第54話 その頃の王国
◆◆◆ <ヌル視点>
「何と言った?」
「だーかーらー。もうやらないって言ったの。あいつらをやりたいんだったらそっちでやって。」
エメリヒの目の前にいるのは黒い髪に緋色の瞳の中性的な美貌の男。彼は腕を組みながら話す。
「プロが一度受けた依頼を反故にするというのか?」
「まあいつもならしないね。こっちも尋常じゃない被害を出してるし。だからリベンジしたい奴は勝手にやれって言ってるよ。ただリスクがでかすぎるんだよね。」
「リスク?」
「ケントと一緒にいる子だよ。ケントだけならよかったんだけど彼女に手を出しちゃいけないって本能が警告するんだよね。それにあいつがやりたくないって……。」
「ケントの仲間か? 子供なら簡単に殺せるだろう?」
「へぇ……。国どころか世界が壊れても?」
「……どういうことだ?」
「それだけやばいってこと。あんたらも手を引いたほうがいい。国を滅ぼしたくなかったらね。」
「お前は何を知っているんだ? 分かるように説明しろ。」
「それは無理。分からないから。ただなんか飼ってるのは分かる。」
「飼ってる……? 魔物か?」
「そんな可愛いものじゃないよ。まあ警告はしたからね。」
暗殺集団のリーダーであるヌルは掌をひらひらと振ってその場を去ろうとする。
「待て! 命令に背いてただで済むと思っているのか!?」
するとヌルはエメリヒへ振り返り、今までの柔らかい雰囲気から一変して怒気をはらんだ目でエメリヒを睨みつける。
「勘違いしないでくれる、おじさん? 僕たちは国に飼われてるわけじゃないんだよね。ビジネスでやってるんだ。報酬にも見合わないし、そもそも世界があってこそのお金だからね。」
「何を馬鹿げたことを……!」
ヌルは再びいつもの柔らかい雰囲気を纏って淡々と話す。
「僕らとやるってんならあの子がここへ来る前にこの国を潰すよ。」
「っ……!」
「そっちの情報不足が招いた被害だ。こっちの被害分は前払いの金で勘弁してあげるよ。」
ヌルはエメリヒの前から立ち去る。人けのない中庭にさしかかったところで1人呟く。
「君がやりたくないっていうから彼女の暗殺はやめるよ。」
そう話したのはヌルではなく彼の影だった。その黒い影は地面から彼の身長と同じくらいの高さにまで伸びた。そして腕を組みながら本体である彼に話す。
ノインからの報告を聞いたあと直接セシルを見にいった。ノインは敗北の原因をどこかから来た女が起こした魔法だと言い張っていたが、実際見てみたらセシルは精霊のいとし子だった。
あれは魔法などと可愛いものじゃない。彼女を愛する精霊がなした災いだったのだと今なら分かる。
「悪魔の僕と精霊とでやりあったらまじで世界が壊れちゃうよね。」
そう言う影が繋がる彼は少し背が低くなり、その銀色の髪を風にさらさらと靡かせながら影の言葉に答える。
「うん、それもあるけど。僕お姉ちゃん好きだから傷つけたくないんだ。」
「なに、初恋? 甘酸っぱいねぇ。それより、あいつら納得してくれているかなぁ。部下がだいぶ殺されちゃったからなぁ。手を出さないといいけど。」
「どうだろうね。」
彼は冷然と答える。それを聞いて影はしゅるしゅると本体へ戻る。
「まあなるようにしかならないよね。ふわあぁ。」
元の姿に戻ってそう呟いたヌルは背伸びをしながら
◆◆◆ <ワタル視点>
「エリーゼ様、お顔の色がすぐれませんが大丈夫ですか?」
「ワタル様……。」
神殿の窓から外を見ていたエリーゼが後ろから声をかけてきた若者へ振り返りにこりと笑う。
「大丈夫です。ご心配おかけてしてすみません。自分の未来について考えていたのです。」
「貴女の未来?」
勇者ワタルは、薄紫の髪と紫紺の瞳を持つ美しい聖女エリーゼに尋ねる。彼女は憂いの色をその表情に浮かべながら話し始める。
「はい……。ご存知の通りこの国では聖女は王族と婚姻しなければならない決まりがあります。先代の聖女様はその習わしに従い今の陛下に側妃として嫁がれました。」
「強制しておいて側妃だなんて。傲慢すぎる!」
「ふふ。聖女の血筋を王家に入れたいというのはもちろんあるのでしょうが、捕らえておきたいという理由が大きいのだと思います。このままいけばこの国の王子の誰かに嫁がされるでしょう。私は愛する人と一緒になりたい。だけどこの先ずっと王家に囚われるのだと思うと未来に全く希望が持てなくて……。」
彼女は懸命に涙を堪えているように見えた。それを見ていると堪らなく愛おしく胸が苦しくなる。
「神殿と王家によって隠蔽されてはいますが、昔、先先代の聖女様が当時の勇者様と駆け落ちされたとか……。それを考えると羨ましくて仕方がないのです。あっ! 違いますよ、ワタル様にそれをお願いしているわけではないですからね!」
慌てて言い訳をする目の前の少女を可愛いと思う。自分が何とかしてあげたいと思う。
ワタルという人間はずっと面倒くさいことが嫌いだった。日本にいたときも自分の能力相応の大学へ行ければいいと思っていたのに両親がそれを許さない。一流大学へ行けと毎日のように諭される。教師までお前は能力があるのだから上を狙えと勧めてくる。
努力してまで上の大学を狙う意味が分からなかったし、そうしたいとも思わなかった。それよりは楽しい高校生活を過ごしたかった。
周囲の口煩さに辟易していたころにそれは起こった。光に包まれて別の日本人と一緒にこの世界へ召喚された。ワタルは現実から逃げたかった。この世界なら煩わしい周囲からも解放され好きに生きられると。ラッキーだと思った。そして戻りたいなんて毛ほども思わなかった。
特に何の努力をしなくても加護の力やなんかで誰にも負けないし、周囲はちやほやしてくれる。しばらくはそれでよかった。彼女に会うまでは。
最初にエリーゼに会ったときにあまりの美しさに目を奪われた。一目惚れなんて信じていなかったけどその日身をもって体感した。
面倒くさいことが嫌いなワタルは、それを一時の気の迷いと思いこれまで過ごしてきたが、彼女の姿を見るたび、声を聞くたびにその気持ちは強くなる。
「いざとなったら僕が……。」
「え?」
小さく呟くワタルの声を彼女は聞き取ることができなかったようだ。密かに自分が彼女を幸せにすると心に決める。
「いえ、なんでもありません。もう夜も遅いです。体が冷えますからお部屋に戻ってください。送ります。」
「ありがとうございます、ワタル様。」
彼女はにっこり微笑んでワタルに従った。
◆◆◆ <エメリヒ視点>
「あの男、いつかこの事を後悔させてやる……!」
エメリヒは執務室で怒りに拳を震わせていた。ヌルのチームが手を引くとなると城の暗殺者を手配しなければならない。だが奴らほど腕の立つ者はいない。どうしたものか。
それに彼が言っていた言葉。世界が終わるとか国が滅ぶとか、いささか気にはなるが仕事を断る言い訳にしかすぎないだろう。ケントの仲間がどうだというのだ。一番脅威なのはケントだ。それ以外の手練れなど我々の兵力をもってすれば取るに足らない。
とりあえずケントの現状に関する情報はヌルから得ることができた。ケントがやはり加護持ちであったこと、その仲間となったセシルという少女が魔法、剣技に置いて抜きんでていること。
いくら抜きんでているとはいえ所詮民間人。こちらには例えSやAランクの冒険者とて抑えられる戦力がある。
「たった2人の相手に後れを取ることなどあるわけがない。臆病者めが! ケントのことはやはり放っておけない。必ず始末しなくては。」
今後の対策に頭を悩ませながら、そう吐き捨てるように言った。
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