第35話 姦計 <ケント視点>
俺は酒場を出た後、セシルとともに酒場周辺の聞き込みを行う。
一瞬、手分けして探そうとも思ったんだが、王国からの暗殺者襲撃の脅威がいまだ去っていない現在は、なるべく二人で行動しようとセシルと話していた。
聞き込みの結果は芳しくなく、あまり重要な情報は得られない。俺とセシルは一度宿に戻ることにする。
宿に到着し、宿屋の主人が俺達を見ると、声をかけてきた。
「ケントさん、あんたに手紙を預かってるんだが。」
そう言って封のしてあるピンクの封筒を渡してくる。俺はそれを開く。
『 親愛なるカブラギケント様
貴方達の探している娘はこちらで預かっている。会いたければ夕方の5時にロシュトックの東の海岸に二人だけで来い。そちらの少年と交換させてもらう。
――死神より 』
俺はその手紙をくしゃりと握りつぶす。くそが……!
セシルは俺と一緒に手紙を読んだ後、しばらく考え込むと、俺に向かって尋ねる。
「これって、ヴァルブルク王国の暗殺者かな?」
「恐らくそうだろうな。俺のフルネームを知ってるしな。フルネームを知ってるのはあいつらとセシルしかいない。俺達がアンナさんに依頼を受けるのをどこからか見ていたんだろうな。」
セシルは俺の言葉を聞いてにぱっと笑って脳天気な声で話す。
「僕を捕らえようとしているってことは、僕の力を知ってるってことだよね。でも無力なリタさんと交換してくれるんであれば、こちらとしては都合がいいよね。」
いや、そうとは限らない。俺の行動を縛るための単なる人質として取ろうとしているのかもしれない。だが実際この間フィーアという暗殺者に全てを見られている。奴らにセシルの存在とその力が知られていても不思議ではない。
俺は脳天気なセシルに思わず突っ込む。
「駄目だ。力を知っててこういう提案をしてくるってことは、セシルの力に対して対策済みってことだろうが。どう考えても罠だ。お前を渡す訳にはいかん。」
「だけど! リタさん体が弱いって言ってたじゃん。僕が捕まったほうが100倍ましだよ。こっちも捕まってもいいように対策を立てればいいんだよ。」
俺は気が進まないが、確かにセシルの言う通り、現状リタさんの命を救うためにはそうするしかない。だが……。ああっ、どうしたらいいんだ! 躊躇し頭を抱える俺を見ながら、セシルは話を続ける。
「彼らは破魔の武器を持っていた。だから僕の
「知らないこと?」
『わたしのことよねえ。久しぶり、ケント。』
俺がセシルに聞き返すと、突然セシルの隣にビンゲン村でセシルとともに行くと言っていた光の精霊、ウィルがぽんっと現れ、悪戯っぽい声でくすくすと笑いながら口を開いた。恐らくまたセシルの魔力を使って、俺に見えるように顕現したのだろう。
「ウィル……。そうか、精霊のことを奴らは知らない。ウィルが何かやってもセシルの魔法としか思わないだろうな。」
「うん、そう思ってくれるといいんだけど。精霊の存在は極秘だから彼らになんて知られたら大変だもの。もし何らかの形で僕の魔法が封じられたとしても、精霊術には関係ない。精霊術は僕の魔力には関係ない、精霊たちの力だからね。」
俺はセシルの言葉を聞いて少し納得する。だが……。
「もし、捕らえられてすぐにセシルが傷つけられ、意識でも奪われたら……。」
俺の懸念はそれだけじゃない。不安要素が多すぎる。
『もしセシルの意識が刈り取られるようなことがあったら、わたしや他の精霊たちが許さないわよう。精霊術じゃないとわたしたちが何もできないと思ったら大間違いなのよう。まあ、そのときはセシルの制御がないから暴走するかもしれないけどねえ。』
何やら恐ろしいことを聞いた。そうなったら俺もリタさんもただでは済まないだろう。下手すると町単位で潰されるとかか……?
「まあ、そういうことだから、すぐにリタさんを助けに行こう。」
セシルはウィルの言葉に付け加えるように俺を促す。
俺はセシルを危険な目にあわせたくはない。だが俺達はもとから危険を承知で冒険者をやっている。そう考えるとセシルの覚悟も相当なものだということか。
「分かった。行こう。」
俺は渋々ではあるが、宿屋を出て、セシルとともに東の海岸に向かった。
宿屋から約40分程歩き、ロシュトックの東の海岸に到着した。時刻は夕方の5時前だ。そこは街からはかなり離れており、近くに建物もなく周囲にひと気もない。
奴らは浜辺の岩場にいた。見える範囲ではリタさんらしき女性を除いて3人の敵がいる。全員黒装束だ。だが、どこかにまだ隠れているかもしれない。奴らが本気で気配を消すと、隠れている奴までは分からない。
リタさんは向かって右の男に拘束されている。かなり怯えて震えているようだ。とりあえず無事でよかった。
俺達は奴らのところに歩いて近づく。
「うふふ、貴方がケントねえ? あたしはノインっていうの。よく来てくれたわ。約束をちゃんと守る人って大好きよ。あ、そこで止まってちょうだい。」
俺達は奴らから10メートルほど離れたところで制止されて歩みを止める。俺は真ん中の人物から発された甲高い声に少し驚くが、そいつを真っ直ぐ見据えて口を開く。
「お前、女か。最近の暗殺者は名乗るのが流行りなのか?」
「ん~、別にコードネームだしぃ。知られても構わないのよね~。すっごく仲良くなったら本当の名前を教えてあげてもいいけど。」
女は蠱惑的な声で何やら言っているが、俺はアンナさん一筋なので特に何の動揺もない。
「興味はない。俺達は約束通り2人で来た。リタさんを放してもらおうか。」
「あらぁ? 少年って聞いてたけど……。可愛い女の子じゃない。フィーアったら鈍いわねえ。セシルちゃん、だっけ? 貴女が先にこっちへ来てくれる?」
チッ。この女セシルの正体を見破りやがった。それと、どうやら俺が前の戦いでセシルの名前を叫んでしまったのを、あの男はしっかり聞いていたらしい。
ノインの言葉を聞いてセシルが口を開く。
「別にいいけど、リタさんに何かした時点で、僕、リタさんとケントに結界を張って、ここら一帯を焼き尽くすよ。一瞬で、骨すらも残らないくらいに。」
ノインはセシルの脅しを聞いても特に怯みもせず、ふふっと笑うと、セシルに優しげな声で話しかける。
「セシルちゃん、怖い顔しないでぇ? そんなことしないわよ~。あたしは約束は守る
セシルは素直にノインの言葉に従う。プロテクションとブーストはしておくと言っていたが……。
ノインはセシルを捕らえると、顎で部下であろう男に指示をし、リタさんを放す。リタさんは気づかわしげにセシルに目をやりながら、こちらへ歩かされた。
俺はリタさんを保護する。すぐにあのマスターのもとへ帰したほうがいい。なんかの隙に、また人質に取られかねない。
「貴方達は……?」
リタさんが不安げに、アンナさんとそっくりな青い瞳を揺らして俺に尋ねる。
「俺達は酒場のマスターに頼まれて貴女を探しているときに、あいつらに呼び出されてここに来ました。もう大丈夫だから、酒場のマスターの所に戻っていてください。奴らの狙いは俺だから。さあ、日が沈まないうちに。」
「っ! ありがとう!」
俺が安心させるように笑って答えると、リタさんは青い瞳を潤ませ、お礼を言うと街の方へ走って行った。
俺は再びセシルの方を見る。セシルはノインの手から、向かって右の男に預けられ、捕らえられている。セシルは大丈夫だからと言わんばかりに俺のほうを見て頷く。
くそっ、その汚い手をセシルから離しやがれ!
「それで? これから俺はどうすればいいんだ?」
「そうねえ、後はあたしたちに身を任せてくれればいいわ。セシルちゃんの命が惜しかったらね。」
ノインはそう言うとセシルに漆黒の鎖を巻きつける。だがそれは破魔の武器と同じ素材というだけじゃない。嫌な黒っぽい紫色の靄が鎖から滲み出ている。
「おい、なんだそれは!」
「ん~、セシルちゃんは怖い魔法使いだって聞いたから。これは封魔の鎖よ。うちのリーダーから借りたの。あと、この武器も預かっておくわね~。」
ノインはそう言うと、セシルのショートソードとマンゴーシュを取り上げ部下に渡す。セシルは先程の平然とした様子から一変し、苦しそうに顔を歪ませている。
「おい、セシル、大丈夫か!?」
「うん、ごめん、ケント。魔法を封じられちゃったみたい。それに力が入らない……。でも大丈夫だから、自分の身は守れるから、ケント、僕に構わず戦って……。」
「まあ、セシルちゃん、健気ねえ。ケントが戦っても彼一人ではあたし達には叶わないのよ~?」
「ケント! 戦わなければ、どのみち僕達2人とも殺されるだけ! だから、お願い……!」
セシルはノインを無視して、俺に懇願する。
……ああ、やってやろうじゃねえか。まずはあの鎖を叩っ斬ってやる。
「うおーーーーーっ!!」
俺は砂浜を蹴り、雄叫びをあげながら、大剣を抜き、セシルを捕らえる男に突っ込んでいく。すると女は漆黒の苛草のような棘つきの鞭を俺に向かって放つ。
「ばかねえ。あたしたちに敵うわけないのにっ!」
俺は鞭を避け高くジャンプする。すると黒い影が3つ、俺を空中で取り囲み、俺の体を目に見えないほどの速さで斬りつける。やはり伏兵がいたのか!?
「ぐっ!」
俺の体は空中で切り刻まれ、地面にそのまま落下しそうになる。痛みを何とか堪え、着地するとすぐに飛び退き、次の攻撃に備え、俺は即座に大剣を構える。結構やられたな。痛え……。かなり出血しちまった。
「ケントーーーっ!!」
辺りにセシルの悲痛な叫びが響き渡る。
セシルが鎖に縛られながらももがき、心配そうにこちらを見ている。
心配すんな、俺は大丈夫だ。それにしてもかっこわりいとこ見せちまったな。
先程の3つの影の正体を見極めようと、俺は周囲を見回す。すると、ノインの周りには先程の二人の男しか姿が見えない。
セシルは今ノインの手にあり、一人は小太刀を持ち、先程までセシルを捕らえていた男は鎖鎌を持っている。もう一人はどこだ……?
「あはははは。不思議そうねえ。ああ、楽しいわあ。」
ノインが高笑いをする中、俺は必死で思考を巡らせる。どうやら何か絡繰りがありそうだ。
俺はセシルを捕らえるノインに向かって走り出す。ノインから繰り出される鞭を警戒しつつ、俺は残りの二人の男に注意を払う。すると、俺を追いながら小太刀男の影が3つに分かれる。なんだ、これ、もしかして漫画とかでよくある分身の術ってやつか!?
ノインは、俺に向けて素早く3度鞭を打つ。俺はそれを掻い潜りノインに近づこうとするも、小太刀男が3方向から俺の行く手を遮るように素早く斬りつけてくる。
「くそっ!」
俺は移動しながら大剣の剣身で右側からの攻撃を防ぎ、左で腰のショートソードを逆手で抜き、そのまま左側からの攻撃に対応する。
そのとき突然背中に痛みが走る。
「ぐあっ!!」
どうやら後ろから鎖鎌男が俺の背中に鎌を突き刺したようだ。奴は鎌を俺の背中から抜き、ぶんぶんと振り回す。
「甘いわね。ケント。」
鎖鎌男の攻撃で大剣の動きが鈍った瞬間、ノインに鞭で大剣を絡め取られる。
「くっ……!」
いつもなら金属製の鞭くらい簡単に切断できるが、何重にも巻きつけられたそれに俺の大剣は完全に封じられる。
俺は、大剣に巻きついた鞭ごとノインを手繰り寄せようと、力を入れて引っ張るが、見かけによらず、この女はなかなかの剛力だ。いや、俺が傷のせいで力を出し切れていないのか。とにかく今この場の力比べは拮抗している。今他の二人に攻撃されたらヤバい。
そのときだった。
―――ザシュッ! カキーン! ザン!!
俺の周りに長さ50センチほどの光の刃が舞い踊る。刃はまず鎖鎌男の首を刎ね、小太刀男の武器を弾き飛ばし、ノインの腕に刺さって傷を負わせたあと、俺の周りでぐるぐると舞い始める。……ウィルだ。セシルが光の精霊術を行使したのだろう。
「なんで、なんで魔法が使えるのよ……。」
ノインが呆然とそう呟く。腕を刺され、鞭の力も少し弱まったようだ。俺がチャンスとばかりにノインを引き寄せようとした時、ノインの両手が塞がっているのを見てセシルがノインの捕縛から逃れようと、彼女の腕を思い切り噛んだ。
「痛っ!! 何すんのよ、このガキっ!」
「うっ!」
ノインはセシルに噛まれた腹いせに、セシルの頬を思い切り殴った。
「セシルっ!!」
セシルは今ので意識を失ったようだ。俺は一瞬激しい怒りに駆られるが、すぐに冷静になる。これは、ヤバいんじゃないか……。
俺の周りをまわっていた光の剣がひときわ激しく輝く。そして徐々に暗雲が立ち込め、まだ日も沈んでいないのに辺りが暗くなる。
強風が吹き始め、砂浜の砂が立ち上る。周囲には火の気もないのに熱気が立ち込め、視界が蜃気楼のように揺れる。
まるで見えない炎に焼かれるかのように熱いのに、砂浜には霜が降り、ところどころ凍り始め、空中に無数の氷の槍が現れ、浮いている。
―――ゴゴゴゴゴ……
まるで大地が憤っているかの如く地鳴りが響く。辺りの空気がビリビリとし、耳鳴りがする。気圧のせいか激しい頭痛に襲われる。これは、精霊の怒りか……!!
「なによ、なによ! なんなのよう!」
ノインは混乱し、怯え、誰にともなく声を張り上げる。小太刀男は頭痛に堪えきれないのか、頭を抱え込んで膝をついている。俺は何とか正気を保って立っていられるが、意識が朦朧としてくる。このままだとヤバい!
「セシルっ、セシルっ! 目を覚ませっ!」
俺の叫びはビリビリとした空気の振動でかき消され、セシルは目を覚まさない。
「セシルーーーっ!!」
俺は力の限り、何度もセシルに向かって叫び続けた。
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