37 暗雲

 勿論、災害の規模によって人命や物的損失は前後する、と、四道はおざなりに続けた。

 だがシュリの耳に、その注釈は殆ど届いていなかった。


 レーゼンメーテルが使われるたびに。

 その事実が重くのしかかる。


 四道の注釈は続いた。二つの宇宙は物理的に同じであるがゆえに「座標」が対応し合っている。そのため、レーゼンメーテルが〈バイオ〉のどこかで実験されれば地球に、〈ノウア〉で使用されれば火星に影響が出る、と。


 つまり先日のソルフェリノでの案件は、災害が起きているとすれば火星であり、人命が損なわれることはなかったはずだ。〈ノウア〉にいるシュリ達に火星の状況を知る手だてはないので推測の域を出てはいないが、四道の説明は力強かった。それほどに彼はこの結論に自信を持っているのだ。


「ってことは……あの時の地震も、レーゼンメーテルが原因だってのか?」


「ああ。〈バイオ〉で行われた出力実験で地震が起きて、〈バイオ〉じゃヴィクスとライトが吹き飛ばされたんだよ。

 で、エネルギーの漏れが収まった時点で、洩れた分の質量を回収するためか、……たぶん、互いの宇宙の均衡を保つためだったんだろ。地球側の宇宙から〈ノウア〉側の宇宙に働く力のベクトルが生まれた。僕達はその流れに乗ってしまった、というわけだ」


「そんな……そんな問題じゃないだろ!!」


 叩きつけるように三好が声を張り上げた。

 そうだ。もう、帰る帰らないの問題ではない。

 ベッドから立ち上がった三好の大きな背を、顎を上げて見つめる。


「なんか方法はないのかよ? レーゼンメーテルを〈ノウア〉の奴らに使わせない方法が!」


「あのダースマンが、それを許すと思う?」


「!」


 四道の強調された一言に、三好は唇を噛んで押し黙った。……そうするしかなかった。

 〈ノウア〉政府の代表であり、政府直轄軍ブルーコートの総司令でもあるダースマンが、取るに足りない予備兵どまりのシュリ達の進言を素直に受け入れるか?

 答えはノーだ。


「あの男は僕と同じリアリストだ。自分で見たものしか信じない。異世界の存在なんて、まるで信じてないんだよ。なのに「異世界に影響を及ぼすからレーゼンメーテルを使うな」……なんて、聞き入れるわけないだろ」


「ふざけんなよ……、地球はちゃんとあるだろ!? 宇宙は二つあるって、テメェがいま言ってたじゃねーかよ!」


 四道は深いため息の後、「やっぱりちゃんと聞いていなかったね」とぼやき、眉間にしわを寄せた。


「宇宙が二つあるっていうのは僕達だけが知る事実であって、科学的な証明が成されてるわけじゃない。数字に裏打ちされた確かなデータを見せない限り、あの男は異世界なんて信じないよ。万……いや億分の一の確率で異世界の存在を信じさせられたとしても、あの男のことだ」


「異世界の人間を犠牲にしてでも、レーゼンメーテルを使って、モンスターを滅ぼす方を選ぶ」


 四道の言葉を引き取りシュリが続けると、四道は鷹揚に頷いた。

 あの男は、そういう男だ。

 狡猾な政治家の面の裏に、青い炎のようなモンスターへの憎悪を潜めている。


 脳裏に老獪な男の顔を思い浮かべていると、シュリの耳にぎゅっと皮が握りつぶされるような音がした。落ちていた視線を真っ直ぐ上げると、目の高さの延長線上で三好の拳が悲鳴をあげている。私用の皮の手袋が、限界まで縮こまっていた。


「ダースマンがレーゼンメーテルを使わなくなる時が来るとすれば、それは間違いなくレーゼンメーテルよりもさらに強化された兵器が開発されたときだ。

 ブライアンからの情報だと、開発局はもう新型の開発に着手しているらしいけど……」


「だったら……!」


「だけどそれはレーゼンメーテルの後継機だ。レーゼンメーテルは〈バイオ〉で何度も実験を繰り返してきたおかげで、他の大型兵器と比べても安全性が遥かに高いし、前回ソルフェリノで使ったことで知名度も上がった。これから先、レーゼンメーテルのエンジンは威力を増しながら数を増やしていくだろう」


「けど……使われたんならその分だけ、地球で人が死ぬんだろ?」


 口の中で呟くように。しかし三好の声は鈴のように澄んでいて、二人の耳にはっきりと届いた。


「……レーゼンメーテルクラスの兵器で、……これは予測だけど、マグニチュード五以上の地震を引き起こす。あるいは、火山の爆発か……。大雨洪水か……。そればかりは確かめる術がない。

 ジン、君が指に嵌めている重力制御装置もレーゼンメーテルと同じエンジン使ってるって知ってた? そのサイズなら、局地的な雨か、人が感じない程度の地震が起こるよ」


 反射的に、三好の食いこんでいた指が緩んだ。手が震えているのは、罪の意識からだろうか。彷徨いうつろう瞳は、これまでに重力制御装置を何度使ったのか、記憶をまさぐって数えていることを示している。

 例え小さな影響だからと言われても、三好が後悔しないはずがない。


「――これが、僕が出した結論だ。僕達は地球側の人間として、もうこれ以上〈ノウア〉に関わるべきじゃない。……地球へ帰る方法は、僕が一刻も早く探し出す。だからジンも一木さんも、予備兵の登録も抹消して――」


 抹消して。〈ノウア〉の片隅に埋もれ、……そして?


「そして、帰れっていうのか? そんなの……何の解決にもなってないだろ……!」


 怒気を孕んだ三好の低い声に、四道はカチン、ときたようだった。

 四道だって、地球にも〈ノウア〉にも思い入れがあるはずだ。本音を言えば、双方円満な結果になる道を選びたいだろう。

 だがそれは現実的に不可能なのだ。地球側へ連絡を送る術もなければ、〈ノウア〉でレーゼンメーテル使用の禁止を呼び掛ける権限もない。個人的な私見では聞く耳を持つ者もいない。ダースマンに潰されるならまだいい。異世界、などと喚いたところで、〈ノウア〉の人々はせせら笑うだろう。

 つまり四道の結論は、理論的に消去法で辿り着いた結果であり、現在のシュリ達に実現可能な道筋というわけだ。


 だがそれはシュリ達にとって最も残酷な道ではないだろうか。

 罵詈雑言の数々で互いをののしり合う三好と四道の傍らで、シュリは己に問いかけていた。


 現状のままなら、四道の選択は最善だ。効果的な手立てがない以上、〈ノウア〉に関わるなと自制を求める四道の言い分は、間違っていない。誰だって、傷は浅い方がいい。


 それでも納得できないのは、このまま終われば、必ず後悔するからだ。


 このまま地球に帰還すれば、シュリは絶対に悔むだろう。〈ノウア〉のグローバルネットワークほどに張り巡らされた地球のネットワーク上に、地球のどこかの災害記事が掲載されるたびに。ニュースアナウンサーが、世界のどこかの災害に巻き込まれた死者の数を数えるたびに。


 〈ノウア〉にとどまっても結果は変わらない。レーゼンメーテルが使われるたびに、地球を想って胸を痛める羽目になる。


 そんなのは嫌だ。

 何もしなかった自分を、責め続けるだなんて。

 二の宮を助けられなかったあのときと同じだ。あのときのことは今もずっと胸に凝り固まって根付いている。まるで石のように。


 こんな痛みは、もう嫌だ。


「……ごめん、四道君」


 シュリの小さな謝罪は、取っ組み合い寸前まで進んでいた二人の動作を止めた。


「私は、このまま帰るなんてできない。帰っても、ずっと、何もしなかったことを後悔し続けるよ。……私は、そんなのは嫌」


 だから。


「……だから私は、三番目を、選ぶ」


「三番目……?」


 首を傾げる四道の視線に、シュリは自分の視線を重ね合わせ、はっきり言った。


「オズマを倒す」


「「――――!?」」


 四道と三好が同時に声を呑みこんだ。

 互いの襟首を掴んでいた手がするりと離れ、二人ともシュリに向き合う。


「無茶だ!! プラタですらまるで手が出せないモンスターだってのに……!! 今まで対オズマ戦で何百人死んだと思ってる!?」


「オレらに倒せるようなら、ヴィクスやライトにとっくにやられてるだろ! っつーか、それとこれと一体何の関係があるんだよ!」


「関係、あるよ。〈ノウア〉の人たちは、〈バイオ〉から定期的に送られてくるモンスターを怖がってる。〈ノウア〉にいつまでもモンスターがいるのは、そのせいだから。……だったらオズマを倒せば、モンスターの脅威は格段に減る。レーゼンメーテルを〈バイオ〉でさえ使わないようにすれば、地球への影響はなくなる」


「! ……そうか……〈ノウア〉が繋がっているのは火星だから、残党狩りに〈ノウア〉でレーゼンメーテルを使っても問題はないんだ……!」


「いやいやいやいや! 納得すんなよ、タカ!!」


 ちげーだろ! と、隣の友人を一喝し、三好はシュリの肩を掴んだ。


「タカのバカげた話に反対なのはオレも賛成だ! だけどそれは考え直せ! な!?」


「無理」


「言い切ンなよ!」


 ぐあああっ、と頭を抱え、三好は尚も説得を続けた。


「レーゼンメーテルですら倒せない奴を、オレらだけで倒せるわけねぇだろ!? 冷静に考えろよ。オレらにはブルーみたいな戦力も兵器もねぇんだよ! 倒すっつって、ハイそうですかって出来るほど甘いわけねーだろ!?」


 それは分かっている。


「でも私達は、ブルーにない力を持ってる」


「……………………へ?」

 なんだそりゃ。


 目を丸くする二人から視線を逸らし、シュリは四道の《ポータル》に注視を向けた。


「……ガーディアンの力。エオリアと、ウィカチャと、三好君のカナッサ。この力は、ブルーも持っていない」


「そりゃ…………まあ、そうだけどよ。やっぱり、オズマには通用しないんじゃねーのか? オズマ倒せるほどの力なら、オレだってここまで苦労なんてなかっただろ」


「――それに私達は、オズマの力と対等に渡り合える人を知ってる」


「へ?」

「え?」


 三好と四道の素っ頓狂な声が絶妙なタイミングで重なり合い。


「誰だよそれ!?」


 追及しようとする三好の声に被さるように、四道の《ポータル》がけたたましくなった。


「はい?」


『よかった、出たな!』


 会話がオープンにされていないにも関わらず、通話口からは声が聞き漏れるほど大きな声だった。四道は顔を歪め、反射的に《ポータル》から耳を離す。

 覚えのある声だ。ヴィクス。


「なんだよ、そんな大きな声出さなくても」


『緊急事態だ! それよりジンとシュリを知らないか? 《ポータル》に出ないんだよ、あいつら!!」


 そういえば部屋に置き去りにしたままだ。三好も、ということは、彼もまた自室に忘れてきたのだろう。


「二人ならいまここにいるけど……」


『そりゃ丁度いい! 今すぐ必要な物だけ持って、すぐに出る支度をしろ! 三人ともだ』


「は? いったいどうして」


 理解出来ない、と顔に描いて四道が聴き返すと、深刻な響きを含んでヴィクスは低く告げた。


『女王がブルーに拘束された』

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