第20話 絶体絶命の大勝負
「大丈夫ですか、ルカ様。顔色が悪いですよ」
自室で着替えをしていると、ニナが俺にブラウスを着せながら話しかけてくる。
君の主人のせいだよ、と思いながら大人しく服を着た。
やばい。
やばすぎる。
全部わかっていたのか……くそっ。
今から思えば、俺にワインをかけたり割ったグラスで追い詰めてきたのも罠だったのか。
俺を動揺させ、子供らしく振舞っていたことを確認するために!
俺としたことが……。
「だ、大丈夫。少し疲れちゃっただけだから」
とりあえずは、まだ子供らしくしておこう。
ここで諦めて正体をバラしたとしても、なんらメリットはない。今は、白々しくとも可愛く健気な子供を装う方がいい。
そうだ、この子供の中身が37歳だとはいくらジークヴァルトであっても勘付くことは出来ないはず!
それにしても、何処で分かったのだろう。
俺は完璧に演じきっていたはずだ。
何処で勘付かれた?
まさか……ニナか?
ジークヴァルトと一緒にいる時間よりも、ニナと共にいる時間の方が圧倒的に長い。
とすれば彼女が勘付いた?
いや、だが彼女の前でもちゃんと子供らしくしていたつもりだ。何処でボロが出た?
待て待て待て‼︎
今はそんなことを考えている暇はない‼︎
何がやばいって、これからだ!
ジークヴァルトが俺に一体何を言ってくるかは分からないが、俺は平気でいられるのか?
しっかりと演じきれるか?
「さて、では行きましょう」
ニナに連れられ、連れていかれたのはジークヴァルトの自室。
彼の自室に通されるのは、初めてだ。
いつも、彼とは食事かもしくは書斎でしか会わなかったからな。それに、ここには鍵がかけられていて、その鍵はジークヴァルトしか持っていない。
「失礼します、先生」
「どうぞ」
ノックをして俺だけが入室する。
天蓋付きのベッド、夜景が一望できる大きな窓、書類の積まれたアンティーク調の机。
そして、足を組みベッドに座るジークヴァルト。まるでここの支配者のような出で立ち。
まぁ、間違いではないが。
「逃げ出さないだなんて、偉いじゃないか」
「……逃げ出すだなんて、そんなことしません」
「へぇ。てっきり、メソメソ泣いているのかと思ったよ。子供らしく、ね」
チクリチクリと針を刺すように、ジークヴァルトの言葉は響いた。
この野郎、勝ち誇った顔しやがって。
「僕だって、スペンサー家の一員です。そんな情けないことはしません」
「へぇ、随分と実家を誇りに思っているね。あんな埃臭い家筋をそんなにも思っているのは、きっとシルヴィア夫人と君くらいだよ」
「お祖母様のことを悪く言うなんて、いくら先生でも許せません」
まぁ、怒っちゃいないんだけどな。
それでも、ここは怒っておくべきだ。
一応。
「一度も会ったことのない、血筋だけの関係者に対してそこまで気にかけるだなんて、君は本当に素晴らしい性格だね。品行方正、清廉潔白、眉目秀麗……色々な褒め方があるだろう。この私が、屋敷にあげても良いと思えるほどに完璧なのだから。だからこそ……だからこそ、面白いと思ったんだよ!君のような存在が!恐ろしいほどに美しく、気持ち悪いほどに純粋で、誰にでも平等に接する君が興味深かったんだ‼︎」
早口で体を震わせ、興奮気味にハァハァと息を乱し喋るジークヴァルトの気持ち悪さと言ったら、言い表せたものじゃない。
こいつ、一体何者なんだ?
ただの学者?そんなはずない!
「ルカ、君はどうして僕がわざわざ人造メイドなんて創ったと思う?」
ドン引きしている俺に向かい、ジークヴァルトはにっこりと微笑む。
「人間が完璧でない事を理解しているからだ。そう、君のように一見完璧そうな子供も、化けの皮を剥いでみれば醜く無知で稚拙であると。けれどね、君は違ったんだ。待てど暮らせど、そのボロが現れない。この世には外聞を気にするませた子供も多くいるが、彼らは子供らしくすぐにボロが出る。まだ幼いからね。それは罪じゃないんだ。だって、良い子はいても、完璧な子はこの世に存在しないんだから。でも、君は絶対にそんな過ちを犯さなかった。どんな時でも、清々しいほどに清廉潔白だ」
ギシッとベッドのスプリングが鳴って、彼は俺の目の前まで迫ってきた。
全てを見透かしたような瞳が腹立たしい。
「まるで、子供のフリをした大人みたいだね」
ドッドッドッドッと心臓が鳴る。
やばい、ヤツは知っているのか……?
俺の正体を、知っているのか……?
いや、そんなわけが!
でも、じゃあ、何なんだ。この自信に満ち溢れた顔は!
取り乱す心を落ち着ける。
一旦落ち着くんだ、俺。
まだ、こいつが俺の正体を知っているという確信はない。もしかしたら、また試しているのかもしれない。
ここで取り乱せば……終わりだ。
目の前に、無限地獄という名の最悪の終焉が見えた気がした。
考えろ!
考えろ‼︎考えろ‼︎考えろ‼︎考えろ‼︎考えろ‼︎
どうする?
まだ子供のフリをし続けるのか?
でも、ここまで自信満々に語るなら、それなりに根拠となる証拠があるはず……それを見ぬうちに誤魔化して間違えをしてしまうことは避けたい。
ぐるぐると思考回路ショート寸前で考えていた俺の脳内に、一筋の希望が見えた。
そうか……嘘をつく必要なんてないんだ。
嘘をつくから、ボロが出る。
嘘をつくから、動揺する。
なら、嘘をつかなけりゃいい。
「……なるほど、先生は流石ですね」
俺は、ジークヴァルトに最高の笑顔を向けた。
無邪気で、愛くるしく、そして美しい笑顔を。
「確かに先生のおっしゃる通り、僕は完璧な子供ではありません。自分のことを、完璧だなんて思ったこともありません」
「へぇ、謙虚さをアピールするつもりかな?」
「あはは、まさか!」
見下すように笑うジークヴァルトに対し、少々オーバーリアクションで笑いかえす。
確かに、これは賭けだ。
けれど、ここで負けてはいられない。
一世一代の大勝負だ!
「もちろん、僕はちゃんと知っていますよ。この顔が、誰よりも美しくて光り輝いていることを。そして、それが強力な力を持っていることも。どうすれば人に好かれるか、どうすれば人が喜んでくれるか、何を求められているのか。ちゃんと、ちゃんと分かっているんです。分かった上でやっているんですよ、気に入られたいから。そう、僕は本当は悪い子なんです!みんなを心の中で見下して、僕1人が幸せになればいいと思っています!みんなバカだって思っているし、哀れで醜いと思っています!地位も名誉も名声も富も、この美しさを利用して全て手に入れてやろうと思っているんです!」
これ以上ないくらいに、俺は自分自身をさらけ出した。全て真実だ!そう、これが真実だ!
これに満足したのか、ジークヴァルトは興が削がれたように冷めた目線で俺を見る。
「はぁ……やはり君も他と同じ不完全な子供であったということか。残念だ。では君は、外聞を気にして人を騙し 気に入られようとしているという私の仮説を認めるということでいいね」
「いいえ、違います」
俺は、ジークヴァルトのスカーフを思い切り引っ張った。予想もしていなかったであろう、突然の重力に 彼の顔は俺の顔の近くにまで下がった。
「僕はただ、先生の望みを叶えただけですよ」
「_____ッ⁉︎」
「良かったですね、先生。僕がボロを出すところ、見たかったんでしょう?」
ジークヴァルトの肩越しに、大きな窓に反射する自分が見えた。
あぁ、なんて顔だろう。
まるで、悪魔のようだ。
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