28 心に触れて

 ――とは言ったものの。


 街路樹と共に町の景観を高めるため設置された公共の花壇の物陰に隠れ、シュリは対象者の様子をそっと窺った。


 行きたかった店に行ける喜びからか、二の宮は嬉々としている。四道はいいかげん諦めたようで、むっつりとした様子ではあるものの二の宮に随行する姿が見えた。さしずめ、彼女の買い物に無理矢理付き合わされている彼氏の図、に見えなくもない。


「ったく、仲いーじゃねえか」


 聴き方によってはひがみにも聞こえる声の主は、シュリと同じく、大柄な体躯を折り畳んで同じ標的を見ていた。体育座りが愛らしいが、大の男が茂みに隠れている姿はシュリの目でも怪しい。


「……三好君、確か少し前、すごく大きなシュークリーム食べてたよね」

「そう言うお前こそ、ニナとの連絡はどーしたんだよ」

「終わった」


 しれっと言い返す。《ポータル》のメーラーを使えば、近況の報告など数度のやりとりで出来てしまう。

 セラフィムは相変わらずで、ヴィクスとライト少年は例のごとく〈ノウア〉の辺境に赴いているそうだ。ニナはそのオペレーターとして現在任務中だが、戦闘が長引き手持無沙汰らしい。たぶんそろそろ移動を開始しているはずだ。


「きったねー」


 三好よりはマシだと自負している。


「っと、ヤベ。早くいかねぇと見失っちまうぜ」


 瞬間、嫌な顔をする。

 もともと感情の起伏に乏しい上、気持ちを表情で表現しないシュリには珍しい顔だ。といっても、まだまだその変化は微々たるていどで傍目には無表情と大差ない。

 しかしその小さな変化に三好は気付き、憮然と抗議した。


「なんだよ」

「……だって三好君と一緒だと尾行バレそう」


 シュリもまた憮然と告げる。

 潜行や敵の不意を付くといった隠密は四道の得意分野であって、三好はその逆――最前線で敵の注意を引き付け体当たりする役柄が多い。体格もよく声も大きく何かと目立つ三好には打って付けの配置だ。しかし裏を返せば彼ほど隠密行動に相応しくない人材はいない。二の宮と四道を尾行するこの場に、彼は似つかわしくないのだ。


「ごちゃごちゃ言ってる場合か! ほら行くぞ」


 強引に腕を掴まれたシュリは、三好に引っ張られて小走りになった。

 掴まれた腕はまるで痛くない。走るスピードも、シュリの速力を常に気掛けている。

 目の前を大きな背中で覆われては進行方向も彼に委ねるしかなく、シュリは黙って三好の後を追いかけた。


 新興都市オーキッドはビジネス街が中心になっており、そこへ勤める人々が家族単位で住宅街に住んでいる。そのため、平日の昼間ともなれば人通りが極端に減るのだが、シュリ達が駆ける目抜き通りは遅いランチを求める学生や娯楽を探すマダム達で賑わっていた。営業中の店が立ち並ぶため死角も多く、二の宮達を尾行するにはうってつけである。


「お前さ、なんであの二人の後をつけてんだ?」


 しばらく小走りし、再び物陰に隠れると、三好に思わぬ質問をされた。


「気になったから?」


 語尾が疑問形になってしまったのは、シュリ自身、よく分からないからだ。

 四人が集まっていると、あるいはシュリを交えた三人で居ると、二の宮の会話の相手は必然的に三好かシュリに偏ってくる。四道との接点は殆どなく、仲が悪いわけではないが、特筆して良いわけでもない。

 そんな二人が連れ立っているのだ。四道もああいう性格だし、気にはなる。


「なんだ、お前もか」


 も?


「だってタカ徹夜してんだぜ? 何の拍子にキレるかわかんねーだろ」

「じゃあどうして嘘ついてまで一緒に行くのを断ったの?

「ああいう場合は気ぃきかせるモンじゃねーの?」


 ひょい、と肩をすくめる三好を、シュリはしばし黙視してしまった。

 まさか三好の口から「気を利かせる」なんて単語が飛び出すとは思わなかった。〈ノウア〉に来てそれなりに彼と接触する機会は増えたが、ただ直情なだけではないらしい。


「おまえいま、オレのこと馬鹿にしてただろ」


 ……こういう部分も付き合いの長さに比例しているのだろうか。


「タカもお前みたく、もーちょっと分かりやすけりゃなー。マイだって気付くだろうに」

「それはどうかな。夏休み前からなのに、二の宮さん全然気付かないし」

「休み前? それってもう半年……は経つよな?」

「二の宮さんって鈍いよね」


 うむむむ、と、三好が唸る。二の宮と三好の付き合いは高校に入ってから直ぐだったので、四人の中では一番長い関係だ。しかしそんな長い付き合いでも、三好は二の宮の鈍感な部分に気付かなかったらしい。三好もそれなりに鈍い。そのあたりは間違いなく類友だ。


「お前ホント、よく見てるな」


 手放しで褒められ、シュリは少し照れた。そしてすぐに我に帰る。別に照れる必要などない。


「あ!!」


 三好の悲鳴に、シュリはびくっと身を竦ませた。

 いきなり大きな声を出されれば誰だって驚く。跳ねる心臓を押さえつつ、シュリが訊ねると、三好は青い顔で物影の向こうを指差した。

 上肢をそっと押し出し、前を歩いていた筈の二の宮と四道の姿を捜す。予測よりも近い場所に立つ二人は、何か、足止めを食らっているように見えた。

 困り果て慌てる二の宮と、眉間のしわが深い四道。泣きじゃくる子どもが一人。落ちたソフトクリームが一つ。

 再確認の必要はないほどに明確な状況だ。


「どーすんだよ、やべぇぞあれ」


 だからといって出るわけにもいかず、シュリ達はその場でしばし成り行きを見守った。

 二の宮が、まずは幼子を宥める。頭を撫で、何かを囁くと、子どもはすぐに泣きやんだ。

 それからハンカチを取り出し、四道の服についたソフトクリームを撫で落とす。完全には落ちないが、それでも放置するよりは遥かに良い。

 それに恐縮する四道。

 ふっと、口元を綻ばせる二の宮。

 二人の、それぞれに対する態度は、この〈ノウア〉に来てから確実に変わってしまった。

 ――それも当然だ。永遠に変わらない人間関係などない。関わり合っていれば親密になるし、長く連絡を取らなければ疎遠になる。全く見ず知らずの人間ならば永遠に変わらないだろうが、そんなの最初から「関係」ない。

 一度関係を結べば、それは潰えて消えるまで永遠に変化し続ける。人と人との繋がりは、時間と共に確実に何かが変わるのだ。

 それから少しのやり取りを交わし、四道も落ち着きを取り戻していく。汚れたハンカチを半ば奪うように二の宮から取り上げると、ほんの少し頬を赤らめながら何かを言った。


「洗って返す」


 読唇など出来ずとも、そう言っていることくらいは分かる。

 二の宮が笑う。嬉しそうに。

 花が咲いたような、太陽が微笑んだような、あるいは聖母の慈愛の様な印象の深い笑顔が、一枚の名画のようにシュリの胸の裡に焼き付いた。

 シュリ達の心配など杞憂に過ぎなかったようだ。


「……帰っか」


 三好の提案に、シュリは小さく頷いた。

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