第33話 1147

「あーあ、行っちゃった。何だよ、鬼ごっこでもしてぇのか?」



「……人の屋敷に無断で上がるだなんて、どういうおつもりですか?」



「そう怒るなよ、ルカ。せっかくの“神に祝福された顔”が台無しだぞ」




ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ、俺に一歩ずつ近づいて来る。俺も、少しずつ下がった。




「僕のこと、ご存知なのですね。……けれど、僕はあなたのことを知りませんよ」



「あぁ、自己紹介がまだだったな。俺はグレゴリオ、奴隷商人をしてる者だ。よろしく。いや、それにしても驚いたな、さっきの奴。なんだっけか、ペリグリン?応用魔法の使い手だったなんて……事前に調べておけばよかったよ。応用魔法が使える奴は、いい値が付くんだ」




ペラペラと喋るグレゴリオは、俺を相手になんてしていないようで完全に気を許していた。

なめられてるな……。

まぁ、こんなちびっこが相手になるだなんて言っても取り合わないのはもっともか。




「お前らが1147の関係者を嗅ぎ回っているのを観察していた時は、全く気づかなかったよ。だって二人ともバカ真面目にあっちこっち歩き回っては聞き込みをしての繰り返しで……あはは、健気で可愛らしかったよ」




さっきから、こいつの言ってる1147。

この数字、どっかで……。

話しの内容から察するに、メリーを表しているようだが。一体何なんだ?




「その、1147ってメリーのことですか?一体なんですか、1147って?僕の大切な友達を、番号呼びなんてしないでください‼︎」



「へぇ……あいつ、お前らにも話してないのか。ったく、こんなにも命かけて守ってくれる優しいお友達に隠して、一人のうのうと屋敷に閉じこもってたなんて、やっぱりあいつは役にたたねぇヤン族のグズだな。……あぁ、そうだ。お前に教えてやるよ、1147の秘密を………」




おいで、おいで、と手招きをするグレゴリオ。

そんな罠に引っかかってたまるか、と後ろに下がった。つもりだった……が


少しずつ、俺の足は前へと動いていた。



なんで、前に行く⁈

体が言うことを聞かない……?

脳内とは反対に、吸い込まれるようにしてグレゴリオの元へと足が向く。




「そう焦るなよ、ルカ。お前の体がおかしくなってんじゃない、俺の応用魔法が少しずつお前に効いてきているからだ。ほら、良い子だな。そのまま、俺の手の届くところまで……」



「お、う、よう、魔法………!」




こいつ!応用魔法の使い手か⁈

でも、いつかけられた⁇

クソッ‼︎


グレゴリオの手の届く位置まで着けば、奴は俺の顎を乱暴に掴みグッと上げる。

その狂気的な瞳と目線が合う。瞳の奥で、渦巻きがグルグルと回っている。

何なんだ……気持ち悪りぃ……。




「1147は、俺が見つけた大事な資金なんだよ。あいつは俺と俺の仲間の大事な大事な売り物だったんだ。ヤン族は元々希少価値の高い民族だから、破格の値段が付いていたし、欲しがっている奴はゴロゴロいた。わかるか?あの芋クセェ餓鬼が一国の軍資金の半分の額するんだ。あいつがいれば、俺たちの人生は保障されていた、されていたはずだった……………なのによぉ!あのクソ女‼︎ロレンツァとか言ったか?あの女、俺たちを逮捕するだのなんだのと言いやがってどんぱち始めて、大事な売り物を逃しやがってよぉっ‼︎クソッタレ!」




突然怒り狂ったように俺に顔を近づけるグレゴリオに引く。どいつもこいつも情緒不安だ。




「仲間の奴隷商人は捕まったが、命からがら逃げれた俺は、1147を探し回った。逃げ出した奴隷どもを片っ端から捕まえて情報を集めようとしたが……それも無駄だった。あいつら散り散りに逃げて、他の奴らの居場所は知らねぇってそればっかり言いやがって……まぁ、この村で人脈ありそうなシスターを洗脳して探させたら、あっという間に見つかったが」




グレゴリオの話を聞いて、ようやく思い出した。1147って、トワルの集会で挙がった例の事件の逃走中の奴隷じゃないか。

ってことは、だ。

メリーが、その奴隷……。

つまり、あの事件とこれは繋がっていたってことか?


こんな偶然があって良いのか?

こんな出来た話があるのか?


いや、ある。

この世界が、あの神によって作られたものなのなら、ありえる。

全ては、あいつの企み。

あいつの手中の中だった‼︎


それに、グレゴリオはシスターを洗脳したと言った。つまり、クロエは洗脳されていた。

奴の応用魔法は、洗脳系。

たしか、洗脳系応用魔法は使い手の声から精神に揺さぶりをかけると言ったものだったはず。

なら、今の俺の状況はこいつの話を聞いているその時から作られていたのか‼︎



全てを察し、耳を塞ごうとしてももう遅い。

身体はあまり言うことを聞かない。身体的攻撃がない以上、俺の力を暴走させることはできない。

ならどうすれば良い⁉︎


全身からゆっくりゆっくりと力が抜けて、魂が抜ける感覚になってゆくのがわかる。

このまま、俺はこいつの操り人形みたいになるのか?クロエのように?


そんなのは嫌だっ‼︎


ハッハッと浅い呼吸をしながら、少しでも自分を取り戻そうと目を閉じた。



その時




「……ギリギリ及第点、というところかな」




高い位置から声が聞こえた。


ハッとして目を開ければ、三階まで空いた穴からこちらを見下ろすジークヴァルトの姿があった。




「お前、こいつの保護者か?」



「保護者?いやいや、違うよ。そんな親しい仲じゃないさ。元同居人ってところかな。……で、その汚らしい手をその子から離してもらおうか、グレゴリオ」



「はっ‼︎過保護な同居人もいたもんだなぁ!そんなに可愛いなら、取り戻しに戦うか?」



「戦う……?冗談じゃない、誰がそんな面倒なことをしなくちゃならないんだ。ゴメンだよ」




ジークヴァルトはやる気なしと言った感じで、あざ笑う。こいつ、俺を茶化しに来たのか。

此の期に及んで、クソ性格悪りぃ奴だ。

俺がこれで死んだら、お前も道連れに地獄に堕ちてやる。




「先生‼︎助けてくださいよ‼︎僕、こんなところで死にたくないです‼︎メリーもペリグリンも助けました‼︎助けてくれたって良いでしょう⁈」



「一度は二人を見捨てた分際でよく言う……まぁ、いい。ボスのお眼鏡に叶ったようだし、ここは助けてあげるよ______」




パッと目の前が光る。




「もっとも、私の仕事ではないが」




なんだ、この感覚。

グレゴリオと俺の間に火花のような光が現れ、その衝撃で体が浮く。そして、そのままスロー再生のように空中でふわふわと浮いたままくるくる回る。まるで、宇宙に放り出された宇宙飛行士のような姿だ。


グレゴリオも身体が動かないのか、眼球だけを忙しく動かしている。




「は〜い、キャッチ」




ムニッと背後から抱きつくようにして俺を受け止めたのは、アンジェリーナだ。

おっぱい柔らかっ⁈




「お、つ、か、れ、さ、ま。よーく頑張りまちたねぇ?さぁ、頑張った良い子は、おねぇさんと楽しく見学しましょーねぇ」




アンジェリーナはそういうと、サッと二階の階段の手すりまで飛び上がり、涼しい顔をしてそこに座る。両隣にはいつの間に瞬間移動して来たのか、エドワールやジークヴァルト、そしてクリスチャンが座っている。

俺はといえば、その巨乳の感触を後頭部に感じながら彼女の太ももに座らせられた。ありがとうございます。


一方、混乱するグレゴリオの前に姿を現したのはロレンツァだ。彼女の手には、裁判官の小槌のようなデザインのハンマーが握られている。さすがは現役裁判官。様になる。




「ルカに代わり、この私がお前に罰を与えよう」




そして、反撃が始まった。

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