴリオの足に落ちていた。ここからみると、ハンマーからグレゴリオの上半身が生えているみたいに見えた。グロッ。




「……ボス、どうされますか」



「殺してはいけないよ、ロレンツァ君。彼には色々と聞いておかなくてはいけないことがあるからね」



「かしこまりました」




彼女にとってこれは虫退治みたいな感覚なのか、何の罪悪感もなく、だからといって快楽殺人鬼のように恍惚とするわけでもない。

そしてそれは、トワルのメンバー皆に言えることだ。



ここら辺で、俺はひとつ大事なことを思い出した。



あ、メリーとペリグリン忘れてた。



ハッとして、アンジェリーナの方を振り向く。




「あ、あの、僕、二人が気になるので行ってもいいですか?今もきっとこわがっていると思うので」



「スッカリ忘れていただろう、ルカ」



「まさか!そんなはずないじゃないですか、先生!大切な大切な友達を忘れるだなんて!」




俺が白々しくそう言うと、ジークヴァルトは呆れ返ったようにやれやれとため息をついて答えた。




「彼らなら、今頃ニナが迎えに行っているよ。そう心配することはないさ、本館の方に連れていくよう命じて____」



「その必要はない‼︎」




ジークヴァルトの発言に噛み付くような声は、俺たちの背後から聞こえた。

みんな一斉に振り向く。エドワールを除いて。




「ペリグリンを助ける必要はない‼︎あいつは放っておけ‼︎」



「ド、ドクトルさん、これはこれは……こんな場所に現れるなんて珍しいこともあるものですね、はははっ」



「ふんっ!相変わらず締まりのない顔をしよって、この小童‼︎顔が引きつっておるわいっ‼︎」




クリスチャンがゲッと小声を漏らす。

ジークヴァルトも明らか嫌そうな顔だ。


現れたのは、片足が義足の爺さん。

深い皺が何本も刻まれた顔は厳つく、見るからに頑固そうなオヤジだ。体格もがっしりとしていて、筋肉が盛り上がっている。




「遅かったじゃないか、ドクトル。残念だけれど、もう終わってしまったよ」



「ワシが戦闘を見に来たわけじゃないことぐらい分かっておろうに、エドワール。んで、例のルカとか言う奴は何処におるんじゃ」



「あら、ドクトルさぁん。ルカならココにいますわ」




ドクトルは俺を探しに来たらしく、アンジェリーナが呼ぶとギロッと険しい目で俺を睨みつけた。

この爺さん、敏腕刑事のような凄みがある。

睨まれただけで、背筋がゾッとするぞ……。




「なんじゃ、この貧相な体は‼︎剣の一つも振るったことの無さそうな細い腕をしよって‼︎日に焼けたこともないんかっ‼︎」



「お言葉ですが、ドクトルさん。ルカの武器は、その美貌です。それを損なうような行動はさせぬよう、ジークには言ってありますので……」




ロレンツァの意見を聞いたドクトルは、俺の腕をぐっと掴んで引っ張り、袖を乱暴にまくる。




「この腕で、いざ自分の身が守れると思うのか!敵が攻撃を仕掛けなければ支えない力など、そんなものは博打だ。それに頼らせ、そのために他の力を鍛えさせることなく、お前たちはそれでいいと本当に思っているのか‼︎この馬鹿者めっ‼︎」




トワルのメンバーを馬鹿者呼びしたドクトル。

なんだよ、こいつ。いったい何者だ?

トワルのメンバーの一人のようだが、クリスチャンが彼をさん付けすることからして立場は上のようだ。




「ドクトル、そう声を荒げるものじゃないよ。ルカ君が驚いているじゃないか。そんな乱暴に腕を握っては、折れてしまうだろう?」




エドワールは振り向くことなく、背を向けたままで彼に声をかける。エドワールはドクトルと親しいのか、喋り方はいつもよりも柔らかい。




「エドワール‼︎お前が監督していながら……一体どういうつもりだ‼︎こんな貧弱な子供を、本気でトワルのメンバーにさせる気なのか‼︎」



「あぁ、勿論だよ。ちゃんと紋章も刻まれているし、それに君も見ただろう?彼はちゃんと活躍していた。敵に対して怯えることなく、堂々と対峙していたじゃないか」



「対峙すりゃいいもんじゃない。この小僧の能力が、さっきの敵のような間接攻撃型と戦闘する時には何の役にもたたないことは分かっただろう。それを見てもまだ、この小僧はトワルにふさわしいと思っているのか!」




興奮したドクトルの手がパッと開かれて、俺はそのままジークヴァルトの元へと逃げた。

ジークヴァルトはいつにも増してめんどくさそうな表情でドクトルを見ている。




「先生、あのドクトルと言う人は一体……?」



「ボスと同期のトワルのメンバーの一人だよ」




え、同期?

どうやら、俺が知らないトワルのメンバーは何人かいるらしい。それも、同期だ何だと長年続いている組織であるようで……思っていたよりも歴史があるのかもしれない。


それにしても、彼らの話がよく見えない。

俺がどうだ、とかトワルにふさわしいとか。

一体なんだ?




「あの、今更で恐縮ですが……一体 なんで皆さんこんなに集まったんですか?僕、てっきり僕が逃げ惑うのを嘲笑いに来たんだとばかり」



「私たちがそんな悪趣味な人間に見えるなんて、心外だね」




見えるよ。特にお前はな。




「私たちは、最終試験を見に来たんだよ。ルカ、そしてペリグリンとメリーの適性試験のね」

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