ピーターパンになった少年
星森あんこ
少年
「ねぇソフィー。君はどんな花が好きなの?」
「私はね、
ソフィーが渡したのは小さな粒のような紫色の勿忘草とピンク色の勿忘草だった。キッドはその花を眩しい程の笑顔になり、花を受け取った。
キッドとソフィーは仲の良い友達だった。幼い頃から一緒で毎日二人で遊んでいた。お互いの家同士も仲が良く、幸せな日々を送っていた。しかし、幸せというものは長くはつづかないもの。
彼らが住んでいた国は戦争に巻き込まれ、非常に危険な状態になった。キッド達の家族は北の国へ、ソフィー達の家族は東の国へと逃げ、離れ離れになってしまった。
これがキッドとソフィーが五歳の時の話……今から三年前の出来事────
ソフィー8歳。
「え? キッドにまた会えるの?!」
ソフィーがガタンと机から乗り出して、両親に尋ねる。両親はそれに驚いたもののすぐに優しい笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだ。ソフィーが会いたがっていたから必死に探すとキッド君達は三ヶ月前にこの国にやって来ていたそうなんだ」
白い髭を生やした父親が柔らかい口調で話す。
「それに、ここからそう遠くない場所に住んでいるらしいわ。おばあちゃんと一緒みたいよ?」
「え、じゃあキッドのお父さんやお母さんは?」
「共働きといってね、お父さんとお母さんはお仕事に行っているのよ」
栗色のパーマのかかった髪の母親が答える。ソフィーはまたキッドに会えると思い、今夜はうきうきして眠ることが出来なかった。そして翌日の早朝。早速キッドのいる家へと向かった。
キッドの家は決して広いとは言えなかったが、そこそこ立派な家だった。庭では野菜を菜園しており、ソフィーが好きだった勿忘草が植えられていた。
「キッド? どこにいるの?」
ソフィーがそうキョロキョロと探す中、ソフィーの両親は挨拶の為にキッドの家の中へと入っていった。ソフィーは不安げな表情でキッドを探し続けていた。
「キッド?」
「ばぁっ!!」
「キャッ! もう、驚かせないでよー!」
キッドはソフィーの近くに立っていた木からぶら下がり、ソフィーを驚かせた。ソフィーはぷくーっと頬を膨らませたのち、キッドに抱きついた。
「わっ! ソフィー離れてよー。危ないよ?」
「もう少しこのまま」
ソフィーが木にぶら下がったままのキッドに抱きつきながら、笑っていた。
「キッド、なんで私達にあなたがこの国にいるって教えてくれなかったの?」
木から降りたキッドにソフィーが尋ねる。
「ここに来てからずっとバタバタしていたんだよ。お父さんはずっと難しい顔をしているし、お母さんはいつも悲しそうな顔をしている。無理も無いよねだって身近な人が死んじゃったんだもん」
「身近な人って?」
「僕のおじいちゃんやいつも花を分けてくれた花屋のお姉さんも死んじゃっただよ」
「そう……」
ソフィーがそう悲しげな顔をするとキッドがワシャワシャとソフィーの頭を撫でる。昔からソフィーの栗色の髪を撫でるのがキッドは好きだった。
「でも、ほら。僕はこうやって生きているから、これからはもっと遊べるね!」
「わははっ! そうだね!」
しばらく二人が遊んでいるとソフィーの両親がやって来た。なにやら深刻そうな顔をしている。
「あ、お父さん! お母さん! キッドにまた会えたよ!」
「そ、それは良かったな。ソフィー、もう帰らないと行けない時間なんだ。キッド君、またソフィーと遊んでくれるかい?」
父親がそう言うとキッドはコクンと頷いた。少し間をあけた後、父親がソフィーの手を引き、車へと乗り込んだ。ソフィーはキッドが見えなくなるまでずっと手を振り続け、キッドも振り続けていた。
ソフィー11歳。
「ねぇ、キッド」
「なに? ソフィー」
「どうしてキッドは背が伸びないの? 男の子なら背が伸びるはずでしょ?」
今のソフィーとキッドの身長差は中学生と小学生のようにかけ離れている。キッドはむーっと頬を膨らませた。
「まだ成長期じゃないんだよ! 見てろよ! あっという間にソフィーを見下ろせる程に大きくなるからね!」
「ふふ、待っているわ」
ソフィー17歳。
その日は雨だった。幼い頃にキッドと離れ離れになったときも雨だった。ソフィーは浮かない顔をしていた。
そう、真実を知ったような顔を────
「あ、ソフィー! 大きくなったね」
「キッド……」
キッドも何かを覚悟したような悟ったような表情をし、ソフィーを見上げていた。
「何故、黙っていたの?」
「君が悲しむと思って」
「何故、勿忘草を育てるよう頼んだの?」
「君が好きな花だからさ」
「何故、声が聞こえず姿も見えないの?」
「それは……君が大きくなったからだよ」
キッドはそう目の前で泣くソフィーに呟くように伝えた。キッドは目を伏せ、泣き崩れるソフィーの傍に寄る。
「ごめんね。ソフィー、僕はとっくの前に死んでたんだ。あの戦争の時に。僕は君に忘れて欲しくなくて……」
キッドがそう話しかけるもソフィーの耳には届いておらず、触れることすら出来なかった。
「もう、キッドに会えないなんて……そんなの酷いわ」
「またいつか会えるさ。それまでに君が覚えていればの話だけど。だから────」
″Don't forget″
そうキッドの声が確かにソフィーの耳に届いた。ソフィーの手元には誰かが摘んだばかりの勿忘草が置かれておりそよ風がソフィーの頬を撫でた。
「ふふ、花言葉を知っていて私にくれたの? そうだったとしたら……あなたは策士ね」
勿忘草の花言葉を『私を忘れないで』『誠の愛』
ピーターパンになった少年 星森あんこ @shiina459195
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