第19話 不穏な影

「ってことがあったんです」



夜になり、屋敷に帰って夕食をジークヴァルトと共にとる。今日の事を話すと、彼はさも興味なさげにワイングラスを傾けていた。


いや、人の話を聞くときぐらいはこっち向け!



「それで、力をコントロールすることは幾らか可能になったのかな」



「はい。先ほどの話のように、少しだけなら理解してきたかと_____ッ」



え、なんだ?

こいつ、何を考えてるんだ?


俺が話している途中、突然ジークヴァルトはグラスに入ったワインを俺にかけてきた。

ダラダラと頭から流れてくるアルコールは、俺の顔を伝ってブラウスに染み込んでいく。


とうとうトチ狂ったか?



「へぇ、これじゃあ力は発動しないんだね。なら、これは?」



ジークヴァルトはそう言ってワイングラスをテーブルに叩きつけて割り、手元に残った肢を俺に向けた。



「本が落ちてくるという事故に対して、君は力を暴走させた。なら、ガラスの破片を持って迫ってくる敵意に対してはどのような反応をするのかな?」



口元に薄ら笑いを浮かべ、ジークヴァルトはじりじりと俺に近づく。


何だよこいつ、頭おかしいんじゃねーの⁉︎

そこまでするか、普通⁉︎


焦りながらも、俺は椅子から降りる。

ここで逃げても、どうせ逃げきれっこない。


どうする?


このまま行くと、ロゼットの時のように また力を暴走させてしまう恐れがある。

別にここで力を発動させて、ジークヴァルトの目を潰してやってもいいが。というか、少々腹が立つので普通に目潰ししてやりたい。


が、この男は少々面倒なやつだ。

この間の本を吹き飛ばした時だって、自分が綺麗に置いておかないから悪いものを、散り散りになった本を片付けるように指示してきたり ちゃんと語順に並べろと小言を言ってきたりとネチネチネチネチ嫌味ったらしい。

何か反論してやろうかとすれば、やれ吹き飛んだ本は高価なんだ だの やれ飛んだ本が頭に当たって痛かっただのと文句を言ってくる。

小姑かっての。


そんな、いかにも紳士みたいな顔しといて実はガキっぽいところのあるこの男は嫌いだ。



「さぁ、さぁさぁ……」



「せ、先生、怖いです……やめて下さい……」



「と言いつつ逃げない君は、やはり賢いね。君は年齢の割に、随分と冷静な判断ができるようだ。いやはや流石、自分関連の手紙を抜き取るだけあるよ」



え……?


ジークヴァルトの発言に、ハッとする。

こいつ、気付いていたのか?

背筋がゾッとした。


まずい、バレたか……?



「あの、その、それは……」



「私を疑っているのだろう?ケヴィンと共同で君を親から離し、能無しのアルバートを利用するのではないかと」



バレてたーーー‼︎


顔から体温がサッと引いた俺を見て、ジークヴァルトは席に戻り ワインの肢をテーブルに置いた。その背後で、ニナが割れたグラスの破片を片付け始めている。



「さて、君の本性が分かってきたところで少し話をしようか……もちろん、腹を割ってね」



ニヤリと笑うジークヴァルトの首を、俺は手元のステーキ用ナイフで掻っ切ってやる算段をつけ始めるほどに 彼が憎々しかった。





**********





「あぁ、神様……神様……どうか、愚かで哀れな私をお救い下さい……」



誰もいない教会の冷たい床に跪き、1人のシスターが神に祈りを捧げていた。

懺悔を繰り返し繰り返し唱え魂を削るかのように祈り続ける彼女の前には、1人の男が祭壇にどっしりと腰掛けている。何がおかしいのか、跪く彼女の頭を無慈悲に足で押さえつけて笑う。




「シスター、お前はいい子だ。ちゃんと分かっているだろう。神がお前に何を求めているのか」



「……はい、分かっています」



「神の忠実なる奴隷であることが、お前の幸せ。そうだろう?」



「……はい、そうです」



「神が求めるものは全て、ちゃんと差し出さなきゃならない。そうだよな?」



「……はい、おしゃる通りです」



ククッと喉で笑う男は、いかつい指輪をジャラジャラとはめた指で女の顎を上げた。彼女の光が宿っていない瞳には、何も映ってはいない。何も見えていない、何も感じない、何も聞こえていない。ただ、脳内に直接 男の声が侵入してうるさいほどに響いていた。



「明日の捧げものは、子羊だ。いいな?」



「……分かりました」



女の耳元まで近づいた男は、ニヤニヤしながらねっとりと絡みつくような声で囁いた。




「いい子だな、クロエ」

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