20 対峙

 乗り込んだ時とは逆順で降車し、歩道に出ると、屹立した巨大な建物がシュリ達を圧倒した。


 線模様の柱がギリシャの遺跡を彷彿とさせる。門構えとしては日本の国会議事堂に類似しているだろうか。町並みに相応しいビルのような様相は少しばかりなりを潜め、明らかに他とは違う異彩を放っている。

 正面玄関の脇には天使の羽を背中から下ろしたマムの全身像があり、時に入場者と言葉を交わしている。山高帽を被った初老の男性がマムに向かって会釈を献上する。ウルトラマリンの広場といい、空港といい、マムの「入れ物」はどこにでも用意されているようだ。無理もない。彼女は例えるならば、世界を股にかけて発展する宗教の唯一神のようなもので、〈ノウア〉の者ならば誰しもが崇拝しているのだ。必然的に芸術の対象とされるだろうし、良ければ傍で見守ってほしいと思うのも人心なのだろう。


 そんなマムの足元を通り過ぎ、ヴィクスを先頭に内部へと進む。〈ノウア〉最大の議事堂ではこれから重要な議会が開催されるということもあり多くの人が集まっていた。

 議員らしき風体をした中年男性達が、軍人二人とエオリア一匹を引き連れた場違いな高校生四人に不躾な視線を投げかける。一階のロビーに設けられた受付でヴィクスが幾度かやり取りをすると、受付嬢の先導で更に奥へと案内され、観音開きの重そうな扉の前に置き去りにされた。

 華麗な彫刻に演出された扉を前に全員が一旦足を止め固唾を呑む。

 緊張よりもうまく説得出来るかどうかの不安が大きい。ヴィクスの背中が強張っていた。


「エオリア、あなたはここで待ってて」

「きゅぴ? きゅーきゅきゅ!」


 三度首を横に振られるが、そういうわけにもいかない。

 《SV》の車窓から何体かジョンブリアンに逗留するエオリアを見つけたが、どの個体も自由気ままに町を浮遊するだけで特定の人間に懐いているエオリアは一匹もいなかった。マムが産んだというエオリアが、ガーディアンとしてどの程度の地位を占めているかは不明だが、〈ノウア〉の守護者を個人的に連れ回しているとなると一般人の耳には宜しくない。それにこのエオリアがどういった理由でシュリ達に追随しているのか、その理由を求められても正確には答えることは出来ないのだ。エオリアがシュリ達の言葉を理解しても、エオリアの言葉はシュリ達には分からない。

 無用な誤解を避けるためにも、エオリアにはここに残って貰うのが無難だ。


「終わったら直ぐに戻るから」


 いい子にね、と言い聞かせ、シュリは扉を潜った全員の後を追いかけた。

 扉も立派だったが、室内も豪華だ。床はシュリ達が佇む壁際から部屋の奥へと向かって階段状に下降しており、踏み心地の良い真朱の絨毯が敷き詰められている。階段の一段ごとにテーブルとイスが並んでおり、最奥には違った形で席が設けられている。

 形としては戦艦ストラトスのオペレータールームに似ていた。ヴィクス達が戦場を駆け巡る間、ニナのようなオペレーターが通信機を使って指示を出すあの場所は、ここと同じく映画館やコンサート会場のようにすべての列に段差がついていて、机とイスと半透明のパソコンの画面のようなものが並んでいた。

 どちらにも、進学希望先で下見した大学の教室に印象や雰囲気がそっくりだ。

 ただ相違点もあり、コンサート会場ならば舞台が設えられている前方には、オペレーター室では巨大なスクリーンが浮いていた。半透明だが表示はこの上もなくクリアで最も遠い入り口からでも表示されている文字がくっきりと読み取れたくらいだ。世界標準言語で画面の片隅に、重力制御装置出力七十三パーセント、酸素率二十パーセントと表示されていたのをはっきりと覚えている。

 一方こちら――議事堂の方は、階段ごとに並べられた机類とは少し型の違う大きく立派な机が並んでいた。日本の国会議事堂に当て嵌めるなら、ここには議長や質疑者、応答者が席に座るのだろう。前面の壁には左側に関係者用の扉が、右側にはヴェールが被せられた一人分の席が設けられている。そこだけはまるで天蓋付きのベッドのように別格扱いだ。その部分だけがやけに印象に残る。


「……代表はまだみてえだな」


 周囲をぐるりと見渡したヴィクスが呟いた。

 それから待たされることおよそ五分。

 待ち人はシュリ達が使用した正面扉からではなく、議長席の傍に設けられた通用口から現れた。ぷしゅ、というエアーの抜ける音と共に扉が開き、ひと組の男女がシュリ達の前に立つ。


 男の年齢は、おそらく初老。若く見積もって五十代だろうか。生来の色なのか、それとも白髪化が進んだ結果なのか、髪は鼠色をしている。背は高くも低くもない。

 至って平凡な、定年を十年後に控え部下の育成を始めた当たりのサラリーマンのような風体なのに、不思議と印象深い男性だ。穏やかな空を安定飛行で渡る鳥のような、そんな静と動の絶妙なバランス。人生の辛酸を知った人間ならではの揺れ動かない「静」と、様々なものを得ても尚燃え尽きぬ欲望の「動」と、双方が均衡を保って一人の人間の裡に共生している。

 これが〈ノウア〉政府の代表であり、政府直轄軍ブルーコートの総司令官。


 なるほど、と納得させるだけの気迫は感じた。


 その一歩後ろに控えている女は護衛だろうか。ブルーの制服をやや露出過多に気崩し、派手な色の装飾で身を整えている。妖艶に弧を描く唇が艶めかしい。色仕掛けで迫れば大半の男は落ちるだろう。


「あれが政府代表のダースマン。後ろの女は秘書兼護衛のレイリー中佐」


 シュリ達に聞こえる程度の小声でライト少年が注釈を入れてくれた。

 その二人に、ヴィクスとライトが揃って敬礼を送る。軍人らしい型に嵌った礼だ。

 対する男女はそれを目線で引き取り、次いで政府代表が口を開いた。


「先立っての〈ノウア〉での任務、御苦労だった」


 いささか枯れ気味の声が、部屋の音響効果を受けて大きく広がる。低音が心地良い。政府代表とだけあって演説慣れしているからなのか、この部屋の扱いはよく知っているようだった。


「報告は受けている。発射後の威力誤差については現在開発部で調査中だ。数日のうちに何らかの返答はあるだろう」

「実験成功の報道は、まだ見かけていないようですが」

「当然だ。レーゼンメーテルの成功を今発表しても、昨日のウルトラマリンでの騒動に上塗りされるだけで、せっかくの宣伝がふいに終わってしまう。……どうせなら最大の効果を狙うべきだろう? 発表は明日でも遅くはない」


 なるほど、合理的だ。抜け目もない。新兵器の存在感をアピールする機会は何かと少ないし、命を奪う兵器に好印象を持たせる場面は更に稀だ。実験成功の報道は双方が満たせる最大のチャンス。〈ノウア〉から降って来たモンスターに邪魔されるのが面白い筈はないし、実験成功という嬉しい報告が一日二日遅れたところで大衆は気に止めたりもしないだろう。

 さすがは政治家、だ。……褒めてはいない。


「代表、お時間が」


 男の後ろから女が耳打ちする。


「分かっている」


 苛立たしげな返答。

 そういえば議事堂の待合室には大勢の政治家らしき男達が腰を据えて時間を待っていた。おそらくは後小一時間も経たない内に議会か何かが始まるのだろう。


「これでも何かと多忙でな。用件は手短に願おう」


 代表の鋭い瞳がヴィクスに向けられた。一番年長で、リーダー格のヴィクスに発言権を与える、という仕草に思えた。


「……彼らの許可が欲しい。オレ達と同行する許可を」


 ヴィクスなりに様々に思考を巡らせた末の答えなのだろう。〈バイオ〉で人間を拾ったと言えば異世界などという俄かには信じがたい単語を口にしなければならない。それを避けるために、最短ルートでの懇願をヴィクスは選んだ。

 しかしそう思惑通りに事は運ばないだろう。彼の懇望の次に続く言葉は、


「なぜだ」


 だからだ。


「見た所、私には只の一般人に見えるが」

「キューブを保持している」

「珍しいことではない。十代後半のキューブ保持率は約二割。これまでの記録によると最少年齢は僅か六歳だ」


 クリスタルキューブの発動に年齢制限はない。戦う意思――それこそが重要な要素であり、それ以外は必要ない。だからこそ、異世界人のシュリ達ですら得られたのだ。


「……それに身寄りもない」

「〈ノウア〉を占める孤児の割合を知っているか? 戦災孤児でも問題なく生活出来る社会保障システムがあるだろう」

「―――…」

「いいよ、ヴィクス」


 言葉に詰まった彼を見兼ねたのは四道だった。


「このテの政治家にそういう態度は通用しないよ。ましてや政府の代表なんだろう? 随分と修羅場くぐってるみたいだしね」


 告げて、四道はシュリ達の一番先頭に歩み出た。ヴィクスを追い抜き、代わりに政府代表の真正面に立つ。いつもの辛辣な表情が、今は理知的で頼もしい。政治家楯突く格好の厳しい眉間が、この場では妙に様になっていた。

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