21 覚悟の上

「言っても信じないかもしれないけれど、僕達は異世界から来た」

「おいタカ――」


 無謀な説得を試みる同級生を制止しようと、三好が前に出ようとするも、後ろから伸びた手に腕を掴まれ止められてしまった。シュリの細い指が三好の太い腕に食い込む。三好の目が彼の肩越しに非難染みた目を送られるも、シュリは手を離さなかった。


「気が付いたら僕達は〈バイオ〉にいた。モンスターに襲われているところを危うくヴィクス達に助けて貰った。だから僕達は〈ノウア〉の人間でも、〈バイオ〉の住人でもない。勿論、それを証明する方法はない。だけど時間と機材と情報を提供してくれるなら――僕が証明してみせる」


 ……そうきたか。


 説得を逆手に取り、交渉ときたものだ。さすが、四道。抜け目もないし合理的。政府代表と良い勝負だ。


「――時間と機材、更には情報まで、か。ふ……随分と強欲な」

「僕はあなたが欲しがっている情報を証明する手段を求めているだけだよ。強欲と言われる覚えはないな」


 しれっと嫌味を返すあたり、四道の方が僅差で上手だろうか。

 果たして二人は暫し睨みあい、張り詰めた暫しの間の後、政府代表が口元を緩めた。


「それだけの物を準備し、得られるのはお前達の出自のみでは旨みがない。割に合わん交渉をするつもりはない」


 酷く冷静な声音で男は告げた。

 どこまでも沈着な男だ。四道の説得ならばあるいは、と思ったのだが……。


「異世界だなんて僕も信じていなかったけれど、こうして目の前にある物は否定できない。異世界はある。そして互いの世界を行き来するのに、どれだけ膨大なエネルギーが必要か分かってる? それだけのエネルギーを取り出す方法が分かれば、異世界を渡るだけでなく、新兵器の開発にも貢献出来る」


 四道の目的は地球への帰還。その為には世界を移動する方法を探らなくてはならない。ありとあらゆる手段を四道はそれにつぎ込むだろう。勿論、膨大なエネルギーとやらも。

 そして、帰還さえ叶えば、研究の過程で得られた成果は四道にとって無用になる。興味も失せたそれらを武器に転用すればいいと提案しているわけだ。

 今の政府代表は新兵器の開発に余念がない。

 相手の足元を見た、よい提案だ。

 しかし、


「兵器の開発には、大勢の専門家が日夜研究に携わっている。今更子ども一人加わったところでどうなる」


 四道を睥睨し、政府代表は辛辣に吐き捨てた。

 確かに正論だ。それに、交渉には不利になるため四道は隠しているが、地球の技術はこの〈ノウア〉に大きく遅れている。四道の知識が加わっても、恐らく大した発展には繋がらない。それを心得ている四道がそれ以上、言質を重ねられる筈もなく、代表に悟られぬ程度に唇を甘噛みする姿が見受けられた。

 この男は、政府代表の肩書きを背負うに相応しい判断力を備えている。四道ならまだ交渉の手札を出せるだろうが、それらも恐らく悉く跳ね返されるだろう。一筋縄では通用しない。説得を試みるならばもっと決定的な切り札が必要だ。


 セラフィムに面会を提案され、渋ったヴィクスの気持ちが今なら分かる。何の下準備もなしに打ち負かせる相手ではなかったのだ。


「お前達がどこの出身かなど興味はない。利益もない。〈バイオ〉にいたというのなら、尚のこと、お前達は危険だ。〈バイオ〉にはモンスターしかいないのだからな」

「な、……ちょっと待てよ。オレ達がモンスターだって言いたいのか!?」

「〈ノウア〉の人間でないというのならば大した違いはない」

「っざけんな!! 誰がモンスターだ、誰が!!」

「ばか、落ち着け!」


 代表に掴み掛ろうと三好が半歩飛び出す。

 代表の正面に、護衛の女が割り込み、臨戦態勢を取る。

 二人が衝突するよりも早くライト少年が体を張って三好を止める。更に左腕には二の宮がしがみ付き、シュリもまた握っていた腕を強く引っ張って協力した。それでも筋力を全開にした三好に引き摺られ、全員僅かに動く。怒りを引き金に、三好のキューブが反応しているようだ。


「離せ! モンスターだなんて言われて黙ってられっか!!」

「ダメだってば、ジンくん!」


 力一杯に引き止めても尚足りない。

 暴力沙汰も時間の問題かと思われた、その時。


「お待ちください」


 聞き覚えのない第三者の声が場を奪っていった。

 声がした方――政府代表が現れた扉とは対称のその場。薄いヴェールが重なる一人分の議席の向こう側から女性が一人現れた。

 黄緑色のベリーショートヘア。涼しげな薄青の瞳。年齢はシュリ達と同じくらいだろうか。背は高く、二の宮を少し上回っている。


 更にその後ろから、もう一人。

 こちらは最初の女性と違って髪が長い。栗色で、ストレート。瞳は碧。新緑の色に近いだろうか。


 二人の姿を見止め、「げ」とヴィクスが口の中で呻いた。振り返れば、ライト少年も、それどころか政府代表ですら表情を転じている。

 よほどの人物と即座に察しがついた。


「こんな時に……」

「だあれ?」


 二の宮とライト少年のひそひそ話がシュリの耳にも届いた。二人に力尽くで押さえられている三好にも聞こえている筈だ。


「この〈ノウア〉の女王陛下」

「マジで? どっちが?」


 三好も会話に参加する。


「茶髪の方。黄緑色の方は陛下の補佐官。……多分、議会に参加しに来てたんだろうけど……」

「お話し中に申し訳ありません。声が聞こえたものですから」

 事情は全て聞きました。


 幼さの抜け切れていない声を発し、女王は政府代表と向き合った。

 女王陛下ともなると政府代表と互するだけの権力が与えられているだろうが、こうして並び立たれると威厳や貫禄の差が際立ち、どうしても女王が小さく見えてしまう。

 ライト少年は女王にも議決権が与えられていると言っていたが、この分だと権利はあっても影響力は大きくあるまい。同様に発言権も代表の前では塵に等しいはず。

 それでもこの人は何故、代表と向かい合っているのか。現在の立ち居地を考慮すればシュリ達を庇う為であるとは分かるものの、女王のとその補佐官の真意までは窺えない。この状況では質問も出来ず、シュリ達は一先ず傍観者を続けた。


「ダースマン代表、無理を承知で、彼らを受け入れることはできませんか?」

「女王陛下のご意見とはお珍しい。……しかしこれはブルーの問題。越権行為ではありませんか」

「分かっています」


 硬い声で返し、女王は続けた。


「ですが、彼らの保護に関しては私にも介入権があるはずです。たとえ〈ノウア〉の住人でなくともヒトはヒト。ビッグ・マムは、彼らの保護の原則の適応を申し出ています。それがマムの御意志ならば、私たちは彼らに社会的な保証を約束すべきではありませんか?」

「まさか陛下まで彼らの話を信じた――などと仰られるおつもりですか。異世界などという、御伽噺を」

「異世界を御伽噺というのなら、ガーディアン達はどうなるのヨ? マムは何百年も前、当時の初代女王によって異世界から召喚されたんじゃん」


 女王とダースマン代表の一騎打ちと思われた場に、果敢にも女王補佐官が攻め込んだ。

 ダースマン代表の目が忌々しげに矛先を変え女王補佐官を捉えると、お呼びで無いと言わんばかりに眼を細め睥睨する。もしあの視線の相手がシュリならば、あの眼に射竦められただけでいとも簡単に戦意を喪失し白旗を揚げて降参しただろうが、補佐官は違う。慣れた態度で代表の眼光を往なすと、一流モデルのような出で立ちで堂々と対立した。


「それに、そのコたちがヒトじゃなかったとしても――アナタが言うようにモンスターだったとしたら、ますますアナタが責任取らなきゃいけないんじゃないの?」

「なに?」

「だってそうでショ? モンスターを野放しにするわけにはいかないもの。首輪と飼い主をつけておくのがフツーでしょ。だったら拾ったヒトの責任。拾得物は最寄のブルーまで」


 いろいろ引っかかるフレーズはあるが、一理はある。

 ダースマン代表もまさか自分の言葉の揚げ足を取られるとは思っていなかったらしい。怒りと当惑が綯い交ぜになった怖い顔をしていた。


「あんまり睨まないでヨ。アタシたちは別にこのコたちを押し付けようとしてるんじゃないんだから。ただチョット、許可してくれればいいだけ。他ならぬマムがそれを望んでる。アタシ達は頭を下げてる。それでいいじゃない」

「お願いします、ダースマン代表」


 女王陛下が深々と低頭するのを見、シュリは複雑な境地に立たされた。

 これはシュリ達の問題なのだから、この場で真っ先に頭を下げるべきなのは自分達ではないだろうか。しかしどうしようもない抵抗を覚えているのは、問題が既に自分達だけの範疇ではなくなってしまっているからだ。

 今は女王と政府代表の対立、その前は代表と四道の交渉だった。論点は相変わらずシュリ達の身辺であるというのに、何だか妙に規模が大きくなっている気がするのは気のせいだろうか。


「マムに請われては無碍にも出来ません。いかがですか代表、ここはひとつ、彼らを予備兵に登録されては」


 不毛な空白に楔を打ったのは、ダースマン代表の後ろに控えていた女性だった。単なる護衛のブルーコートかと思いきや、代表にスケジュールを確認したり、意見したりと、どうやら秘書のような仕事も兼ねているらしい。


「予備兵?」

「おいおい、なにもそこまで」

「おだまりなさいヴィクス」


 女護衛が高圧的な一喝を放つ。これにはヴィクスだけでなく、予備兵の何たるかを質問した二の宮も押し黙るほか無かった。


「入軍テストを受けてもいない者を軍人として認めるわけにはいかない。かといって、部外者を逗留させるわけにもいかない。貴方は代表をこれ以上煩わせるつもり?」


 彼女の言い分は正しいのだろう。それは口籠るヴィクスから容易に読み取れる。


「人間かどうかすら真偽も定かではないのに、破格の待遇よ」


 様子を窺っていた護衛兼秘書の女は、沈黙が途切れないことを確かめ、笑み曲ぐんだ。


「よろしいですか? 代表」

「任せる」


 たった一言で総てを委任し、代表は瀬を向けて退出する。


「そちらも異論はないようね」


 ないはずがない。特にヴィクスはぐっと何かを堪えているように見受けられる。だが言うに言えない。悔しそうな顔が、それを物語っていた。


「手続きは直ぐに終わるわ。明日の朝一番にいらっしゃい。いいわね、ヴィクス」


 尊大な口調で命令し、代表を追って女も退出する。


「む~か~つ~くぅ~!! なんっなんだよ! あのタカビー女!!」


 扉が閉まった途端雄叫びを上げる三好。今ばかりはその気持ちも分からなくもない。


「部下が部下なら上司も上司だ」


 四道の場合は同族嫌悪ではないのだろうか……。


「たしかにあんまり良い人っぽくなかったねぇ」


 苦笑いで二の宮。


「ごめんなさい……私の説得が及ばなくて」

 力になれると思ったんだけれども……。


 首がやや俯き加減になるのに合わせ、茶髪がさらりと肩から落ちた。羨ましいくらいのサラサラストレート。


「そんなことないよ! 四道クンだけじゃ説得出来るかどうか分からなかったし、すごく助かったよね?」

「悪かったな、説得できなくて」


 同意を求めて振り返った二の宮が、四道の冷視を浴びて石像になる。

 フォローは大事だが、墓穴を掘ることもあるので注意すべし、だ。


「でも予備兵かー。チョット面倒だネ」


 手近にあった机に寄り掛かり、女王補佐官が難色を示した。余り緊張感のない声音の為か、切迫した様子はまるで窺えない。


「何が面倒なんですか?」

「予備兵って、フツーは退役軍人とか、家庭の事情とかで軍に属せないけどテストには合格した人とかがなるモノなんだ。普段は一般人で正式な軍人じゃないけど、緊急時には召集に応じなきゃいけないし、軍規は適応されちゃうし、結構メンドーなんだよ」

「それだけじゃねえ」


 低く、ヴィクスが唸った。


「都合のつく予備兵には命令も下りてくる。殆ど軍の飼い犬みてえなもんだ。下手すりゃ戦場にも送られっからな。――今ならまだ間に合う。よく考えろ。ここから先は、覚悟が要るぞ」


 誰かが溜飲を下す。

 深呼吸何回か分の、長い沈黙。怯えを覚えるくらいの圧迫感があった。


「覚悟なら、とっくに出来てる」


 いつになく神妙な面持ちで言い切ったのは三好だった。ぐっと顎を引き、拳を握って、全身全霊でヴィクスに訴えていた。


「もうずっと、そうやって戦ってきたんだ。そんなのは今更だ、ヴィクス」

「あたしも。それにたぶん、もう、後戻りなんて出来ないよ」


 三好に続き二の宮が同意し、四道も次いで頷いた。


「日本へ帰る方法が探せるなら何でもやる」


 四道の場合は目的ではなく手段になっているが、それもまた覚悟なのだろう。

 残りの一人となったシュリは、衆目が集中するのを受け止めながら、自身に問いかけていた。だが二の宮や三好のように自らの意思は湧いてこない。四道のような動機もない。だがこの先の行く路を決める意志だけはあった。


「私も、大丈夫」


 迷いだけは、なかった。

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